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十九話 クリスマス

「あー井上(いのうえ)!」

「はい!」

「まずまずってとこだな。志望校目指してがんばれよ! えー、菟上(うなかみ)!」


 担任の木村(きむら)から期末テストの結果が渡されていく。

 出席番号順なので俺が呼ばれるのははじめから三番目だ。


「はい」

「……あれ? お前……、やればできるじゃないか!!」

「あ、ありがとうございます」


 教室にどよめきが起きた。


 そう、いつもならここで木村から辛辣な言葉を浴びせられ嘲笑の的となる。

 そして俺のたたき出す記録的な低スコアが他の劣等生たちの心の支えとなってきた。


 ふっふっふっふ……、ついにこの時が来たか。

 俺は屋上でテストの結果を眺めながら一人で愉悦に浸った。


「リカク! 底辺脱出おめでとう!!」


 紅蘭(くらん)。おまえは俺のことをずっと底辺の人間とみなしていたんだな。

 でもそれはもう過去のことさ……!


「ちゃんと勉強の成果が出て良かったわ!」

「ああ。ありがとよ」


 実はここ一ヶ月ほど、紅蘭にみっちり家庭教師をしてもらっていたのだ。

 妃奈(ひな)に進路を聞かれて迂闊に大学へ行くと答えてしまったのが事のきっかけである。


「で、どこの大学を志望する気なのよ?」

「どこだろ。まぁとりあえず入れれば……」

「まったく……。三学期までにはきちんと決めておくのよ」


 へいへい。本当にどこまでも世話焼きなやつだ。


「それでさぁ、リカク。勉強教える代わりに一つお願い事聞いてくれるって話だったじゃん?」


 そういえばそんな約束をしていたんだった……。


「お、おぉ。俺は何をしたらいい?」

「今年のクリスマスなんだけど……、デートしよっか」





 二学期の終業式。

 その日の帰り際に田島(たじま)が声をかけてきた。


「おーい! リカク! お前、クリスマス何してんの?」

「なんだよ唐突に」


「聞く必要もなかったかー! うちでクリスマス会するから来いよな!」

「悪い。用事があるんだ」

「なんだよ。家族旅行かなんかか? 咲重(さえ)ちゃんも忙しいって言ってたしなー」


「クラスのやつらに声かけてるし、みかこちゃんも来るから頑張って用事済ませろよー!」

「おお……」





「お兄ちゃん! きょう咲重お姉ちゃんとデートするんでしょ!! 妃奈もつれてって!!」


 あいつ……、また妃奈に余計なこと言って。


「おうちでお利口さんにしてないとサンタさんがプレゼント没収しにきちゃうぞ」

「えー! そんなのいやだよ!! 妃奈、良い子にしてる!!」


 いつもはませているくせに子供らしいところもあるんだな。


 妃奈をはぐらかした俺は落ち着かない気持ちのまま身支度を済ませた。

 そして夕方頃に駅前の喫茶店で紅蘭と待ち合わせる。 


「お待たせ! 今夜は楽しむわよ! って何じろじろ見てんのよ」


 化粧が違うのだろうか、きょうの紅蘭はドキドキしてしまうくらい締麗だ。


 俺たちはこれから隣町にある大きな公園にイルミネーションを見に行く。


「こうやって二人で出かけたことってあったかしら?」

「どうだろ? まぁいつも身近にいるしな」

「ははははっ。 確かにね!」


 紅蘭とは長い付き合いだが二人きりで遊びに出かけるのは実のところはじめてだ。

 幼馴染とはいえ、なんだか変に意識してしまう。


 公園に着いた頃にはすっかり日も暮れて園内のイルミネーションが点灯していた。


「わぁ!! すごい綺麗!! はやくはやく!」

「おっ、おお!」


 紅蘭に手をとられ、二人で手をつないで園内をまわった。


 無邪気にはしゃぐ紅蘭はいつもの気の強いイメージとはまるで違う。

 俺はイルミネーションに映えるその表情に目を奪われていた。


 一通りイルミネーションを見終わった俺たちは最後に二人で記念写真を撮ることにした。


「ほら! もっと笑いなさいよ!」

「はいはい分かったって! いー!」


 カシャ!


「はぁー楽しかったわぁ! 今夜はありがとね」


 そう言って俺に向ける紅蘭の笑顔がとびきりにかわいい。


「いいって、俺も楽しかったしさ」


 鬱陶しい時もあるけど紅蘭には世話になってばっかだったよな。


 そう思った俺は紅蘭に感謝の気持ちを伝えることにした。


「あのさ、いつもありがとな」


「き、急になによ……。照れるじゃないの、もう」

「中々言えてなかったから。じゃあ、そろそろ帰ろっか」


「ちょっと待って……!」


 振り返ると紅蘭が足を止めていた。


「ん? どうした」


 チークで赤らんだ紅蘭の頬がより色濃くなっている。


「私、あなたのことが好きなの」


 紅蘭の突然の告白に俺は沈黙したが、気持ちに整理がつくまで時間はかからなかった。


「ごめん」


 紅蘭が顔をうつむける。


「…………どうしても、みかこじゃなきゃだめなの?」


「うん」


 俺はそう言い残して田島の家に向かった。





 ピーンポーン!


「おお! リカクじゃねぇか!! 用事は済んだの?」

伊舞(いまい)は?! 伊舞はいるか?!」

「な、なんだよ。みかこちゃんならついさっき帰ったけど」


「そうか……!!」


「お、おい! リカク!!」


 入れ違いだったか……。

 田島の家を飛び出した俺は全力で伊舞を追いかけた。


 だが、伊舞の家まで走っても途中で会うことはなかった。


 伊舞……、どこに行ったんだ。


 とにかく今すぐに伊舞に会いたかった。

 俺は思い切って電話をかけてみる。


「あ……、伊舞? 今ってどこにいるのかな?」

「ふん。教えてあげないよ」


「じゃ、じゃあヒントだけでも……」

「うーんとね、ブランコ」


 伊舞はそう言って電話を切った。

 俺にはそのヒントだけで十分だった。





「伊舞!!」


「菟上くん……」


 伊舞は寒空の下、一人でボロボロのブランコに座っていた。


「どうしてこんなところに……」

「だってここ、菟上くんとの思い出の場所なんだもん」


 そこはばあちゃん家の近くにある古びた公園だ。

 伊舞とは前にここで語り合ったことがある。


「ふふふ。たまにふらっと来てるんだよ。菟上くんのおばあさんにも会えるしさ」

「……そうだったんだ」


 俺は伊舞のことを全然分かってやれていないんだなと、つくづく思う。


「隣、良い?」

「うん」


 俺たちはしばらく無言でブランコをこいだ。


「こうしてるとさ、あの日のこと思い出すね」

「そうだな。特に伊舞の手料理の味は忘れられない」

「ふふふ、嬉しい」


「この前の話、途中だった」

「聞かせてくれるの?」

「あ、あぁ……」


 俺は少し間を置いて気持ちを落ち着かせた。

 そして、ブランコから立ち上がり伊舞を真正面から見つめる。


「あ、あの……、俺は……、その、なんというか……」

「うん……」


「伊舞のことが好きだ……!」


「……わたしも菟上くんのことが好きだよ」


 俺は伊舞を抱きしめて、ゆっくりとキスをした。

第二部最後の二十話は、前後編で二日間に渡ります。

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