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十五話 古宮の罠

 SATを乗せた特殊車両が警視庁を出発した。楓原(かえではら)の運転する車がSATを先導する。

 楓原の車には楓原の他、SAT隊長の五十嶺(いずみね)高月(たかつき)会長、そして都鳥(とどり)が同乗している。


 半ば自発的に着いてきた都鳥はSATの行き先に大よその検討がついていた。


「天人族の本部に乗り込むつもりですね」

「ああ。やつらは明日、組織の総力をあげて政府を潰しにかかってくる。我々は先手を打って、天人族の戦力が整ったであろうこのタイミングでまとめて掃討する」


 そうさらっと答えた楓原はタカのような目で車を走らせている。

 都鳥はその隣に座る高月グループの会長のことが気になっていた。


「お言葉ですが、ここにいらっしゃる高月会長は天人族の一員ですよ。僕の部下の調査で明らかになりました」


「いや、高月会長はこちら側の人間だ」

「え? どういうことですか?」


 都鳥が疑問を呈すと、高月が自ら説明をはじめた。


「あなたの言われるとおり、私は天人族の一員でありました。それも、阪牧(さかまき)くんが天人族を発足させた頃から」

「幹部をつとめるほどのお立場だと聞いています」


 高月は残念そうな顔で声を細めてこう続ける。


「阪牧くんは変わってしまったんだ。かつては弱いものの立場で物事を考え、強い権力に弱者が対抗することを目的として天人族を立ち上げた。少々過激なスローガンではあったものの、その情熱に多くの人が魅かれていた。私も彼にほれ込み、高月グループの社長時代ではありましたが、会社をあげてサポートすることに決めたんです。それが、いつからか自身が権力を手にしたがるようになり、その為だけに天人族を使って反社会的な活動を繰り返すようになりました」


「……とはいっても、鬼神を生み出した薬は高月会長の会社で作ったものなんですよね」


「はい、勿論自責の念は感じています。ただ、あの薬だって、我々は社会貢献のためと思って開発をしてきたんです。まさかこんな形で悪用されることになるとは思っても見なかった」


 高月会長は未練のこもった表情で都鳥に釈明した。


「それで天人族と袂を分かったわけですね」


「いや。政府にも天人族にも図られないよう、高月会長には上手く立ち回ってもらった。この動きは警視庁のごく一部の人間しか知らない」


 鬼神騒動が始まった頃から高月は天人族の内部情報を警視庁にリークしていた。それは楓原ら幹部の判断で警視庁の機密情報として取り扱われ、これまでの鬼神対策に活用されていた。今夜の掃討作戦も、天人族本部の場所やセキュリティに詳しい高月が自ら志願してSATに同行している。


「警視庁の単独行動なんですか」


「私の一存だ。全責任は負う」


 都鳥は決意に満ちた楓原に寂しげに問うた。


「……どうしてそこまでして一人で背負い込むんですか」


「私は副総監として職務を全うしているだけだ」


 頑なに孤高を持する楓原は都鳥にこれ以上の干渉を許さなかった。





 その頃、SPAGの拠点に退院明けの麻倉(あさくら)猿渡(さわたり)が戻ってきた。


珠伽(みとぎ)班長!! たっだいまぁ!! ってあれ……?」

「なんだよ……、御階(みはし)さんしかいないじゃんか。班長はもう寝てるの?」


「そんなに残念がらなくても良いでしょうに。班長ならいないですよ」


 執務室で二人を迎えたのは御階。都鳥は楓原に同行しているため不在だ。


「えぇぇぇ!! せっかくパァーッと退院祝いしてもらおうと思ってたのに……」

「俺なんて飲み明かすつもりで一升瓶買ってきたんだぜ……!」


「まったく……。それより、二人とももう退院して平気なんですか?」


 そう心配する御階に対して、二人は大きく身を振って健在ぶりをアピールする。


「俺ならこの通りだぜ! 死にかけてた芽來(めくる)っちも奇跡の復活さ!」

「えへへ! 能士って普通の人の倍くらい回復力があるんだよね」


「そんなものなんですね……。常人の僕には理解できそうにない」


 約二週間ぶりに拠点に戻ってきた二人は自分たちのデスクに座って嬉しそうに寛いでいる。

 そして少しして、惜しげに一升瓶をワゴンにしまった猿渡が、気持ちを改めなおして御階に尋ねた。


「ところで御階さん、明日の天人族の件ってSPAG的にはどう動く予定なんだ?」


「はぁ……、そのことなんですが――」





「あの角を曲がったところです」


 楓原率いるSATが高月会長のナビゲートで天人族の本部まで近づいた。

 一味に察知されないよう、その建物から距離を置いた場所に停車し出撃体勢を整える。


「よし。五十嶺隊長、各隊員に指示を」

「はっ!」


 天人族の掃討に当たるSATの隊員数は二十人。

 五十嶺は特殊車両から隊員たちを降ろし、楓原からの細かな指示を伝えた。


「都鳥捜査官はここに残って、緊急時に備えてくれ」

「僕も行きます」

「駄目だ。天人族掃討作戦の陣形に君は入っていない。単独行動をされたら迷惑だ」


 楓原に強く拒絶された都鳥は仕方なく一人車両に残ることとなった。


 天人族の本部は比較的住宅地が多い六区にある公民館のような建物だった。

 戸口には天人族とは別の団体名の表札がダミーでつけられている。

 中の様子が分からないよう窓は封鎖され、入口には厳重なセキュリティーが敷かれている。

 その建物周辺を濃紺のアサルトスーツを身にまとったSATが静かに取り囲んだ。


 ピー……


 高月会長の動脈認証で建物の扉が開いていく。


「……突入!」


 五十嶺の合図で自動拳銃を構えたSATが天人族の本部へ突入した。

 この掃討作戦ではSATは、三つの陣営で三方向に分かれて行動する。

 建物内は事前に用意した見取り図で把握しているため、各部屋をしらみつぶしにする算段だ。


「第一陣、Aブロック異常なし」


 最後尾で指示を出す楓原に隊員から続々と報告が入る。


「第二陣、Bブロック異常なし」


「第三陣、Cブロック異常なし」


 その後も各地点異常なしとの報告が続く。

 この状況を不審に思った五十嶺隊長が楓原に改めて指示を仰いだ。


「副総監、ご指示を」


「……各位、敵襲に十分に警戒し、作戦通り奥の大広間で合流せよ」


 結局そのまま天人族の一味と出くわすことなく、SATの隊員たちは大広間で合流した。

 そして、第一陣を率いていた五十嶺隊長が楓原にこう報告する。


「副総監、やはりこの建物はもぬけの空のようです」

「了解。私もすぐに向かう」


 その直後だった。


「袋の鼠とはまさにこのことですね!!」


 突然、大広間に古宮(こみや)の声が響き渡った。

 どこからともなく聞こえるその声に、泰然自若のSATが慌てふためく。


「……敵方?! どこだ?!」


「はぁぁ!! アダンブレイトゥ!!」


 能力を発動させた古宮が大広間を漆黒の闇に包み込んだ。


「真っ暗で何も見えません……! 視界が封じられました!!」


「お、応戦! 応戦!」


 ババババババババババババババッ!!!!!!!


 五十嶺の指示で隊員たちが当てもなく銃撃をしはじめた。

 広間へと向かっている楓原は切迫した声で指示を飛ばす。


「待て! これは罠だ! 各位、速やかに退避せよ!」

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