十七話 頂上決戦
天人族の宣告から一週間。
政府からの応答はないまま、阪牧が提示していた期限日を迎えた。
総理官邸には朝から主要閣僚や関係省庁の局長級が集まり、緊急時に設置される官邸対策室で会議を行う。
「今のところ天人族の動きは見られません。この一週間も息を潜めていたようで……」
「ただのこけおどしかも知れん。どこぞの一団体が国家に喧嘩を売ろうなどありえん話だ」
官邸対策室には緊張感があるようなないような一種独特の雰囲気が流れている。
そんな中、未だに飛び出る楽観的なセリフを倉橋総理が一蹴した。
「やつらを見くびるなと言っているだろ。どれだけの組織か知らんのか」
そう言うと、倉橋は立ち上がって楕円形の閣議テーブルを囲む閣僚たちに手振りを交えて話し始めた。
「天人族の抱える神徒数は全国数百万人規模だ。それが都に大挙でもしてみろ。それだけで大変な騒ぎだ」
「その程度の騒ぎなら、単なる暴動として力でねじ伏せられるじゃありませんか」
「ああ。ただ厄介なのはやつらの実働部隊だ。代表を含む能士組を中心に、戦闘訓練を積んだ部隊を多数擁している」
「逆に言えば、実働部隊さえ抑えてしまえば、後はなんとでもなるということですね」
「それがそう簡単にはいかんのだ。今だってやつらの動きを微塵も把握出来ていない。何よりやつらは悪知恵が働く」
「政府側には予測不能な天人族の動きに都度対応していくしか手がないわけですね」
「そういうことだ。とはいえ、ただじっと待っているわけには行かない。全戦力を予め各区に投入して、何が起きても徹底抗戦する!」
語気を強めて戦意を示した倉橋は秘書官を手招きで呼び寄せ、体勢の確認に念を入れた。
「準備はしっかり出来ているんだろうな」
「警視庁、そして近隣管区の機動隊、ならびに自衛隊も出動態勢を整えております」
続けて秘書官は言いずらそうにこう付け加える。
「ただ御三家につきましては、龍乃宮家と和邇江家ともに協力要請を拒否しております」
「ふん、使えない連中だ」
「我々は官邸から指揮をとる。周辺には鉄壁の警備態勢を敷くように」
*
その日の昼頃、SPAGの拠点では都鳥を除く三人が落ち着かない様子を見せていた。
「珠伽班長、来ないね……」
「携帯も繋がらないし、どうしちまったんだろう」
麻倉と猿渡が執務室に姿を見せない都鳥を心配している。
そんな二人に御階は大人らしく声をかける。
「きのう話したとおり、班長は天人族の件にこれ以上SPAGを関わらせないつもりです。理由は他でもない僕たちを心配してのこと」
再度御階の説明を聞いた二人は昨日と同じように暗い表情を浮かべる。
「分かってるよ由伎遥さん……。珠伽班長は一人で行くつもりなんだよね」
「……だけど俺たちは全員でSPAGだ! 班長が行くんなら俺たちだって!!」
「二人とも、本当にそれで良いんですね」
念のため、御階は都鳥の指示なく動こうとしている二人に意思を確認した。
「うん……! 珠伽班長を一人にはさせたくない……!」
猿渡も首を縦に振って麻倉の言葉に同調する。
「嫌なら別に御階さんは無理しなくて良いんだぜ」
意地悪げな猿渡に対して、御階は眼鏡をグッと掴みながらこう言った。
「……そうですね。それじゃあ僕は無理せず……後ろの方で美味しいところ頂きますよ!!」
三人が決意を固めた少し後。
ウーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
緊急事態を知らせるサイレンが街中に鳴り響いた。
「時が来たようですね」
御階はそう言って久留主課長に電話をかけた。
「御階です……課長、出動許可を。……はい、……はい、かしこまりました」
「ど、どうだった?」
御階は不安そうな顔を見せる二人を焦らすように少し間を置いてから、威勢よくこう答えた。
「許可が下りました! さぁSPAGの出動ですよ!」
*
SPAGが出動する少し前、都内某所で阪牧と古宮が動き出した。
阪牧が作った炎のアーチを背景にして古宮がスマホアプリで生配信をはじめる。
「はい! 天人族のKです! おおっ! すごい視聴者の数だ! すっかり私も有名人ですね! はは! では、はじめにミスターからのご挨拶!」
生配信を開始してすぐに視聴者数は数十万人を超えた。
あまりの反響に少し驚いた古宮は黒いマスク越しに照れ笑いを浮かべながら阪牧にカメラを向けた。
