八話 都鳥珠伽
都鳥はごく普通の家庭に生まれ育った。
純粋無垢な性格の持ち主でサッカーが大好きな少年であった。
そんな幼き日に、親戚から吹き込まれた話を両親にしたことがある。
「僕んちさ、能士っていうヒーローのおうちなんでしょ?」
「あはは、それはご先祖様のお話だよ。父さんも母さんも、珠伽だってただの人間さ」
「ふぅん、なぁんだ」
そして、都鳥が中学にあがる頃だった。
怪しげなルポライターが都鳥の自宅に訪ねてきた。
「金剛? はて、なんのことでしょう?」
「とぼけないで下さいよ。都鳥家が昔、金剛の能士として活躍していたという記録が残ってるんです」
「そんなこと言われても困ります。うちは本当に何もない普通の家庭なので……」
その日を境に、都鳥の人生が大きく狂っていく。
「都鳥って、能士なんでしょ?」
「え? 何それ! かっこいいじゃん!」
「金剛の能士っていうらしいぜ!」
「なぁ都鳥! 何かやってみせろよ!」
「え……。僕なにも出来ないよ……?」
都鳥が金剛の能士であるという噂が広まり、学校で茶化されはじめた。
「能士って強いんでしょ?」
「金剛っていうからには頑丈なんだろ!」
「い、痛い!! やめてよ……!」
次第にそれがエスカレートし、都鳥は頻繁にいじめられるようになった。
さらには――
「おら、金出せよ! 金剛の能力でなんぼでも作れんだろ!」
「できないよ……!」
「なんだよ! じゃあ有り金よこせ!」
ついには両親からも。
「珠伽……、お前、本当に能力を使えないのか……?」
「き、きっとやればできるはずよ!」
「お父さん……、お母さん……」
都鳥は周囲からのプレッシャーに押しつぶされて過度の自己否定に陥るようになった。
そんなある日。
「僕、ただの人間じゃなかったの……? どうしたらいいの……?」
公園で一人落ち込んでいる都鳥に、マント姿の奇抜な格好をした初老の男が話しかけてきた。
「ぼくぅ? 浮かない顔してどうしたのかね?」
「みんなが僕に無茶言ってくるんだ。金剛の能力なんて使えるわけないのに」
「ほぉ、金剛とな。汝は能力を使えるようになりたいのかね?」
「うん……! そしたらお父さんもお母さんも喜んでくれるし、学校のみんなとも仲良くなれるから」
男は都鳥にこう忠告する。
「本当にそう思うかね? 所詮、人間なんて欲のまま独善的に生きる弱い動物である。後悔するかもしれんぞ」
「うーん……。おじさんの言ってることよく分からないけど、僕はそうだって信じてるよ」
「信じるものは救われる……か。ならば、特別に能力の使い方を教えてあげるとしようかね」
「え?! 本当?! もしかしておじさん能士なの?!」
「わたくしは火結の能士、阪牧真ってものである。能士の力を見てみたいかね?」
「うん!!」
「よし分かった。少しはなれておきたまえ。……はぁぁ!!」
阪牧は気を集中して火結の能力を発動させた。
すると、その身体が火炎に包まれ、煙を上げて炎上していく。
「お、おじさん……! 大丈夫?!」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
ボォォォォォォォォ……バババババァァァァァン!!
阪牧がさらに気合いを入れると、その身を包んでいた火炎が空に撃ちあがって花火のように爆発した。
「すごい!! これが能士の力……!! 僕も早く使えるようになりたい!!」
「むふふふ。では特訓してしんぜよう。先ずは気の出し方からはじめるとしようか」
それから数週間後、都鳥は胸を弾ませながら両親に能力のことを打ち明けた。
「お父さん、お母さん!! 僕、金剛の能力使えるようになったんだ!!」
「み、珠伽……!! それは本当かい?!」
「うん! お父さんとお母さんに喜んで貰うために一生懸命練習したんだ!」
「なんて良い子なのかしら!! 早速見せてちょうだい!!」
「い、いくよ! ……はああああ!!!」
都鳥は両手から気を放出させて、それを金の塊に変貌させた。
「わわわわ……!! き、金だ金だ!! ばんざーい!!」
「きゃぁぁぁぁ!!! これでうちも大金持ちよ!」
都鳥の両親は目の色を変えて狂喜乱舞する。
「珠伽!! もっとだもっと!! たくさん金を作ってくれ!!」
「錬金術とはまさにこのことね! 今夜はパーッといきましょう!!」
「お父さん……? お母さん……?」
都鳥は想像もしていなかった両親の卑しい反応に愕然とした。
その落胆は学校でも続く。
「都鳥の身体がキンピカになってるぞ……!!」
「ば、化け物だ!!」
「き、きゃぁ!! 近づかないで!!」
「みんな……、信じてたのに……、どうして……?」
絶望感に浸った都鳥は泣きながら阪牧に会いに行った。
「だから言っただろうに。人間なんていうのは一様にして我利我利の亡者だ。信じるものが馬鹿をみるのだぞ」
「ひぐ……、ひぐ……」
「もう泣くのをやめたまえ。困るであろうが」
「ひぐ……僕、能士になんてなりたくなかったよ……」
「そうであれば汝、天人族に入らないかね?」
「天人族?」
「そうだ。いずれ人類を真に支配する秘密結社であるぞ」
泣きやんだ都鳥はしばらく考えてこう答えた。
「止めておくよ。僕、まだ人を信じたいからさ」
「むふふ……。汝、どれだけお人よしなのかね……」
阪牧は都鳥の純情さに呆れて物も言えなくなった。
「……気が向いたらいつでもきたまえよ。チャオ!」
*
高校生となった都鳥は日に日に自己卑下を強めるようになった。
「この能力さえなければ……、みんなと信じあうことができたのに」
「僕が能士だから、一人ぼっちなのも当然なんだ……」
「僕なんて、生まれてこなければ良かったんだ」
そしてあくる日、都鳥は川に身を投げた。
都鳥の身体が川の底まで沈んでいく。
そこに突如として人魚のような女が現れ都鳥を川底から助け出した。
「愚か者。自殺なんて私が許さん」
「……すみません」
「君、名前は?」
「……都鳥珠伽です」
「珠伽。無駄にするつもりなら君の命、私に預けてくれないか」
その女とは警視庁副総監の楓原緋斗美。
楓原に見出された都鳥は、後に警視庁で特命捜査官として従事し、そして現在、特殊捜査班SPAGの班長を務めることとなった。




