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二話 逃走

 俺たちは無言のまましばらく走り続けた。

 街灯のない暗い道を満月の明かりを頼りに進んだ。


「誰かに追われていたのか……?」


 掴んだ細い手首から伊舞(いまい)の身の震えが伝わってくる。


「う、うんっ……!」


 伊舞は息を切らしながら答えた。

 恐怖にかられて無我夢中で逃げてきたんだろう。


 さらに進んでいると道路沿いに突き当たる。

 周囲を見回すと経路案内の標識が目に入った。


「……こんなところで何があったんだ?」


 ここは俺の住んでいる町の外れにある山道だった。

 確か伊舞の家もこの辺りじゃなかったはずだ。


「おい! そっちはどうだ?!」

「いません! もう山を降りてしまっているんじゃ?!」 


 伊舞の返事を待たず、追っ手がそこまで迫ってきた。


「あいつらか……。あそこに隠れよう!」


 俺たちは死角になりそうな大きな岩の陰に身を隠す。


 数分もしないうちに追っ手も道路沿いに出てきた。

 人数は三人から四人ってところだ。

 ピチピチのスーツを着たがたいの良いおっさんが指示を出している。


「まだ式の途中だってのに、逃がしたらどえらいことになるぞ……! とにかく探せ!!」


 俺たちは息を殺してやつらが過ぎ去るのを待った。


「やはり町の方に向かったのでしょう……! いま車をまわさせています!」


 部下らしき女がおっさんに声をかける。 


「……ちょっと待て」


 おっさんの足音が近づき、俺たちが隠れている岩の前で止まった。


 気付かれたか……?!

 俺は怯える伊舞の口をふさいだ。 


 ジョボボボボボ……


「ふぅぅ……」


 どうやら立小便をしにきただけのようだ。


 ホッとしていると、どこからか車のエンジン音が聞こえてきた。


和田(わだ)さん! いきましょう!」

「おお、すまんな! お嬢ちゃんの足だ。そんなに遠くへは行っていないだろう」


 やつらを乗せて、地味なバンが走り去っていく。


「……どうにかやり過ごせたな」

「うん…、助けてくれてありがとう……」


 憔悴しきっていた伊舞は俺に身体を寄せてうつむいた。

 よっぽどのことがあったんだろう。

 しかし、この様子では話を聞けそうにない。


 俺たちはあたりを警戒しながら山をくだった。

 幸いにしてやつらは戻ってこなかった。





 帰り道はついさっき通ってきたような感じがして迷うことはなかった。


 山からおりた俺たちは一度休憩することにした。

 自販機で飲み物を買って、二人で古びたベンチに腰掛ける。


「少しは落ち着いたか?」

「うん……」


 少し間が空く。


「あのさ!」


 ほぼ同時に口を開いたが、伊舞に譲った。


「あっ……なに?」

「ごめん。菟上(うなかみ)くんさ……、なんであそこにいたの?」


 それは俺にも説明のしようがない。


「ぐ、偶然かな。散歩してた」

「……そう」


 伊舞は不思議と特にツッコミを入れることなく缶コーヒーに口をつける。


「俺も聞いていいか?」

「うん……」

「さっきのやつらに何かされたのか……? その格好……」


 他にも聞くべきことがあるはずだ。

 だが、俺には伊舞の衣服の乱れが一番気がかりだった。


「……大丈夫だから。菟上くんのおかげで何もされずに済んだから」

「そ、そうか……。なら良かった……」


 伊舞は乱れた白装束をただして恥ずかしそうにする。

 少し安心はしたものの気まずい空気が流れた。


「カクリヨ会」

「え……?」


 伊舞が続ける。


「あいつらカクリヨ会っていう集団なの。狂信的でなんでもやっちゃうやばいやつら」

「へぇ……。そんな集団がいるんだ……」


 伊舞は作り笑いを浮かべていた。


「ふふ、おかしいでしょ。あいつらさ、わたしのこと……」

「無理して話さなくていいよ……」


 本当はもっと詳しく聞きたかったが、伊舞を見ているといたたまれなくなった。


「ありがとう……」

「とりあえずお前んち行ってから警察に連絡しよう」

「……イヤ! みんな仲間なの」

「え……?」


 やはり事態が飲み込めない。 


「……今夜泊めてくれる?」

「は……?」


 意図は違うと分かっているが、俺には刺激が強すぎるフレーズだ。


「い、いやいやいや……! うちの親がお前んち連絡しちゃうと思うぞ……!」

「あ……そうだね。どうしようかな」


 断ったことを少し後悔しつつ、近くにばあちゃんの家があることを思い出した。


「ばあちゃんに頼んでみるよ。この辺に住んでるからさ」

「ほんと?! お願い!」


 この晩、俺はばあちゃんに頼み込んで、伊舞を泊めさせて貰った。





「伊舞は休みか? 連絡きてないが……」


 翌日、朝のホームルームで木村(きむら)が出欠をとる。

 ばあちゃんちで休んでいるなんてとても言えたもんじゃない。


「昨日リカクがみかこのこと泣かせてたから、もしかしてそれが原因だったりして……」


 紅蘭(くらん)が余計なことを口走る。

 ていうかこいつ……、見てやがったのか……。


「リカクは好きな子にいじわるしちゃうんだよなー。みかこちゃんかわいそー!」


 また田島たじまが俺をだしにしてクラスメートを笑わせる。

 俺は何故だかいつもよりこっ恥ずかしくて下を向いていた。


「でも私、妬いちゃったわ。リカクったら、泣きじゃくるみかこのこと追いかけて……」


 木村が紅蘭の話を遮さえぎる。


「お前ら静かにしろ。授業はじめるぞ!」





 放課後、伊舞のことが心配だった俺は急いで学校を出た。


「おい! そこの君!」


 学校の門を過ぎた辺りでドスの効いた声が響く。

 振り返ると、見覚えのあるスーツ姿のがたいの良いおっさんが立っていた。


 ……カクリヨ会の和田ってやつだ……!


 昨夜の逃走劇を思い出して背筋が凍りつく。


「呼び止めちゃってすまんね。君、伊舞みかこって生徒のこと知ってる?」

「は、はい。知ってますけど……」


 つい馬鹿正直に答えてしまい、顔が真っ青になった。


 「実は、昨夜からみかこさんの行方が分からなくて親御さんが心配しているんだ。何か情報が入ったらここまで連絡してくれ」


 そう言うと、和田はぽっけからおもむろに名刺を取り出して俺に渡した。


 「分かりました……! それじゃ急いでるんで……!」


 俺はこれ以上ボロを出さないよう足早に立ち去った。

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