八話 夏の思い出
和邇江の別荘がある渓谷は下流へ行くと沢が広がって大きな川となる。
夏の日差しが眩しいが緑豊かな森林に囲まれた川原は涼しくて非常に快適だ。
旅行二日目、俺たちはそこでバーベキューをしながら川水浴を楽しむ。
「じゃーん! お待たせー!」
「さ、咲重ちゃん……!! ありがたやー!!」
紅蘭が露出の多い大胆なビキニに着替えてきた。
田島は今にも鼻血を出しそうになっている。
「川遊び程度でそんな格好しなくても……」
「あらぁ? 好みじゃなかったかしら?」
紅蘭は惜しげもなく身体にくい込ませた水着をアピールしてくる。
「おまえな……」
後に続いてきた伊舞はレースをつけた大人な雰囲気の落ち着いた水着だ。
胸を押さえて恥ずかしそうにしているあたりつくづく紅蘭とは間逆の性格である。
和邇江は派手なビラビラのセレブっぽい水着を着ているが、絵に描いたような幼児体型なので子供っぽく見える。
「さぁ!! 泳ぎますのよ!!」
そう威勢よく川へ入った和邇江だが浮き輪を忘れたことに気付いて慌てて取りに戻った。
川原では斎藤がバーベキューの準備をしている。
ひむかは一人で岩場に行って釣りをはじめた。
「わたしたちも行こ!」
紅蘭に手をとられ俺も川に入っていった。
ほどよい水温とやさしい渓谷の風が肌に心地よい。
伊舞と田島も川に入ってしばらく五人で水遊びを楽しんだ。
「リカクー! こっちこっちー!」
はじめは浅瀬で水をバシャバシャして遊んでいたが紅蘭が泳ぎ始めたため深めの場所へ移動した。
運動神経もいい紅蘭は川を優雅に泳ぎまわる。
「さっすが咲重ちゃん! 凄いぜ痺れるぜ!!」
「確かにな……」
こんな大自然の中でガチで泳げるやつなんてそうはいない。
「わ、わたしだって……」
その様子を見た伊舞がやきもきしている。
「危ないから伊舞は真似するなよ」
バッシャァン!
俺の心配をよそに伊舞も紅蘭に負けじと泳ぎ始めた。
「みかこもやるじゃないの。そうだ! あっちの岸まで競争しない?」
「うん……! わたし負けないからね」
はぁ……。またか。
この二人は学校でも成績を競ってバチバチしているため、何をするにもライバル心が生まれるのだろう。
「リカク! ちゃんと見てなさいよ!」
紅蘭と伊舞が川原の反対岸まで競争をはじめた。
二人は渓谷の静寂を切り裂きながら物凄いスピードで泳いでいく。
「そういえば怜ちゃんは?」
田島が和邇江がいなくなっていることに気がついた。
「あれ? さっきまでここに……」
「お助け!! お助けなさいのよー!!」
浮き輪で浮かぶ和邇江がプカプカと遠くの方まで流されていた。
「まったく……」
俺は急いで和邇江の元に泳いでいった。
「和邇江、大丈夫か?」
「へ、平気なのでございますわよ!!」
水の流れでクルクル回転していたからか和邇江は目を回していた。
「ひぐ……、ひぐ……、怖かったよぉ……」
和邇江を川原に連れていくと途端に泣き始めた。
「泳げないのにでしゃばりすぎなんだよ」
俺はブルブル震える和邇江を背負って斎藤のところに向かった。
「リッくん……撫でて」
……へ? リッくん……?
キャラ違いの要望に困惑した俺は一先ず和邇江をおろす。
「それはさすがに……って……」
涙目の和邇江が俺に抱きついてきた。
「はやく……撫でて」
和邇江が上目遣いで要求してくる。
こうなってしまったらもう撫でざるおえない。
「よ、よしよし」
俺が頭を撫でてやると和邇江は安心した顔を見せる。
「へぇ……。菟上くんってそういう趣味なんだね……」
…………?!
伊舞が一部始終を目撃していた。
「ち、ちがう……! これはだな……、和邇江がそのあの……」
「おーい! みんなでビーチバレーしようぜ!!」
田島のせいで伊舞の誤解を晴らすことができなかった。
日が暮れて川からあがった俺たちは、綺麗な星空の下で豪華なバーベキューを満喫して二日目の日程を終えた。
*
旅行最終日。
俺たちは周辺の神社仏閣や史跡をめぐったり、土産屋に寄ったりして観光を楽しんだ。
「皆様、この度はお嬢様にお付き合い下さいましてありがとうございました」
「おーほっほっほ!! 存分に楽しませてもらったのですわよ!! 褒めてつかわしますわ!」
俺たちは満足げな和邇江と斎藤に見送られ別荘を後にした。
そして名残惜しみながら新幹線に乗り込む。束の間のバカンスはこれでおしまいだ。
「最高に楽しかったよなー!! 咲重ちゃんとは愛が深まった気がするし……」
「賢介、あんまり調子にのるんじゃないわよ。でも終わっちゃうと寂しいものね」
「そうだね。わたし、友達と旅行に行くのはじめてだったけどすっごく楽しかったよ。菟上くんは?」
「色々あったけど割と楽しめたかな。なんだかんだひむかも……」
ひむかは席で早々に眠りこけていた。少しは退屈しのぎが出来たのだろうか。
帰りはみんなで旅の思い出を振り返った。
こういうのも案外悪くない。
地元に帰った俺たちは寂しげにそれぞれの帰路につく。
「菟上くん! またね!」
「うん! またな!」
伊舞がとびっきりの笑顔で俺に手を振った。
こうして和邇江の思いつきではじまった夏の旅行は終了となった。




