五話 異界の地
「菟上くん! これ紅蘭さんの履いてた下駄じゃない?!」
伊舞が荒れた草っ原で紅蘭の下駄を見つけた。
下駄は無造作に脱ぎ捨てられている。
「やっぱり二人もここに来ているみたいだな……」
「なにかあったのかな……? 早く二人を見つけないと……」
俺たちは紅蘭と田島の足取りを追って薄気味悪い大地を進んでいった。
そしてしばらく歩いていると茶褐色に染まった水辺が見えてきた。
ガァ!! ガァ!! ガァ!! ガァ!! ガァ!!
…………?!
「伏せろ伊舞!!」
「えっ?!」
俺は伊舞の肩をつかんで一緒に地面に伏せた。
ビュゥゥゥゥゥゥン!!
「キャ……!!」
得体の知れない何かが俺たちの頭上を通り抜けていった。
その勢いで地面から砂塵が巻き上がる。
「あれは……鳥……?」
バサ!! バサ!! バサ!! バサ!!
砂埃を払いながらその正体を確認すると、真っ黒な怪鳥が空中で羽を打ち扇いでいた。
大きさは二メートルほどで眼光は赤く、鈎のような口の先には何か丸いものを咥えている。
「……メダマ……、メダマヲヨコセ」
「お、おい。あの鳥なんか喋ったぞ……!」
よく見ると、その怪鳥が咥えているのは何がしかの目玉だった。
大きさ的には人間のものに近い。
「菟上くん……! あそこ!!」
伊舞が指差した方角に洞窟のようなところが見えた。
ガァ!! ガァ!!
また怪鳥が俺たちを狙って急降下してくる。
「くそ……!」
俺はカバンの中から懐中電灯を取り出して怪鳥に向かってぶん投げた。
グガァ……!!
懐中電灯は怪鳥の額に直撃した。
その際に嘴から目玉を落とした怪鳥は目玉を探して地面を必死についばみ始めた。
「今のうちだ! 走るぞ!」
俺たちはその隙に水辺の先にある洞窟へ全力で走った。
バサ!! バサ!! バサ!! バサ!!
目玉を見つけたのか、ほどなく怪鳥が俺たちを追って物凄いスピードで飛んでくる。
ガァ!! ガァ!!
「もうすぐだ……! 飛び込むぞ!!」
ダダダダダダダダダダダダァァァ!!
すんでのところで俺たちは洞窟の中に入ることができた。
怪鳥は羽が邪魔して中に入れないため、しぶしぶ引きかえしていった。
「はぁ……、はぁ……、なんとか逃げ切ったな」
「そうだね……」
「しかしなんなんださっきの生き物は……」
「しかたないよ。ここは魔界だもの」
「そ、そういうものなのか……」
洞窟の中は人が二、三人くらいしか通れないほどの大きさだ。
穴は奥の方まで続いているが明かりはない。地面は水気を含んでぬかるんでいる。
「足跡……かな?」
誰かの足跡が地面についていた。それも一人のものじゃない。
「もしかしたら、紅蘭と田島もこの洞窟に逃げ込んだのかもしれない」
「それなら……この先にいけば会えるよ!」
さっきの怪鳥に投げつけてしまったので、伊舞に懐中電灯を借りて洞窟の中を進んでいった。
ギゥゥゥゥゥゥゥゥ……ゥゥゥゥ!!
洞窟の奥の方から不気味な鳴き声が響いてくる。
「ここにも何かいるみたいだな……」
「そうみたいだね……。二人とも無事でいて……」
俺たちは祈るような気持ちで先を急いだ。
コツン……
「いった……」
「大丈夫か?」
伊舞の足に何かが引っかかった。
「……おい……これってまさか……」
懐中電灯で伊舞の足元を照らすと地面に骨がたくさん転がっていた。
近くに頭蓋骨や衣服の切れ端などもあったのでそれが人骨であると分かった。
「やばいな……。この洞窟には殺人鬼でもいるのか」
「魔物は人間を食べちゃうからね……」
伊舞がさらっと恐ろしいことを言う。
ただならぬ空気を感じながら先に進んでいると突き当たり、通路が左右に別れた。
「左……かな」
俺たちは伊舞の直感を信じて左の通路に入った。すると少し先に大きな部屋が見えてきた。
「明かりがついてるよ! 二人ともあそこにいるのかも!」
俺たちは恐る恐るその部屋に近づいた。
「待て……。なにかいるぞ……」
ゲヒャ! ゲヒャ! ゲヒャ!
部屋の中を覗くと、そこには角を生やした人型の怪人が四人座り込んでいた。
上半身は裸で下半身は毛で覆われている。皮膚の色は赤・青・緑・黄色とバラバラだ。
その怪人たちは焚き木をして大きな鍋を囲んでいる。
「あれは……下等級の鬼ね」
「また鬼か……。鬼にも階級があるものなんだな」
俺はすっかり伊舞の話を聞き入れるようになっていた。
「ねぇほらあそこ……! 紅蘭さんと田島くんじゃない!?」
部屋の端っこにロープのようなもので縛り付けられた二人を見つけた。
「良かった……。まだ二人は無事のようだな」
ゲヒャー!!!
鬼が一人立ち上がり鍋の様子を確認すると、準備ができたとばかりに歓喜の声をあげた。
そして紅蘭と田島を連れてきて身体に巻きつけられたロープのようなものを外した。
二人はぐったりしていて抵抗する気力も残っていないようだ。
「あいつら……二人に何をする気だ……」
「たぶんだけど……、釜茹でにして食べる気なのかも」
紅蘭と田島は鬼に衣服を破かれて裸になった。
そして、鬼たちは先ず紅蘭を連れて鍋の方に向かった。
「や……やめて! 私たちをどうする気……?!」
「くそ……、こいつら! 咲重ちゃんを離せ!」
……ゲヒャ!!
田島がくってかかると、鬼は木棒のようなもので田島を殴り飛ばした。
鬼の攻撃で倒れた田島はそのまま意識を失った。
「まずい……! 助けないと!」
「で、でもどうやって……?」
俺は足元に落ちていた人骨を部屋の中に何本も投げ込んだ。
ゲ、ゲヒャ?!
鬼たちが俺たちの方に近づいてくる。
俺たちは気付かれないように部屋の入口の脇に隠れた。
ゲヒャー!!!
鬼たちが部屋の外に飛び出してきた。
「おりゃぁぁぁぁ!!!」
ベキィィィィ!!! ボロ……
俺は先頭で出てきた鬼の顔面に人骨を思いっきり叩き付けた。
しかし人骨はもろくも折れて砕けてしまった。
ゲヒャァァァァー!!!
「ど、どうしよ! 菟上くん!」
興奮しきった四匹の鬼が俺たちに襲い掛かってきた。
「く……、こうなったら一か八かだ……!!! 伊舞……!! もう一度俺の指を噛んでくれ!!」
「わ、分かった!!」
伊舞は大急ぎで俺の親指に噛みついた。




