十三話 ことのはじまり
古宮と菟上が自衛高等研究計画局を後にした。
局から連れ出された子供たちは遅れて来ていた天人族関係者のマイクロバスに乗せられた。
二人は古宮の車で天人族の本部へと帰っていく。
「ミスターが話したように、天人族は政府に取って代わろうとしているわけなんですよ」
菟上は悄然とした面持ちのまま無言でうつむいている。
「東による伊舞さんの件にしても、元を辿れば国からの指示で動いたことです」
「……そうなのか?」
昨年の夏、伊舞は東によって薬の開発に利用されていた。
伊舞はその身に神や霊などといった見えざるものを宿らせることができる神子の能士だ。
人を鬼神化するための悪魔のような薬は、優秀なDNAを持つ幼い子供の血を、伊舞ら神子の能士に口噛みさせて神的エネルギーを注入させた後に、高月グループの最先端の製薬技術を駆使して作られたものである。
「この際きちんとお話しておきましょう」
運転席の古宮はカーステレオをから流れていた洒落たBGMを消して話を続ける。
「今から二十年前、ミスターこと阪牧真が数名の仲間と天人族を結成しました。当時はまだ名も知れぬ団体でしたが、この愚劣な世界からの脱却と人類の真の独立を掲げ、神なる力の必要性を説いてまわるミスターの情熱に多くの人が賛同していきました。ミスターは自らの足で都市部から地方まで地道に歩いて布教活動を続け、徐々に全国にネットワークを築いていきました。そして発足から数年後、天人族は子供の人身御供など、途絶えつつあった非人道的な儀式や習わしを存続させるための黒子的な役割を担い、陰で暗躍しているうちに各地で強い存在感と影響力を持ち始めました。全国に広がった神徒たちとの軋轢を恐れた政府は、その状況を知りながら我々の活動をずっと黙認してきました。ところが、同志である高月さんの会社で例の薬の製薬手法が編み出されると、現首相の倉橋がその技術に目をつけ、政府と共同開発という建前で我々に汚れ役を押し付けてきたんです。これをミスターは好機と受け取った」
ここまで話すと、古宮は助手席に座る菟上にニヤニヤしながら顔を向けた。
「そこからは知っての通り。どうです? ご理解いただけましたか?」
「……どうだかな」
古宮が語った天人族の話は歯牙にもかけていない菟上だったが続けざまにこう言った。
「だが、伊舞に手を出したからにはだだでは済まさない」
その言葉を聞いた古宮はおっと驚く。
「そういえば、我々の仲間に裏切り者がいるみたいですね」
「裏切り者?」
古宮は独特の不気味な薄笑いを浮かべる。
「ふふふふ……。面白くなってきたじゃないですか」
*
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………… ガシャァァァァァッ!! バギィィィィィィィ!!
数十体の鬼神によって局の建物が破壊されていく。
局内に突入した楓原と都鳥は取り残された局員らを出口に誘導しながら鬼神に近づいていった。
「水龍剣! はぁぁぁぁ!!」
能力を発動させた楓原は手から噴出させた水で鋭いサーベルを作り、鬼神の強固な身体に斬りかかった。
ズバアアッ!!!
グギャギャガァァァァァァァァ……!!!!!
「副総監! 相手は人間ですよ!」
「分かっている。殺したくなければ早く血清を見つけろ」
そう言われた都鳥は崩れていく研究室内で血眼になって血清を探す。
「はぁぁぁ! 爛水斬!!」
楓原は鬼神を殺さないよう一体ずつ高速で斬りつけながら駆けまわっていく。
「くそ……! どこだ! どこだ!」
都鳥は瓦礫をどかしながら新薬を探し回るが一向に見つけることができない。
「あ、あの……、血清を探しているんですか?」
「君はさっきの……! 何で戻ってきたの! ここは危険だよ!」
二人に安全な場所へ退避させられていた伊舞みかこが研究室に姿を見せた。
「血清ならあの辺りにあった棚の中に収納されていました」
「え……? 本当かい?!」
都鳥が伊舞の指し示した場所を探すと、瓦礫の下からいくつかのアタッシュケースが出てきた。
その中にはラベルに血清と書かれた注射器が何本も入っている。
「あ、ありました! 鬼神用の血清です!」
楓原は攻撃の手を止めて都鳥から注射器を受け取った。
そして、二人で手分けして鬼神に血清を投与していく。
グガァァァァァァァァァァァァ……!!!!!!
