十一話 コンスピラシー
「楓原副総監!!」
「どうした、騒がしいぞ」
副総督室に警視庁の幹部が駆け込んできた。
その幹部は都鳥に話を聞かれないよう、楓原の耳元でひそひそと用件を伝えた。
「なんだと……!」
冷静沈着な楓原が突然顔色を変える。
「な、何か緊急事態でしょうか?」
楓原は椅子から立ち上がっておもむろにレザーコートを羽織った。
「都鳥捜査官、私と一緒に来てくれ」
*
その少し後、自衛高等研究計画局では。
「せ、占拠……? 何ゆえそんなことを……」
津々楽局長が古宮から銃で脅され両手をあげている。
「我々との約束を反故にしたからですよ。文句を言われる筋合いはありません」
古宮はそう言うと、もう片方の手でスマホで持ち電話をかけた。
「ミスター、準備が整いました。後は手はず通りに」
「おい古宮……、こっからどうする気だよ」
底気味わるい笑顔で銃を構える古宮に菟上は身の毛をよだたせる。
「まぁ見ておいてください。出番ですよ局長、薬を局員に投与してください」
「な、何を言っているんですか……? そんなことできるわけが……」
バァァン! バァァン! バァァン!
「ひ、ひぃぃ……!!」
古宮は津々楽の足元目がけて続けざまに発砲した。
「すでにこの局は我々の占領下です。従わないものは殺すまで」
「わ、分かりました……」
津々楽は震えながらアタッシュケースを持って、局員と子供のいる作業所へと向かった。
「リカク、閃光で局員さんたちの視界を塞いであげてください」
「ああ……」
「ライツ、カメラ、アックッショーン!!」
菟上が作業所に向けてガラス越しに閃光を放った。
そして、黒いマスクをつけた古宮がスマホのアプリケーションで映像の生配信を始める。
「はぁい! こんにちは。突然ですが天人族のKです! これから今まさに世を震撼させている鬼神の真実をお伝えしますよ!」
古宮はどこぞのニュースキャスターを髣髴させるほどのハイテンションだ。
そのインパクトの強さに何千人もの視聴者が放送の閲覧をはじめた。
「今私は区外の〇〇にある自衛高等研究計画局にきています! 略して自研局! 政府の極秘施設ですよ!」
楽しそうに実況中継を続ける古宮。
「そしてあちらに歩いておりますは局長の津々楽さんです! 彼が向かう先はぁぁ!」
そう語尾を強めて視聴者の興味心を煽った古宮はカメラマンのように津々楽局長の後を追う。
「こ、ここは……! たくさんの子供たちがベッドで寝かされています……!! どうやら無理やり採血をされているようです……!!」
そんな痛ましい子供たちの様子を見た視聴者は阿鼻叫喚のコメントを続々と書き込んでいる。
「そして津々楽さんは一体何をはじめるのでしょうか? アタッシュケースから注射器を取り出して……」
津々楽が菟上の閃光を受けて目を開けられないでいる局員たちに、次々と注射を打ち込んでいく。
「な、な、なんと!! 局長が部下である局員たちに躊躇いもなく注射をしています!! おそろしー!」
古宮は徐々に実況をエスカレートさせていく。
「局員たちの様子がおかしいぞ!! 身体の形が変わっていく!! 皮膚が引きちぎれて実にグロいですー!! あんまりだ!!」
注射を打たれた局員たちは、二、三十メートルくらいの大きさになって天井を突き破った。
「そして巨大な恐ろしい生命体に……!! って、あれ……? この生命体どこかで見た覚えありませんか? そうだ! あの鬼神だ!!」
芝居がかった口調で一部始終を実況してきた古宮は、鬼神と津々楽を同じアングルに入れて、ここぞとばかりにこう喧伝した。
「なんてことだ! まさか鬼神は政府が生み出したものだったとは!!」
グガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!
鬼神がおぞましい雄叫びをあげて暴れはじめた。
「ついに暴れだした!! 建物を破壊していく!! 大変な事態だ!!」
その時点で、生配信の閲覧者数は十万人をゆうに超えていた。
古宮はあざとくこう言って配信を終了させる。
「我々、天人族はここにいるかわいそうな子供たちを助けてから脱出したいと思います!! 以上中継でした!!」
*
「副総督! 何があったんですか?! 教えてください!」
「緊急事態だ。いちいち説明している暇はない」
都鳥は行き先も告げられぬまま楓原の運転する車で同行させられている。
そんな折、御階が都鳥に電話をかけてきた。
「都鳥班長! 今どこにいるんですか?」
「ちょっとトラブルが発生したようで、副総監と僕で対処に向かっています」
「副総監と? 僕も行きましょうか?」
「いや、御階さんは拠点に残って本庁との連絡役をお願いします」
「……分かりました。高月グループの件ですが、先ほど会長の秘書と接触して情報を聞き出すことができました」
御階が接触したのは、佐伯杏という高月会長の女性秘書だ。
鬼神騒動で自責の念に駆られていた佐伯は、御階に宥められて胸襟を開いた。
「お手柄です! 何か新しいことは分かりましたか?」
「はい。やはり高月グループは天人族の一員でした。会長が組織の幹部を務めていて、一連の鬼神騒動にも大きく関わっています。僕たちの推測どおり、今朝話した新薬は人間を鬼神化するためのものでした」
「そうでしたか……。報告ありがとうございます」
*
「着いたぞ」
都鳥が連れられてきたのは古宮たちが占領している最中の自衛高等研究計画局だった。
グガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!
「この鳴き声は……?!」
「鬼神だな」
鬼神の雄叫びを聞いた二人は車から飛び出て入口のゲート前に立つ。
「はぁぁぁ!!」
楓原が気合いを入れて能力を発動させた。
水濤の能士である楓原は、その身体から自在に水を生じさせることができる。
「水龍牙爪!!」
楓原が右手を上げ指をコの字に曲げて爪を立てると、その手はたちまち水で覆われ、龍の手のようないかつい形を形成した。
そして楓原はその鋭い右手を勢いよくゲートの壁に打ち付けた。
ドルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥルゥ!!! ズバァァァ!!
楓原の右手は龍のごとく凄まじい力で壁をえぐり、局の堅いゲートをいとも簡単に突き破った。
その際に放出されたのか、ゲートの向こう側が水浸しになっている。
二人はその水溜りをペシャペシャと歩いて局の敷地内へと入っていった。




