一話 SPAG
「諸君らは今日からSPAGに配属となる! 班長は都鳥捜査官だ! 力を合わせて頑張れってくれたまえ!」
二月。警視庁公安部に新たな特殊捜査班が編成された。
通称名となるSPAGはSpecial Psycho Assault Groupの意である。
そのSPAGで班長を務めるのは都鳥珠伽。弱冠二十一歳での異例の大抜擢となった。
「皆さん、よろしく」
都鳥は華奢な身体を丁寧に畳んで部下となる捜査官たちに会釈をした。
そして久留主課長から受け取った黄色いバッジをスーツの胸元につけて上層の部屋を後にする。
SPAGには本庁とは別の建物に班専用の本拠地が用意された。
その建物には緊急時にもすぐに出動できるよう寮も完備されている。
とりわけて特異な事案の捜査に当たることになるSPAGは庁内の有能な人材を集めた少数精鋭部隊だ。
だが、その班長となる都鳥は経歴や功績はおろか、その人となりさえも知られていない。
内部ではそんな彗星の如く現れた都鳥を嫉む声があちこちから聞こえてくる。
SPAG編成から一週間ほど経った。
そろそろ入寮した各捜査官が共同生活に慣れてきた頃だ。
「珠伽班長! おっはよぉございます!」
「おはよう芽來。よく眠れた?」
「ばっちぐってやつです!」
赤い髪をなびかせながら麻倉芽來が執務室に入ってきた。
麻倉は十九歳ながら昨年本庁に特待で配属されていた。
所謂超エリートだが性格は天真爛漫で見た目にもあどけなさが残っている。
「ふあぁぁ、おはようっすぅ……」
続いて起きてきたのは二十歳の猿渡魁惟。
SPAGに配属される前は公安機動捜査隊に所属していた。
やんちゃで無鉄砲だが身体能力は庁内でもトップクラスだ。
「二人とも始業は九時のはずですが、今何時だと?」
御階由伎遥がデスクに顎肘をついて麻倉と猿渡に説教をはじめた。
年齢は都鳥よりも四つ年上の二十五歳。
プライドの高い御階は警視庁の次期幹部候補にも名が挙がるキャリア組である。
「まぁまぁ御階さん。二人ともまだ生活リズムが整ってないんですよ」
「あなたもあなただ! 班長だったらもっと緊張感を持つべきじゃないんですか?」
「はぁ……」
都鳥の部下はこの三名。曲者揃いでどうにも手を焼きそうな雰囲気だ。
全員揃ったところで簡単な朝礼を行い、それぞれデスクへと向かった。
とはいえ今のところ大した仕事は入っていないため各人手持ち無沙汰だ。
そんな時、執務室のドアが勢いよく開いた。
「都鳥!! 邪魔するぞ!」
「久留主課長、こんな時間からどうされました?」
久留主迅、SPAGや他の特捜班を統括する公安部の課長だ。
口元に立派なひげをはやし軍人のような風貌をしている。
「早速だがSPAGの初任務だ! 出動準備をしてくれ」
「待ってください、先に任務の内容を説明をしてくれないと」
「おお、それもそうだな」
都鳥に取鎮められた久留主は簡明にこう説明した。
「十八区にある団地で化け物が多数発生した! 急いで鎮圧に当たってくれ!」
「化け物って、最近突如として出現するようになった例の鬼神のことですか……?!」
麻倉が大きな目を見開いて尋ねた。
「そうだ! 今朝未明にどこからか現れた鬼神共が団地で暴れまわってえらいことになっている」
「僕たちに声がかかるということは警察や機動隊では対処できないほどの事態なんですね」
「ああ……。これまでは単体だったから何とかなったが、複数となるとまるでお手上げ状態だ」
「鬼神か。確かその被害で死傷者も結構出てるんだよな。早いとこ鎮圧しないとやばいぞ」
そう心配する猿渡の隣で御階が本件とは無関係な当て推量をし始めた。
「なるほど。鬼神が出現しだしたのが二週間前。その後、一朝にしてこのSPAGが編成された。ずばりSPAGは鬼神対策として急遽設けられた班というわけですね」
「ごほん! 諸君らは細かいことを気にせず任務を遂行してくれれば良いんだ!」
「鬼神は捕獲対象でしょうか? 元は人だったという目撃情報もありますので」
「どうだかな。科学的に起こり得ない以上、信憑性などないに等しい。必要に迫られれば殺して構わん」
都鳥はその回答にどこか引っかかりを感じたが胸にしまった。
「ははっ! 科学的かどうかなんて、この班に言えたことじゃないですよね」
「それ芽來っちと班長に限ったことじゃんか」
麻倉と猿渡のやり取りを聞いた御階が不満げにぼやく。
「良いですよね。あんたらは能士ってだけで重用されて。僕でなくて都鳥くんが班長なのもそれだけの理由だ」
「御階さん……」
都鳥自身、自分が班長に選任された理由を声高に話すことが出来なかった。
「もうお喋りしている時間はないぞ! 早く現地に向かってくれ!」
*
都鳥率いるSPAGは鬼神が発生した十八区の団地へとやってきた。
そこは世帯数が二千戸を超えるほどの大きな団地だというが――
「こいつは酷い……!」
SPAGが到着する頃にはほぼ全棟が火を吹き上げて半壊していた。
「遅くなりました! SPAGの都鳥班長です!」
「お、お待ちしていました! 情けないことに現状はご覧の有様で……」
都鳥が声をかけた機動隊員は沈痛な表情でそう答えた。
ブギャギャギャギャギャァァァァァァァ!!!!!!
「あれを見て……、鬼神だよ!! それもたくさんいる!!」
麻倉の一声にSPAGの面々は息を飲んだ。
団地のいたる所に二十から三十メートルくらいのグロテスクな化け物が点在していた。
筋肉がむき出しで全身は赤茶色。どれも二足歩行の人型だが、変わった耳や鼻、尻尾や尾ひれ、羽や触手など、それぞれ形が微妙に違っている。
その化け物たちは、ちまたで鬼神と呼ばれるように鬼のような表情で奇怪な雄叫びをあげている。
「それで被害状況は……?」
「住民の半数は避難させましたが残りはまだ……。三十名いた機動隊もほぼ全滅状態です……」
「マジか……、機動隊がほぼ全滅だと?! どうすんだ班長?!」
都鳥はもう一度団地の状況を確かめてから猿渡に答えた。
「まだ瓦礫の中に生存者が残っているかも知れない。僕と芽來で鬼神を撃退する! 魁惟と御階さんは機動隊と連携して住民の救出にまわってくれ!」
「はぁ……能力のない私と猿渡くんは足手まといってわけですかね」
「おい御階さん! ぼやいてないでさっさと動くぞ」
「芽來、僕たちもいくぞ! 焦らず一体ずつだ!」
「おっけ! 思いっきりやっちゃうよ!」
鬼神を相手にSPAGの捜査官たちが初任務へと取り掛かった。




