十四話 伊舞みかこ
「伊舞みかこさん……でよろしかったですよね?」
「はい。知っていることは全てお話しするつもりです」
楓原と都鳥に保護された伊舞は、その翌日に警視庁で任意の事情聴取を受けることになった。
伊舞に面と向かって話を聞くのは都鳥だ。楓原は後方で腕を組んで様子を見守っている。
「それでは遠慮なく。先ず、昨日あそこにいた理由を教えて貰えますか?」
「……政府関係者から鬼神用の血清作りへの協力を求められて、一週間くらいいました」
「それでは、あなたは局員たちと血清を作っていたと?」
「そうです。わたしは神子の能士なので、その口噛みの能力を利用して」
「政府からの協力要請には快く応じたのですか?」
「始めは戸惑いましたが、わたしも一時期、新薬開発の一役を担っていたので……」
都鳥の質問に静かなトーンで答えていく伊舞。
うつむき加減で後悔の念を顔に刻んでいる。
「なるほど、贖罪の意味で。ということは、そもそも伊舞さんは関係者だったのですね」
「いえ、わたしは――」
伊舞が自身の生い立ちや天人族との関係性について話し始めた。
神子の能士の家系である伊舞家は、その神聖な能力を世に顕示することで権威を保ってきた。
時にはタブーとされる人身御供などといった儀式でも能力をいかんなく発揮し、人々に絶大な力を見せ付けてきた。
そういった中で近年、天人族と関わることになった伊舞家は、台頭した天人族に主導権を握られ都合よく操られるようになった。
そして、その血族の伊舞みかこは天人族の東から強要されて新薬開発の片棒を担がされた。
「そうでしたか……。昨日いた天人族の中に知り合いがいたみたいだけど」
「菟上リカクくんです。同じ学校の同級生なんです」
「もしかして恋人、とかだったり?」
「……どうなんでしょうか」
複雑な表情を浮かべる伊舞を見て都鳥がすぐに頭を下げる。
「立ち入ってしまいすみません……」
「いいんです。……それより、これから天人族はどうなるんですか」
楓原が二人が向かい合って座る机に近づいて不安そうにしている伊舞の質問に答えた。
「彼らの犯行は国家の秩序を転覆せしめる内乱罪だ。事が起こる前に我々は彼らを掃討する」
「……そうですか」
都鳥は立ち上がって楓原に訴えるような眼差しを向ける。
「副総監は全て知っていたんですね。鬼神のことも、天人族と政府のつながりも、局の存在だって……」
「そうなるな」
「何故僕に教えてくれなかったんですか? SPAGが編成された理由だってろくに聞かされていないですし」
「機密情報だったからだ。他意はない」
都鳥は再度楓原を見つめてこう言った。
「一人で抱え込んでるんじゃないんですか」
「……考えすぎだ」
楓原は小声でそう言って目を伏せる。
「緋斗美さん」
「なんだ」
「僕はあなたを信じています。緋斗美さんも、僕のこと信じてくれませんか」
都鳥の言葉に答えることなく楓原は無言で取調室を出て行った。
*
都内某所にある天人族の本部では古宮率いる能士組が色めき立っていた。
「すっげぇぇぇ!! 天人族がニュースになってんぞ!! これなんて一面だ!!」
新聞を広げて天人族の記事を誇らしげにしている楠に蓬条が茶々を入れる。
「なにはしゃいでんのよ! 普段は新聞なんて見ないお馬鹿のくせに!!」
「お前だって、うちも全国デビューよ!! って得意にしてたじゃねぇか!! ババアのくせに!」
「こいつ、ぶっ殺して生首を全国に晒したる……!! いつも一言多いんだよ」
メディアが連日のように天人族の宣告映像を大々的に報じ、政府の陰謀を白日のもとにさらした天人族への注目度は日に日に高まっていった。
その一方で政府への不信感は募っていくばかりで、テロ組織集団に指定するなど天人族の危険性を呼びかける政府の発表は世間から眉唾物とされていた。
「二人とももう大丈夫みたいですね。ここからが天王山ですよ」
古宮がいつもどおり喧嘩をはじめる楠と蓬条を見て安心している。
SPAGに完敗した二人だったが、能士が備えている治癒力もあり、驚異的な早さで回復した。
「アニキ……! ついに俺たちのユートピアが実現するんだな!」
「はいー! お二人の夢がもう間近に迫っています!」
「うちら天人族の総力を結集させて絶対に夢を叶えるのよ!」
「盛り上がってるところ悪いけど、実際そう簡単にいくもんじゃないだろ」
菟上が浮き足立つ三人に釘を刺した。
しかし三人に楽観的な態度を変える様子はない。
「はは! どうでしょう。上手くいかなかった時はリカクに任せますよ」
「は? アニキ! 俺に任せてくれよ!」
「にぃや、うちに任せたほうが絶対上手くいくわ!」
古宮は自身に絶対の信頼を寄せる楠と蓬条の頭を撫で回して、こう鼓舞する。
「決戦は三日後です! 我々の力で天人族のユートピアを築きましょう!!」
*
阪牧が政府に示した期限日の前夜。
警視庁で特殊急襲部隊SATが出動準備を整えた。
SATとは機動隊から選抜された優秀な隊員が国家的危機、重要度の高い事件に対応する警察の特殊部隊のこと。
「では高月さん、宜しくお願いします」
楓原は出動前のSATに高月グループの会長を帯同させた。
そこに都鳥が姿を見せる。
「緋斗美さん、僕も行きます」
「……好きにしろ」




