十五話 怜の誕生日
「……おい……!! もういい加減離してくれよ……!!」
「そうですねぇ。ここなら誰にも聞かれずお話しできそうですぅぅ!」
ミサキは人気のない公園を見つけてようやく俺を解放した。
「いやさ……、これ一体なんのつもりなんだ……?」
「まぁまぁリカク殿! ここに座って落ち着くのですぅぅ!! はりゃ……!!」
「え……」
俺を無理やりベンチに座らせたミサキは何故か何もないところで足を滑らせていた。
「リカク殿、あなた悪い民じゃないですよねぇぇ」
「近い……近いって」
ミサキは物凄い至近距離で俺の目をジーっと見つめた。
「うぅん。実はですねぇ、このところ下界で恣意的に並行時空を生み出す凶悪行為が多発していてぇ、天界ではそれが大問題になってるんですぅぅ!!」
「はぁ……」
天界って……、流行のハイファンタジーじゃあるまいし……。
ま、まぁ魔界があるんだからそりゃ天界もあってしかるべきなのだろうけど。
「あなた、身に覚えありますよねぇぇ?」
「ん……? よくわからないな……」
俺の回答にムッとしたミサキは人差し指を俺に向けてこう言い放った。
「うそおっしゃいぃぃぃ!! 今夜なんて二度も……、二度も罪を犯しましたでしょぉぉぉ!! 時空は変われど神族は全てお見通しなのですよぉぉぉ!!」
俺は段々とミサキの指摘する行為が何のことなのか感づいてきた。
というか魔界には魔族、天界には神族がいるのな。それはそれは分かりやすいことで……。
「天界では、時空並びに時間軸の行き来や改変はひっじょおぉぉに罪深い所業ぉぉ!! その掟を何度も破ったあなたもう極刑ですよきょっけぇぇぇ!!!」
この変なテンションのせいで事の重大さがあまり伝わってこないが俺は相当まずいことをしていたみたいだ。
そんな俺にミサキは同情の眼差しを向ける。
「まぁでも……、リカク殿はまだ弱冠十七歳。最近になって能士の自覚をしてきたことも知っておりますぅ」
能士……か。自覚というほどでもないが俺に特殊な能力があることは確かに理解し始めたところだ。
「それを鑑みた尊様のご慈悲がありましたのでぇぇ、今までのことはすっからかんで水に流してあげますぅぅぅ!!」
「そ、そうなんだ……。ありがとうございます」
ミサキがえっへんと得意げな顔をしている。
俺の事情に詳しいあたり、こいつが尊というやつに掛け合ってくれたのかもしれないな。
「神光の能士がその力を極めると、光が持つ性質上、時空をも自在に操れるようになるのですぅぅ! 何故かリカク殿はそれを自然に体得して、あろうことか無意識のまま乱用していたのですよぉぉ! そのせいで天界はてんやわんやですよぉぉぉ!! まぁぁ悪意がなかったのなら仕方のないことですけどぉぉ!!」
なるほど……。これまで何度か体験してきたループ現象はこれがカラクリだったというわけか。
「ただ……、やっぱり無罪放免というわけにはいかないものなのでぇ……、リカク殿が持つ能力の一部を封印させてもらいますぅぅ!!」
そう言うと、ミサキは俺のあごをグッと持ち上げた。
え……?! えぇぇぇぇ?!
「ちょっと唇失礼しますねぇぇぇ」
ミサキの薄くて柔らかい唇が俺のと密着した。
「んぐ……んぐぐぐぐ……!!!」
はじめてのキスに興奮出来たのはほんの一瞬のこと。
ミサキの力強い口吸いで精気がどんどん抜かれて苦しくなっていく。
んぱぁっ!!
