十話 自衛高等研究計画局
久留主からの呼び出しで警視庁にやってきた都鳥は十七階にある一室の重厚な扉の前に立った。
「失礼します。都鳥です」
「入れ」
そうきつい口調で言われ部屋に入った都鳥。
向かいのデスクではストレートの黒髪が美しい気の強そうな女性が書類をギロッと睨み付けている。
「ご無沙汰しています。緋斗美さん」
「仕事中は副総督と呼べ。何度も言っているだろ」
楓原緋斗美。警視庁ナンバーツーの副総監だ。
都鳥にとって、捜査官となるきっかけを与えてくれた楓原は公私ともに恩師ともいえる存在である。
「すみません、つい癖で」
都鳥は苦笑いを浮かべながら楓原に頭を下げる。
「それで……、ご用件は?」
「久しぶりに会いたかった」
楓原はそう言って真剣な眼差しで都鳥を見つめた。
「……僕もです」
「冗談だ。真に受けるな」
都鳥はこっ恥ずかしさのあまり楓原から目をそらして押し黙った。
「SPAGの指揮は順調のようだな。君たちの活躍は久留主課長から聞いている」
「ありがとうございます。でも、大事な部下に大怪我をさせてしまって……」
「いつでもついてまわることだ。そんな調子じゃもたないぞ」
悔しさを滲ませる都鳥に楓原は淡々とそう言った。
そして手にしていた書類を机の上に置いて、ようやく用件を切り出した。
「ここからが本題だ。我が国の御三家制度は知っているな」
「聞いたことはあります。確か、国内随一の超能力を持つ家元を治安維持の名目で国が庇護する制度のことですよね」
「そうだ。その御三家が関わる話なのだが、実は一連の鬼神騒動がはじまる数日前に陰陽庁の大失態があった」
「例の神魔対策とかいう。本庁の人間も全国に借り出されて大変だったみたいですね」
陰陽庁とは倉橋総理の肝いりで今年はじめに設置された内閣府の行政機関。
全国に強力な結界を張って人ならざる存在の完全浄化を図り、その脅威を取り払うという狂気じみた施策を敢行したが、その試みは壮大な失敗に終わった。
「ああ。その乱痴気騒ぎで御三家の当主が一人犠牲となった」
「それは気の毒ですね……。官邸はもっともらしい理屈を並べて世間の追求を免れていたようですが」
「あの総理は極めて危険な思想を持っている。今後の動向に注意していかなければならない」
そんな政府に対する不信感は、庁内のみならず国民の間にも広がっていた。
「そこで頼みがある。都鳥捜査官に新たな御三家の当主となってほしいんだ」
「え、僕がですか?」
「適した家元が見つからないらしく長官から人選の相談を受けた。私は都鳥捜査官を推薦したい。君が入ってくれたら内閣府とのパイプもできる。受けてくれないか?」
都鳥は自身の恩師たる楓原きっての頼みにしばらく頭を悩ませた。
「うーん……。副総監からのご推薦は嬉しいのですが僕にはSPAGがありますので……」
「そうか。回答は今すぐにでなくて良い。検討しておいてくれ」
「……はい、分かりました」
*
一方その頃、菟上と古宮は区外にある一際大きな施設に訪れていた。
「ここが例の局ってとこか。随分と辺鄙なところにあるんだな」
「自衛高等研究計画局っていうんですよ。内部機密が漏れないよう、公表している所在地とは場所が異なるんです」
その施設には外周を高々としたゲートが囲い万全のセキュリティーが施されている。
「へぇ。ハリウッド映画さながらだ。で、実際は何をしている施設なの?」
「色々ですね。ここは一言でいうなら、表では作れないような代物を極秘に開発している研究所兼工場って所です。国策にしたがって、自衛隊の強力な新兵器を作ったり、危険を伴う科学的な実験をしたりするのがこの局の主な役割」
古宮は会話をしながらスマホで電話をかけて誰かを呼び出した。
「とても天人族みたいなならず者が関与を許される場所ではない気がするが」
「元々内部の職員のみで運営されていたのですが、例の薬を開発するにあたり昨年から天人族も関わることになったんですよ。自らの手を汚したくない政府と、その権力を利用したい天人族、お互いに利害が一致したわけです」
二人が施設の入口で立ち話をしていると、間もなくして固く閉ざされていたゲートが開放された。
そして、血がにじんでいる白衣を着た中年の男が焦った様子で二人を迎え入れる。
「古宮さん?! 急にいらしてどうされたのです?!」
自衛高等研究計画局長の津々楽だ。
どこか都合が悪そうな顔をしている津々楽に古宮はわざとらしくこう質問した。
「ミスターからの指示で様子を見に来ました! どうです? 薬の開発は進んでますか?」
「それが……、政府の方針で薬の開発を急遽取り止めることになったんです」
その一言によって、途端に殺伐とした空気が流れはじめた。
古宮は引きつった笑顔で津々楽を見ている。
「だと思っていましたよ。我々に断りもなくよくやりますよね」
「何分急だったもので……ご理解ください」
「まぁ良いです。薬を開発しなくなった今、この施設でなにを?」
「総理の指示で鬼神用の血清を作っています」
「ほぉ。ちょっと中の様子を拝見させてもらいますね」
古宮と菟上は津々楽の案内で施設の内部を見てまわった。
兵器が製造されている工場、何かの科学実験が行われている部屋、病棟のようなフロアを抜け、最後に薬開発のために設けられた研究室へとたどり着く。
「酷い……」
菟上が嗚咽をこらえて目を伏せた。
研究室とガラス越しに設置されている作業所には、数十名の局員によって大勢の子供たちが無理やり血を採取されている異様な光景が広がっていた。
「血清はより手間がかかりますから、まぁ悲惨な感じになりますよね」
「東が使っていた施設でも、こんなことしていたな……」
「あーそんなやついましたね。あそこも局の施設だったのですが管理は天人族に任されてたんですよ」
東とは天人族の元幹部のこと。
昨年の夏、菟上とのいざこざの最中に鬼神によって食い殺されている。
「局長、この施設に残っている薬を全て出してくれませんか?」
「処分するため、あそこにまとめて置いてありますが」
そう言って、津々楽はテーブルに重ねてあるアタッシュケースを指さした。
「そうですか。では局長、よろしく」
「こ、古宮さん……? それは一体何の真似でしょう……?」
古宮が津々楽に銃口を向けている。
「あっ、言うの遅くなりましたけど、ここ占拠させてもらいますから!」




