十二話 ミスターの宣告
「はいカットぉぉ!! いあぁ局長! ナイスでしたよー!」
生配信が終了するやいなや、古宮は薬の入った注射器を持って津々楽局長に迫る。
「お、おい……!! 何する気だ……!! 止めろ!! 止めてくれ!!」
そして必死に懇願する津々楽の顔面に迷うことなく注射針を差し込んだ。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
薬を投与された津々楽は他の局員ともども鬼神へと姿を変えた。
「古宮! なにもここまでしなくても……!!」
堪り兼ねた菟上にそう咎められた古宮はケロッとした顔で言う。
「何事も抜かりなくが私の信条ですので。さぁ次は子供たちの救出劇といきましょう! はは!」
ズゴゴゴゴゴォォォォォォ!! バシャァァァン!! ズシィィィィィ!!!
暴れまわる鬼神たちによって研究室が音を立てて崩壊していく。
古宮と菟上はベッドに縛り付けられている数十名の子供たちを解放して、一緒に出口へと急いだ。
「なんだか正義のヒーローみたいですね。自作自演とはいえ悪い気分ではありません」
「あんたのことは一生理解できそうにない……ん? あの人たちは」
子供たちを引き連れて無事に建物の外へ出た二人だったが、そこで楓原と都鳥に鉢合わせる。
「あなた方は天人族の……!」
突然現れた古宮と菟上に驚く都鳥はすかさず臨戦態勢をとった。
「遅かったか」
楓原は現状を察知して悔しそうに口元を歪ませる。
「あれれ? SPAGの都鳥さんじゃないですか! そちらの麗しい女性は恋人ですかー?」
「警視庁副総監の楓原だ」
「はは! これは参ったな! 邪魔しに来るにしても早すぎますよ! 何故我々の動きが分かったんです?」
古宮の冷やかしには即答した楓原だったが、この質問には一切答えなかった。
都鳥はそんな楓原の様子をじっと伺っていた。
「まぁ良いです。それにしても副総監が直々にお出ましとは驚きました。こちらもまもなくボスが降臨するわけですが」
……バタバタバタバタバタバタバタバタバタ!!!
そうした中、一台のヘリコプターが局の建物へと近づいてきた。
「おっ! 噂をすれば」
そのヘリコプターが建物の真上でホバリングすると、ドアが開き、趣味の悪いマスクをつけた男が姿を見せた。
「古宮くん、はじめたまえ!」
「はぁい!! アクショーン!!」
男から合図を送られた古宮は、再びスマホのアプリケーションで生配信を始めた。
「ふぬ、炎雲!!」
そう言って男が気を放出させると、空中に炎の雲が出来上がった。
その炎の雲に飛び乗った男はカメラに向かって声高に挨拶をする。
「わたしは天人族の総裁、阪牧真である! ミスターと呼んでくれたまえ!」
阪牧はマントを振りなびかせて、これ見よがしに勇ましいポージングをしてみせる。
「さて、先ほどご覧頂いたように我々を脅かす鬼神を生んだのは他でもない政府であった! そしてあろうことか、鬼神の正体は政府が作った悪魔的薬を投与された人間であったのだ! さらには、その薬を開発するために……、ここにいる子供たちが利用されていたのだ! ガッデム!!」
古宮はカメラワークで悲愴な顔をした子供たちを映して巧みに視聴者の同情を誘う。
「我々天人族は、この悪魔のような政府を打ち倒し、誰もが安心して暮らせる世界を実現させてみせよう! これ以上犠牲者を増やしてはならないのだ!」
阪牧はカメラに向かってオーバーなリアクションをしながら熱弁を続ける。
「この際、国民が審判を下そうじゃないか! そして政府に突きつけようじゃないか! 我々天人族こそが救いの神であることを! 全国の我が神徒諸君、そして善良な国民の皆々様、今こそ立ち上がる時なのですぞ!」
でっち上げられたトンデモな声明だが、古宮の演出でバイアスをかけられた視聴者は天人族を支持するコメントを沢山書き込んでいる。
「この配信を見ている政府関係者に告ぐ! 大人しく我々に実権を譲るか! それとも拒否して天罰を受けるか! 胸に手を当てて選択したまえ! これはわたくしからのお達しである!」
阪牧のその発言を聞いて、楓原と都鳥が胸をざわつかせる。
「回答期限は一週間としよう! チャオ!」
こうして政府打倒を宣告する異例の生配信が終了した。
この映像も何十万もの人々に視聴され、インターネットによって瞬く間に拡散されていった。
「ブラボー! 素晴らしい演技力! さすがは我らがミスターです!」
「ぬふふふふ、そうかね」
古宮に露骨に褒めちぎられた阪牧はまんざらでもなさそうにして鼻の下を掻いた。
そんな阪牧に都鳥が開口一番で攻撃を仕掛けた。
「お久しぶりですね、阪牧さん。はぁぁぁ! 金焼き!!」
「ふぬ!! 巨炎!!」
ボワァァァァ!! シュゥゥゥゥ……
阪巻は都鳥の放った熱波動を片手から放出させた大きな炎で軽々と打ち消した。
「汝は……誰だったかね? その純情な目、実に懐かしいぞ! 縁があればまた会おう!」
そう言うと阪牧はヘリコプターに戻って飛び去っていった。
「あのぉ。そこ、通して貰えますか? あの鬼神たちは煮るなり焼くなり好きにしていいですから」
古宮が行く手に立ち塞がる都鳥と楓原を邪魔そうにしている。
「副総督、どうされますか?」
「人命が最優先だ。速やかに鬼神を鎮圧して、建物内に残された人間の救出に当たる」
都鳥は楓原の指示に従って已むなく古宮たちに道を空けた。
「ふふ。血清見つかるといいですね。では」
古宮を先頭に子供たちがぞろぞろと局を後にしていく。
その時、建物の中から高校生くらいの女性が出てきた。
「リカク……、いえ菟上くん。あなた何してるのかな?」
その女性は子供たちの一番後ろについて歩いていた菟上にそう声をかけた。
「みかこ……?! な、なぜここに?!」
みかこと呼ばれる女性は菟上の問いに答えず、悲しげな顔で沈黙していた。
菟上は青筋を立てて古宮に詰め寄り胸座をつかんだ。
「お、おい古宮……!! 話が違うぞ……!! 伊舞には手を出さないって」
「あらま。我々は約束を守っていましたが。きっと政府の仕業ですね。血清作りに伊舞さんの能力を利用したのでしょう」
古宮は半笑いでそう言うと、胸座の菟上の手を掴んで力強く突き放した。
「そこの君! 危ないですよ!」
伊舞は都鳥たちに保護されるまま菟上の元から離れていった。
「みかこ……!!! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
込み上げる感情を爆発させた菟上の大きな叫び声があたり一面に響き渡る。