ミサキが唇を離した頃には身動きがまったく取れないほどに弱り果てていた。
「ごめんなさいですぅぅぅ!! 目覚めたら動けるようになりますので暫しご辛抱をぉぉ!!」
ミサキは俺をベンチに寝かせると、背中に羽を生やして空に舞い上がった。
「リカク殿、また会える日を楽しみにしてますねぇ!」
バサ!! バサ! バサ、バサ…………
…………バサ、バサ、バサ! バサ!!
「あぁぁぁぁ!! 尊様から頂いた大事な言伝を忘れてましたぁぁぁ!!!」
「あなたはもう立派な大人です。これからはあなたが選んだ一つの運命を最後まで大事に全うして下さい。期待しています」
言伝を述べたミサキは再び空高くへと飛び去っていった。
*
季節は秋も中旬。
外では冷たい風が吹き始めてきた。
そろそろ世間は人恋しくなってきているのだろう。
だが、俺は例に倣わず部屋にこもって読書の秋、ゲームの秋を満喫するのであった。
「お兄ちゃんって彼女さんいるの?」
「ぶぁあああ!!! ひ、妃奈!! いつの間に……!!」
俺の妹だ。
五歳のくせになんてませた質問してくれるんだ……。
「ははは……。ど、どこで覚えたのかなぁ、そんな言葉」
「咲重お姉ちゃんがお兄ちゃんくらいの年なら彼女の一人や二人いるもんだって言ってたよ!」
あいつ……、妃奈に何吹き込んでくれてんだ……。
余計なお世話だっつの。
「妃奈ぁ。それはもうちょっと大きくなったら教えてあげるね」
「え~!! お姉ちゃんは好きな人いるって教えてくれたのにー!!」
く、紅蘭に男が……?! 幼馴染の老婆心ながらちょっと気になる……。
「そういえば、お兄ちゃんにお手紙届いてたよ! リビングに置いてある!」
「おお……。なんだろ」
俺は部屋を出て手紙を確認しにいった。
「えーっと…………はぁ……」
手紙の差出人は和邇江だ。
また気まぐれで何か思いついたにちがいない。
俺はため息を飲み込んで手紙を開封した。
そこにはこう書かれている。
親愛なるリッくん様
キンセイモクセイの甘くて爽やかでわたくしのような香りが漂いはじめました。
秋でございますわね。
来る十月二十八日はわたくしのお誕生日でございますわ。
そこにリッくん様をご招待してごらんあそばせますことよ。
詳しいことは忠実なる執事アルから聞いてちょうだいませ!
敬具
はぁ…………。
俺は飲み込んだため息を深めに吐き出した。
誰か招待状の書き方教えてやらなかったのか……?
そもそも学校で誘ってくれれば良いだけの話な気もするし。
日にちは来週か。
きっと紅蘭たちも誘われてるだろうからみんなで行くとしよう。
*
キーン コーン カーン コーン
「おーい、紅蘭! おまえも和邇江に誘われてるんだろ?」
「うん……。でも用事があっていけないんだ」
「そっか。もしかして……」
「何よ、もしかしてって」
惚けた様子の紅蘭に直球をぶつけてみた。
「妃奈から聞いたんだけど、彼氏できたんだって? 良かったじゃんか!」
「は、はぁ?! リカクの馬鹿!!」
紅蘭が真っ赤な顔をして怒りはじめた。
「ごめんなって! そう怒るなよ。いやほら、幼馴染としてはやっぱ気になるじゃん」
「リカクは私に彼氏がいたら嬉しいの……?」
「え? 嬉しいっていうか……、まぁお祝いしてやりたいって気持ちかな」
「……ふぅん。そうなのね」
紅蘭はそう言うと静かに歩いて行ってしまった。
何かまずいことを言ってしまったのだろうか……。
その後、ひむかと廊下ですれ違った。
「あぁ? 誕生日会? 僕はパスかなぁ。つまんなそうだし」
相変わらずこいつの物差しはよくわからん。
伊舞は参加するとのことだったので、当日は二人で行くことになりそうだ。
ちなみに田島は誘われてすらいなかった。理由は不明だ。