「鬼神の身体が小さくなっていく……! ……やった! 元に戻りました!!」
血清を投与された鬼神は雄叫びをあげながら身体を縮め、ものの数分で元の体に戻った。
その奇跡のような光景を目にした都鳥は、ほっと安堵の胸をなでおろした。
「喜んでいる暇はない。生き埋めになる前に全員運び出すぞ」
都鳥と楓原は意識不明の局員たちを何度も往復して建物から運び出した。
全員を運び出したその数分後、自衛高等研究計画局は完全に崩れ去っていった。
*
「総理! 総理! 天人族の件について一言! 一言お願いします!!」
阪牧の宣告から一夜明け、首相官邸にマスコミが殺到した。
昨日の天人族による生配信は今朝の朝刊の一面を飾るほどの大反響となっていた。
倉橋総理は無言で記者がごった返すエントランスを抜けて閣議室へと向かった。
「待たせたな……」
閣議室には現政権の全閣僚と関係する官僚らが集まっていた。
倉橋が席に着くと物々しく会議がはじめられていく。
「先ずは、この度の騒動……非常に申し訳なく思っている」
その会議の冒頭で倉橋は深々と頭を下げて閣僚らに謝罪した。
すると、閣僚たちから倉橋への不満が一気に吹き出る。
「昨日の天人族の声明で国民は怒り心頭だ! 真意はどうあれ致命的なスキャンダルになっている!」
「そもそも鬼神は元より、薬のことすら我々には聞かされていなかった! 一体どういうつもりだ!!」
「先にあった陰陽庁やら総理の奇行は目に余るほどだ! 私たちを巻き込まないで頂きたい!!」
内閣は倉橋のイエスマンで構成されていたが、そんな中であっても手厳しい意見が相次いでいる。
閣僚らのそうした反応に倉橋はたまらず痺れを切らした。
「うるさい黙れ! 結果はどうあれ、私は国のため思ってこれまでやってきたんだ! それがなんだ! 私の権限で恩恵を受けてきたくせに保身に走りやがって!」
鬼気迫る倉橋の怒声に閣僚たちが静まり返った。
それから少し間を置いて倉橋は冷静に会議を再開させる。
「話を戻そう。天人族の声明によると、我々に与えられた猶予は一週間だ」
「あんなテロ集団の言うことを真に受ける気ですか?!」
「そうですよ! 今の時代、国家転覆なんて起こりえるはずがないでしょう!」
閣僚たちは天人族の行為を悪ふざけだとばかりに言って軽視している様子だ。
「分かっている。無論、彼らの要望に答えるつもりはない」
「ならば我々がすべきことはマスコミ対策ですよ! 局の存在や天人族とのつながりを揉み消さないともう政権は持ちません!」
倉橋は閣僚の能天気さに吐息を漏らしながら会話を続ける。
「……いや、政権どころか国が持たない。彼らを侮ると取り返しのつかないことになるだろう」
「そ、そんなに脅威なのですか……?」
「そうだ。彼らとの交戦は小規模な戦争クラスの武力衝突に十分なりえる」
閣僚たちが倉橋の発言を聞いて戦慄を走らせている。
そうした中、倉橋は立ち上がって力強くこう宣言した。
「天人族をテロ組織集団と位置づけ、我が国の全戦力をもって対抗する! 機動隊並びに自衛隊、そして御三家にも出動要請を!」




