十六話 御三家
和邇江の誕生日会当日。
俺は伊舞と一緒にタクシーで和邇江家へと向かった。
至って庶民の俺はとりあえずスーツで正装らしい格好をしてきた。
一方の伊舞はなかなか品のあるドレスで化粧もばっちりだ。
伊舞とはあれ以来、少し距離が生まれてしまった。
タクシーでの会話もどこかたどたどしい感じに終始した。
「そのドレス、似合ってるね」
「うん。ありがとう」
こんな具合だ。
せっかくの機会だし、今夜は伊舞と楽しく過ごそう。
和邇江の家は都心にある高級住宅街の一等地にあった。
その敷地の広さは規格外だ。一体うちの学校いくつ分なのだろうか。
巨大過ぎる豪邸は西洋の宮殿のよう、いや、もはや宮殿と言っても差し支えない。
和邇江が金持ちであることは分かっていたがあまりにもスケールが違いすぎる。
こんな異次元クラスのお嬢様が世の中に存在しても良いものなのか。
玄関に入ると大勢のメイドが俺たちを律儀に出迎えた。
俺たちはその手厚い歓迎に萎縮しながらシャンデリアが輝く室内を歩いていく。
玄関から誕生日会の会場までは十五分もかかった。
メイドの人に案内して貰わなければ確実に遭難しているレベルだ。
会場もまた大きく、コンサートホールのような場所に何千人ものセレブが集結していた。
「本日は、和邇江家当主・怜さまの、ご生誕パーティーに、足をお運び下さいまして――」
「はじまったね。なんだか楽しみ」
「うん、今夜は思いっきり楽しもう」
パーッパラパーパッパー!!
ラッパの合図で景気よくパーティがはじまった。
最前部に設けられたステージでは、クラシックの演奏や手品師のショー、社交ダンスなどが順々と行われていく。
俺たちはセレブ気分を堪能しながら心ゆくまでパーティーを楽しんだ。
パチン!
しばらくして会場が突然暗転した。
和邇江~怜~でございますわ~♪
すると凄まじく音痴な歌声が聞こえてきた。
かわいくて~かしこくて~つよっくぅぅて~♪
オリジナルで作った曲なのだろうか……。
関係者の苦労が察せられる。
それが~わたくし~和邇江~~~怜ぉおぉぉおお!!
ジャンジャァァン!!
壮大なSEに合わせてスポットライトがついた。
そこにはマイクを握った和邇江がステージ上でポーズを決めている。
「おーっほっほっほっほ!! ごめんあそばせて!」
パチパチパチパチ…………
会場から渇いた拍手が送られる。
和邇江のこのちゃらんぽらんな感じはお馴染みのことなのだろうか。
笑っちゃいけない雰囲気になっているのが怖いところだ。
「皆様~! 本日、わたくしが華麗なる生を授かってから十七年目をむかえますわ!! いかがあそばせ~!!」
ヒュー! 怜さま~! ヒューヒュー!
いやいや……、どこぞの地下アイドルじゃないんだからさ……。
「わたくしが当主の座についたからには和邇江家の未来は明るいざますよ! 大船に乗り上げたつもりでおりなさい!!」
はははは……、日本語日本語。
そういえば、和邇江はこの家の当主をしてるんだっけか。
「せっかくだから、他の御三家の皆様に来てもらいましたわ!! ご挨拶よろしくあそばせ!!」
パチパチパチパチ!!!!
和邇江の紹介で男が二人ステージにあがってきた。
先に挨拶したのは和装をした二十歳くらいのイケイケ野郎だ。
「天知る地知るセレブも知る! 御三家の風雲児こと龍乃宮宗助でござい!!」
龍乃宮と名乗る男はそう言って髪をかきあげた。
「そこの泣き虫に御三家の当主が務まるか心配なところだが一応祝いに来てやったぜ!」
「あなたに心配されなくても結構ざますわ!! ベロベロベロベロー!!!」
「そんなこと言って泣きを見たって知らないからな! なんだよざますわって……」
「アルー!! あいつが! あいつがいじめるー!!」
斎藤が喧嘩をはじめた二人の仲を取り持つ。執事の仕事は楽じゃなさそうだ。
次に五十代くらいの男が挨拶をはじめた。その強面な風貌からは威厳を感じさせる。
「怜様、和邇江家の皆様、そしてお集まりの皆様、本日は誠におめでとうございます。ご紹介に預かりました御三家・葛葉の当主、葛葉啓一です」
パチパチパチパチ!!!!
ん? 葛葉って確か……。 この人もどっかで見たことあるような。
「怜様におかれましては、おじい様のご急逝や先代の蒸発もあり、このような形で若くして重責を担うこととなりましたが、先ほどの心強い決意のお言葉を聞いて安心致しました。私たちと共に、御三家の名に恥じぬ勤めを全うしていきましょう。また政府機関の方針で――」
話の内容はよく分からなかったが和邇江がすごい立場であることは理解した。
家庭の事情もあるっぽいし、ああ見えてなかなか苦労しているんだな。
御三家と呼ばれる男たちの挨拶に続けて来賓の祝辞が行われていった。
誰もかれも聞いたことのある大企業の社長や政治家の名前ばかりだ。
「続きましては、高月グループの高月彬夫会長からご祝辞賜ります」
…………高月だと?! あの会長、妃奈が連れ込まれたビルに東と一緒にいたやつだ……!
「おっほん! はじめに和邇江怜様。お誕生日おめでとうございます。怜様の祖父である御大とは長らく苦楽を共にしてきました。それ故、寵愛されていた怜様のご成長を御大に成り代わり見届けさせて頂き喜びもひとしおです。改めまして、高月グループの高月彬夫でございます」
パチパチパチパチパチパチ!!!
会場からは一際大きい拍手が送られている。
「どうした……? 具合でも悪いのか?」
ふと伊舞を見ると、ブルブルと震えて今にも吐き出しそうになっている。
「――だと確信しています。では、今夜は怜様のご生誕を記念して我が社が開発した全知全能の新薬をデモンストレーションさせて頂きたく存じます」
会長の手招きで秘書らしき二人の男女がステージにあがってきた。
どちらにも見覚えがある。女の方は佐伯杏ってやつだ。
佐伯は何匹かのマウスが入ったケージを持っている。
突然のことに会場がざわつきはじめた。
「怜様のお祝いにふさわしい演出をお楽しみください。これからの和邇江家と高月グループの末永い発展をお祈りしまして私からの挨拶とさせて頂きます」
挨拶を終えた会長は秘書を残してステージから降りていった。




