十話 探偵団
長内の父親が玄関から戻ってきた。
俺たちはなんと言っていいか分からず沈黙している。
「恥ずかしいところを見せてしまったね……」
父親はそう言うと、男にかけられた唾をハンカチで拭った。
「……さっき話していた健在者っていうのは彼のことなの」
暗い顔をした長内の母親がそう打ち明けた。
あの男は自身の弟なのだという。
「君たちにこんなこと話すべきではないのだけど――」
長内の父親によると、一年程前にあの男に投資の話を持ちかけられ、男から資金を借りて参入したが大損してしまったらしい。それで毎月男に少なくない額を返済しているとのこと。
よくある詐欺の話だ。
「そのうちに私が職を失ってしまい……、お金を返すあてがなくなってしまったんだ」
「ゴホ……、弟の話を信じてしまったわたしが悪いの……」
「いや、私もあの男に乗せられてしまった……」
法外な利息をふっかけて毎月取り立てにくるのだという。実の親族に対してするようなこととはとても思えない。
「ごめんなさい……。大変な時に来てしまって」
「そんなそんな! 謝らないで下さい……!」
紅蘭と長内が気まずいやり取りをしている。
「そういえばおばさん、あの人が健在者であることが気になるってどういうこと?」
田島のズケズケとした質問に長内の母親がこう答えた。
「……ゴホゴホ。何の確証もないけど、もしわたしの家系が呪われているのだとしたら彼だけ健在なのはおかしいと思って」
確かにその理屈でいうならあの男だけイレギュラーな状態だ。
「こういう可能性はありませんか?」
伊舞が汗をたらしながら推測をはじめた。
「呪いというのは恨みや憎しみから相手の不幸を願うことなのですが、その呪いにも種類があって、稀に本人以外も呪われてしまうことがあります」
俺たちは怪談話を聞くような姿勢で伊舞の推測に耳を傾けた。
「それは呪われた人の家族、さらには一族郎党に及ぶケースもあるようです」
「ということは……つまり」
「そう、あの男の人が原因でお母様方の一族ごと呪われてしまっているかもしれません」
さっきの男は大勢の人間から恨みをかってそうだし、呪いというのが実在するのであればありえない話ではない。
「……やっぱり呪い……! 呪いなんだよ……!!」
伊舞の話しに長内が気持ちを高ぶらせる。
「碧……! 落ち着きなさい! 呪いだなんだと言ってこんなオカルトみたいなことをしても何にもならないぞ」
「まぁそう言わず俺たちに任せてくれよー! なっ!」
変に威勢の良い田島に紅蘭と伊舞が大きく頷いている。
「おばさん、具合が悪いところお話し聞かせてくれてありがとうございました! さぁ早速捜査開始よ!」
「ゴホゴホ……。みんな、ありがとう。気持ちだけで嬉しいからくれぐれも無茶はしないでね」
*
男の名前は高瀬行雄。
長内の母方の旧姓が高瀬であるため親族だが苗字が異なっている。
俺たちは全員制服だったので一度着替えに戻り、十九時ごろに再度集合した。
長内は母親の看病のため捜査には参加しない。
「お前ら、なんだよその格好……」
三人は揃いも揃って探偵モノのドラマを意識しまくっていた。
田島は全身黒ずくめでサングラスをかけ、伊舞は刑事さながらのコートを羽織り、紅蘭に至ってはシャーロックホームズみたいな格好でレンズを持っていた。
「リカク普通すぎるっしょー!! もっと探偵っぽくしないと!!」
「そうよ! こういうのは形から入らないと!」
いや……、逆にそれ怪しまれて探偵としては致命的だぞ……。
「そういえば伊舞。体調大丈夫なのか? さっき物凄い汗かいてたから」
「うん……、いまは平気。長内さんの家さ、邪気まみれだったし、あの男の人、凄い数の悪霊がついてたからきつかった……」
どうやら伊舞は霊的なものに影響される体質らしい。
魔界のこともあったので本当だと信じられるが、その分伊舞の身体が心配になる。
「みんな、協力してくれてありがとね! あの子の暗い顔見てたらほっとけなくてさ」
紅蘭のこの世話焼きな性格は年々エスカレートしてきている。
それがこいつの良いところなんだけど、このままだと先々苦労するんだろうな。
「そんな優しい咲重ちゃんのためにも絶対解決するぞー!!」
田島のやつ、紅蘭にいいとこ見せようとしてあんなに張り切ってたのか。変だと思ったんだよ、まったく。
「ていうか伊舞の言っていた呪いの線で考えるとしても、どうやって解決するつもりなんだ?」
「そ……それは……えっと……」
紅蘭が回答に窮する。
やっぱり何も考えてないやつだ。
「一応だけどさ、お祓い道具は持ってきたよ」
「さっすがみかこちゃん! これで碧ちゃんちの呪いを解けば一件落着だ!」
ははは……、そう簡単にいうなよな。
はじめに俺たちは高瀬の素性を探るべく尾行をすることにした。
長内の父親から教えて貰った高瀬の住所近くで張り込む。
高瀬の家はくたびれた木造のアパートでその二階に住んでいるようだ。
張り込むこと一時間あまり。
ガチャ
高瀬が部屋から出てきた。
スマホで誰かと話しながら歩いてどこかへ向かう。
俺たちは気付かれないように距離をとりながら高瀬の足取りを追った。
長内の家で見たように、高瀬からはとても堅気とは思えない危険な感じが漂っている。
「尾行とかカッコいいよな!! いかにも探偵って感じじゃん!!」
「あんまり調子に乗って気付かれでもしたら怒るわよ」
こんなんで本当に大丈夫なのか……。
俺に一抹の不安がよぎった。
高瀬がやってきたのはこの辺りでは一番人気の多い繁華街だ。
そして人目を気にしながらさびれた雰囲気の喫茶店に入っていく。
俺たちも続けて入店し、高瀬のいるテーブル席の近くに座った。
「おい! こっちじゃ!」
高瀬が後から店に入ってきた女を呼びつけた。この店で待ち合わせをしていたようだ。
女は二十代後半くらいで、ちょっと堕落した表情はしているが、いたって普通の会社員に見える。
「はよ約束のものを出さんか」
女は無言のまま分厚い茶封筒をテーブルに載せた。
「へっ、やれば出来んじゃねぇか」
封筒の中身を確認した高瀬はニヤリと笑って席を立った。
高瀬が店から出て行くと女は鬼のような表情で何かをぶつぶつつぶやきはじめる。
「ぶっ殺してやる……!! ぶっ殺してやる……!! あの糞野郎……!! ぶっ殺してやる……!!」