「天人族の総裁、ミスターこと阪牧真である!! 我々の宣告から一週間、猶予を与えてやったのにも関わらず政府からは何の返答もなかった!! それどころか、SATを使って裏で我々を潰そうとしたのだ!! これは我々への明確な宣戦布告である!! よって、回答期日が過ぎた今日、姑息な政府を正々堂々と打ち倒し、天人族によって新たなる国家を樹立させるのだ!! 我利我利の亡者たちに、救いの神、天人族の裁きを!!」
勇ましい挨拶でボルテージが最高潮まで高まった阪牧は豪快に火を吹き上げて視聴者にパフォーマンスをする。
「それではミスター! 天人族各位に号令をお願いします!」
「我ら救いの天人族と邪悪なる政府の頂上決戦! いざぁぁぁぁスタートォォォォォォ!!!!」
この阪牧の号令によって、天人族と政府による戦いの火蓋が切って落とされた。
視聴者のコメントが阿鼻叫喚となる中、最後に古宮はこう言って配信を終了させる。
「あー最後に、天人族に理解のある善良な市民の皆さんは家で大人しくしていてくださいね! 天人族の活躍に乞うご期待! では!」
この日は、警視庁によって交通規制や外出を控える呼びかけがなされている。
街では各区ごとに配置された大勢の機動隊員が天人族の来襲に備え厳戒態勢をとっている。
そしてちょうど阪牧と古宮が生配信を終えた頃――。
「こちら十三区、天人族と思わしきマスクとマントをつけた集団が出現しました。子供を一人連れています」
「こちら本部。了解した。引き続き状況を報告せよ」
警視庁が設置した天人族対策本部に各区の隊員から無線で連絡が入りはじめた。
本部で指揮をとるのは右京連隊長だ。
「天人族の一人が子供に注射のようなものを……、こ、子供が鬼神化していきます……!!」
「な、なんだと……!!」
十三区から届いた予期せぬ初報に右京は言葉を失った。
「こちら七区、同じく天人族の集団が現れ、子供を鬼神化させました!!」
「こちら九区、同じく……」
十三区に続いて、各区からも同様の報告がなされていく。
そのうちに、鬼神にされた子供が自衛高等研究計画局で天人族に連れさらわれた子供たちであることに気付く。
「こ、こちら本部! 各隊!! 鬼神には絶対に手を出すな……!! どうにかして天人族のみを抑え込め!!」
*
一方その頃、天人族能士組の三人は官邸の近くで攻め入るタイミングを見計らっていた。
「なぁ蓬条、ようやく俺たちの時代が来るんだぜ。ワクワクするよな」
「そうね! そしたら先ずうちらをコケにしてきたやつらを全員ぶっ殺すんだから!」
楠と蓬条が珍しく意気投合している。
元々素行の悪かった二人は偶然同じ時期に少年院に入っていた。
その二人を古宮が少年院から強引に連れ出して天人族に加入させた。
「だな! アニキのおかげだ! アニキに救われていなかったら俺たちどうなってたか……」
「今度こそうちらで絶対にミッション成功させて、にぃやに恩返ししないと!」
「二人とも、ぼやぼやしてないでさっさとはじめるぞ」
そう言って菟上が二人の尻を叩いた。
「おうよ!! 言われなくたってやってやるぜ!! どいつもこいつもかかってこいや!!」
「いっちゃん偉い人、そ、そう、……なんとか大臣ってやつをとっ捕まえれば良いんでしょ!」
今回三人に与えられたミッションは総理官邸を制圧して倉橋総理を拘束すること。
だが、総理官邸前には数千名の警備隊が隊列を組んでバリケードを作っている。
三人は先ずこの鉄壁のバリケードを突破しなければならない。
「いくぞ! 閃光!!」
菟上が閃光を放ち、総理官邸前に配置された警備隊の視界を奪う。
そのアクションを皮切りにして三人は一斉に攻撃をはじめた。
「はぁぁぁ!! 魁偉雷火!!」
ズドォォォバチバチバチィィビリリィィィィィィィィィィィィ!!!
「ドレキセイショット!!」
ドガァァン!! ドガァァン!! ドガァァン!! ドガァァン!!
楠と蓬条は呼吸を合わせて技を繰り出し次々と警備隊を退けていく。
菟上はその後方から光の波動を撃ち込んで二人をサポートする。
「うぉぉぉぉ!! 神光波ぁぁぁぁ!!」
ドバババババァァァァァァァァァ!!!!!
三人の強力なコンビネーション攻撃が総理官邸前の鉄壁のバリケードを易々と破っていく。
その時だった。
「おい! なんだあの女!!」
「あれ? どこかで見たことあるような、確か……」
蓬条は菟上の顔を見て女の名前を思い出す。
三人の前に突如として立ちはだかったのは伊舞みかこだ。
伊舞は唖然としている菟上に向けてこう言い放った。
「……菟上リカク!! これ以上はわたしを殺してからにしなさい!!」




