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三話 二人

 和田(わだ)との接触で気が動転した俺は、大慌てでばあちゃんちへ向かった。

 白昼堂々と伊舞(いまい)のことを嗅かぎ回ってるあたり、やつらにとってかなり深刻な事態なのだろう。


 和田からは既に何人も殺しているかのような、その道特有の威圧感を感じた。

 おそらくカクリヨ会っていうのは、裏社会で暗躍する犯罪集団に違いない。

 伊舞には悪いが、これ以上大事になる前に警察に届け出よう。


 ばあちゃんちは町から外れた集落にある。

 俺は一度自宅へ戻り、昨夜遅くに帰ったことを咎める母親を誤魔化して、自転車で出かけた。


 とにかく、一刻も早く伊舞の顔が見たかった。

 ペダルをフル回転させ、一時間ほどでばあちゃんちにたどりつく。


「伊舞! 大変だ! 昨日のやつらが……!」

「おかえりなさい! 菟上(うなかみ)くん、お腹空いてるでしょう?」


 騒々しく飛び込んできた俺を、エプロン姿の伊舞が笑顔で迎えた。


「え……? 汗びっしょりじゃない……! 風邪引いちゃうから先にお風呂に入ってきて……!」


 この予期せぬシチュエーションのおかげで、さっきまでの不安は一気に掻き消えた。


 風呂あがりの俺を待っていたのは伊舞が作った手料理の数々。

 カレーライス、肉じゃが、魚の煮付け……、どれも俺の好物ばかり。

 ばあちゃんへのお礼を兼ねて伊舞が一人で作ったのだという。

 さすが良家の子女だけあるなと感心した。


「こんな出来のいい彼女こしらえるなんて、リカクもやるっぺや」

「ば、ばあちゃん……! やめてくれよ!」


 伊舞は美味そうに料理を食べる俺をじっと見つめていた。


「ごちそうさま。すごく美味しかったよ」

「ほんと……?! 良かった! 家族以外に食べて貰うの初めてだったからドキドキしてたんだ」


 そう照れくさそうに言うと、食器を洗いに台所へ向かった。


「今晩は泊まっていきな。 あの子、訳ありだっぺ。 ちゃんと話聞いてあげれ」


 そわそわしながら、ばあちゃんちに泊まることを母親に連絡をした。


 夕飯後、俺たちは近くの小さな公園で話をすることにした。

 二人で並んでボロボロのブランコに座る。


「私のこと心配して急いで来てくれたんだね」

「あ、あぁ……」

「ありがとう。菟上くんって優しいよね」


 また暗い顔をさせてしまいそうで、和田のことを話せずにいた。

 俺は黙ったまま、ゆっくりとブランコをゆらした。


「ごめんね……。分かってるよ。私、ちゃんとおうちに帰るから」

「……でも、そしたらお前」

「もういいんだ。こうして菟上くんと楽しい時間を過ごせたしね」


 やるせない伊舞の表情を見た俺は、思い切って提案した。


「警察に行こう! 今日、和田ってやつから伊舞のこと聞かれて名刺貰ったんだ! あいつを呼び出して昨夜のことを吐かせれば……」

「だからダメなの……! どうしたって、この運命から私は逃げられないの……」


 伊舞は全てを悟っているかのようにうつむいた。

 俺にはかける言葉が見つからなかった。


「だから今夜は……」


 そう言うと、伊舞はブランコから立ち上がって正面から俺を見る。


「菟上くんと一緒にいたい」


 月明かりに照らされた伊舞は、儚くも凛としていてきれいだった。





 その後、俺たちは少し辺りを歩いてから、ばあちゃんちに戻った。


「それじゃあ私、お風呂に入ってくるね」


 伊舞は禁断の台詞をさらりと言って風呂場へ向かった。

 俺はあらぬ想像を掻き立てながら、ばあちゃんが用意した寝床へ向かう。


「……おい! ばあちゃん!!」


 そこには布団一つに枕が二つ用意されていた。

 ばあちゃんのありがた迷惑なお節介だ。

 少し悩んだが、俺はもう一枚布団を敷いた。


「お待たせ。同じお部屋なんだね」


 艶っぽくなった伊舞が風呂から戻ってきた。


「そ、そうみたいだな……。嫌だったら俺は茶の間で寝るよ」

「嫌じゃないよ。一緒に寝よう」


 願ってもいなかった展開に俺の理性は吹き飛ぶ寸前だ。

 間違いをおかさないうちに部屋の電気を消す。


「それじゃ、おやすみ」

「うん、おやすみ……」


 心臓の鼓動がうるさくて中々寝付けない。

 悶々としたまま一時間ほどが過ぎる。


「……そっちいって良い?」


 俺が答えに窮していると、伊舞が勝手に布団に入ってきた。

 伊舞は鼻をすすって泣いている。


「……なぁ伊舞。どんな運命なのかは知らないが、それがお前の望まないものなら……」

「うん……」


「二人で変えてみせよう」


「……菟上くん……。ありがとう……」


 伊舞が俺に柔らかな身体をくっつける。

 勇気を出して間近にある伊舞の顔を見ると、嬉しそうにスヤスヤと眠っていた。





 翌朝、伊舞は忽然と姿を消した。





 その日、学校から帰ると珍しく父親がいた。

 父親とはもう何年もまともに口をきいていない。

 いつからか俺に関心をなくしたらしい。


 だが、この日は俺を見るやいなや、烈火の如く捲くし立ててきた。


「お前……!! 自分が何をしたのか分かっているのか!!」

「はぁ?」

「伊舞さんの娘を無理やり連れまわしたそうじゃないか!」

「え……? なんで……」


「みかこさんは今朝、うちのばあさんちの近くで警察に保護されてお前に暴行されたと言っているんだ……!」


 この人が一体何を言っているのか、まるで理解が追いつかず閉口した。


「お前はどこまでクズに育ってしまったんだ……! この出来損ないが!」

「ち、ちがう……! 何かの間違いだ……!」

「ああ?! 何が違うって言うんだ! 言ってみろ!」


「……そ、そうだ! ばあちゃんに聞いてくれ! きのう俺が伊舞と一緒に泊まったのも、ばあちゃんが世話してくれたからで……」

「あのなぁ、ばあさんが認知症であることはお前も知っているだろ! そんな都合の良い言い訳が通用するか!」


 ……確かに、ばあちゃんは認知証だ。

 だけど、俺のことだけははっきりと覚えていて、現に昨日だって……。


「伊舞さんには母さんと二人で謝罪に行った。みかこさんはお前とはもう関わりたくないそうだ。温情で表沙汰にはされなかったが、とんだ恥をさらしてくれたものだ……!」


 何がどうなってんだ……?! 嵌められた……? 誰に……? カクリヨ会……? ばあちゃん……? いや、まさか伊舞が……?


 ショックが大きすぎて、父親に何一つ言い返すことが出来なかった。

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