九話 高月グループ
「僕は人を信じたいんだ。信じることが僕の正義」
そんな都鳥の回答を聞いた菟上は不思議そうな顔を見せる。
「なんだそれ。あんまり理由になってない気がするけど」
「そういう君は何かを信じることができているのかい?」
「……どうだろうな」
二人は戦っていたことを忘れてお互いに何かを考え込む。
「都鳥班長!!」
御階の声だ。
麻倉と猿渡が御階の両肩に担がれている。
「み、みんな!!」
都鳥が血相を変えて三人の元に駆け寄る。
「芽來も魁惟も酷い怪我じゃないか……!」
「み、珠伽班長……。あたし、勝ったよ。ピ……ザ……」
麻倉はそう言い残して意識を失った。
「うん、よく頑張ったね。またみんなで打ち上げしよう」
「はぁ、はぁ、班長……、俺も少しは役に立ったかな……」
「当然だよ。いつも助けられてる。ありがとう」
肩で息をする猿渡は嬉しそうにボロボロの顔面をゆるませた。
「……御階さん、すぐに二人を病院へ!!」
「分かってますよ。二人して班長の顔が見たいって言うもんだから……」
その様子を見て戦況を理解した菟上は大声で古宮に指示を仰ぐ。
「おい古宮!! あいつらやられちゃったみたいだけど、どうすんだ?!」
どこからともなく現れた小宮。お手上げとばかりに両手を広げている。
「あらら、負けちゃいましたか。SPAGの皆さんには本当に恐れ入りますね。鬼神の処理も終わりましたし引き上げましょうか」
古宮と菟上は深手を負った楠と蓬条を回収して国会議事堂から去っていった。
*
翌日、官邸では倉橋総理が頭を抱えてうなだれていた。
「昨日のことで国中は大混乱です……! マスコミの報道は加熱し、我が国の危機管理体制を不安視する声が後を絶ちません……」
秘書官から報告を受けた倉橋は眉間に大きなしわを寄せる。
「分かっている……! 最悪の事態を脱したことだけが救いだ」
「鬼神は警視庁の特殊部隊によってどうにか鎮圧できましたが、機動隊が簡単に殲滅される様を国民に見られてしまいましたね」
「まさかこれほどまでに脆弱だとは……」
そうきまり悪く会話をするのは倉橋と円屋官房長官。
「なにより、鬼神が元は人間であるということがつまびらかになってしまったのが痛手だ」
「薬の存在についてに情報が割れてしまうのは時間の問題でしょう」
「私が総理の座についてから数年もの間、極秘に行ってきた史上最強の生物兵器の開発。国のためを思って心血を注いだ結果がこれか……」
「もう仕方がないことです。しかしながら、一連の鬼神騒動は仕組まれたむきがある」
「それは私も感じていたところだが一体誰が何のために……」
「これ以上、あの薬を乱用されたら国家が滅びかねません。総理、正しいご判断を」
円屋のその言葉を受け、倉橋は苦渋の決断をした。
「津々楽局長。今日を以て薬の開発は取り止めだ。急いで血清を大量生産してくれ。高月会長にもそのように」
「はい! ただ、血清を作るのには特殊な人材の確保と相応の代償が……」
「緊急事態だ。多少の犠牲はやむを得ない。人材はかき集めろ!」
*
国会議事堂で起こった鬼神騒動から一週間が経過した。
SPAGの執務室にいるのは都鳥と御階の二人だけだ。
「御階さん、二人の様態は?」
「致命傷を負っていた麻倉は人間離れした治癒力で奇跡的に回復しています。猿渡に至ってはもうピンピンしていますよ」
「そうですか。とはいっても、あと一週間はしっかり休んでもらわないと」
天人族との死闘で大怪我を負った麻倉と猿渡は、警察病院で集中治療を受け強制入院している。
「ところで班長、鬼神について気になることが」
「え? どんなことですか?」
御階が鬼神に関する調査レポートを取り出して説明をはじめた。
「先日、高月グループの関係者と会食する機会がありまして、ちょっと興味深い話を聞かせてもらいました」
「高月グループ? あの有名な製薬会社ですか?」
「はい。その関係者によると、高月グループでは裏で政府と共同して新薬を開発しているようで」
「新薬?」
「それは生物の肉体や思考を自在に作り変える恐ろしい薬で、人体の巨大化すら容易にできてしまうみたいなんですよ」
都鳥は御階のいわんとすることをすぐに察した。
「……つまり、その薬によって鬼神が生み出されていると」
「あくまで推測の範囲ですけどね。あと……、これを見てください」
御階が二枚の写真をホワイトボードに貼り付けた。
「高月グループのシンボルマークと天人族がつけているバッジのマーク、似ていませんか?」
「いわれてみれば……。じゃあ高月グループが天人族とつながってるってことですか?」
「確証はありませんけど、そうであるならば政府と天人族の接点が見えてきますね」
「そうですか、分かりました。御階さんは引き続き調査に当たってください」
ブルルルルル……ブルルルルル……ブルルルルル……
久留主課長が都鳥に電話をかけてきた。
「都鳥! 今から本庁に来てくれ。愛しの副総督さまがお呼びだぞ」
「緋斗美さんが?」
*
古宮が菟上を乗せて高級外車を走らせる。
「もう一月半ですか。すっかり天人族らしい顔つきになりましたね」
「そうか? 自分ではあまり変わった気はしないが」
助手席に座る菟上はどこか切なそうに夜景を眺めている。
「ふふっ。そろそろ天人族の活動にご理解いただけたころでしょう」
「犯罪組織のやることを理解しろって言われてもな。そもそも興味ないし」
「リカクは嫌でも理解するでしょうね。なにしろ私が推している有望株ですから!」
「あぁ、そうかい」
時折親心を見せる古宮に対し、菟上はどっとしらけている様子だ。
「柊吾と真理は復帰に時間がかかりますので、暫くは闇と光の最強タッグでお送りしましょう!」
「俺は別にあんたのこと好きじゃないが仕事だから仕方がないな」
「はは! 相変わらず可愛くありませんね」
そんなちぐはぐとした会話を続けているうちに、二人を乗せた車は目的地へと到着した。
「着きました。さぁ、ミッション開始ですよ」




