三話 肝試し
肝試しをする小山は登りきって反対側に降りると和邇江の別荘にたどり着く。
俺たちはこのルートをペアで順番に進んでいく。
先ずは田島と紅蘭のペアが小山に入っていった。
このあたりは特に心霊スポットというわけではないが、夜の森林というだけでお化けが出そうな雰囲気がある。
田島はあんなだし紅蘭も気が強いからこの二人は苦戦することなく山を抜けられそうだ。
十分ほど間を空け、次は俺と和邇江の番。
「わ、わたくしは微塵も怖くなんてありませんからね!!」
そう強がる和邇江は俺の後ろに隠れながら進んでいる。
「おまえな……。言いだしっぺのくせに怖がりなのかよ」
和邇江が怖がるのでゆっくり進んでいると背後に人の気配を感じた。
きっと斎藤が和邇江を心配してついてきているんだろう。
ガサガサ……!
「ひゃっ!! 何の音でございますの?!」
「風で木が揺れただけだ」
「ふっふっふ……。ごめんあそばせ!!」
和邇江の顔が恐怖で引きつっている。
「もう無理しないで戻ろうか?」
「ぷんぷん! おばかを言わないでくださいませ!!」
そう言うと、和邇江は一人で先に進み始めた。
これはプライドの高さが徒となってるパターンだな……。
カーッカッカッカッカ……!!
「で、出ましたわね……!! このお化け!! お化け!!」
「カラスだ! 大丈夫だから落ち着け!」
カラスをお化けと勘違いした和邇江はパニックになって両手をぐるぐる振り回している。
ウキーッキッキッキ!!
そこに今度は山猿が現れて和邇江に飛びかかった。
山猿は和邇江のひらひらとしたワンピースのスカートを引っ張って遊んでいる。
「お化け……!! お化け……!! いやー!!」
「はぁ……」
俺は暴れる山猿を和邇江から引き離して森に帰した。
和邇江はパニック状態で泣きじゃくっている。
「おい和邇江。もう大丈夫だぞ。お化けなんていないから安心しろ」
「ひぐ…ひぐ……、ほんとに……? もうお化けいない?」
「あぁ、だからもう泣くなって」
和邇江は俺にしがみついて周りを確認し、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「……ありがと。リカクくん……」
リカク……くん……?!
和邇江のキャラクターが完全に壊れていて思わず戸惑った。
「あ……ああ。怖いものは仕方ないよ。戻ろう」
「……うん」
俺たちが引き返していくと、やはり後ろには斎藤が着いてきていた。
「アルー!! 怖かったよー……!!」
和邇江は斎藤に思いっきり抱きついてまた泣き始めた。
「お嬢様、お辛かったですね。さぁ、戻りましょう」
斎藤は俺に一礼をして和邇江を連れて山を引きかえしていった。
仕方なく一人で先に進もうとした時、後方から声が近づいてきた。
「きみ、ほんとくさいな」
「さっきからなに……? 女の子にくさいだなんて言っちゃ駄目なんだよ」
ひむかと伊舞のペアが俺に追いついてきたみたいだ。
しかし何だかもめている様子。
「近づくなよ! においがうつるだろ!!」
「ひ、ひどいよひむかくん……」
「おいおい。どうしたんだ?」
俺は二人に合流してもめごとの理由を聞いた。
「菟上くん……! ひむかくんったらひどいの……」
「いやさ、くさいから離れて歩いてくれって言ってるだけじゃんか」
「……またそれか。ホントに匂ってるんなら耳鼻科で診てもらったほうがいいぞ」
温泉あがりの伊舞からはどんなに鼻を近づけようと良い香りしか漂ってこない。
「ていうか、君もくさかったんだよね。この際くさいもの同士仲良くやりなよ! ほんじゃー」
ひむかはそう言うと、一人でスタスタと先に行ってしまった。
「なんなんだあいつは……」
「いいじゃない、一緒に行こう!」
そんなこんなで俺は伊舞とペアを組み直して肝試しを続けることになった。
俺たちが肝試しをしている小山は標高二百メートルもなさそうな小さな山だ。
その頂上にたどり着いた俺と伊舞は休憩がてらに綺麗な星空を眺めることにした。
「今夜は満月なんだね」
「そうみたいだな……」
これまで伊舞は決まって満月の日に苦しい思いを味わってきた。
「やっぱり満月は嫌いだよな?」
「うん、前まではね。でも今は満月を見ていると菟上くんの顔が思い浮かぶから好きになったんだ」
「そっか。俺も伊舞の顔が満月に浮かぶよ」
「ふふふっ」
「はははははっ」
俺たちは笑顔で山をくだりはじめた。
「そういえば、この山。いるね」
「ん? 何がいるって? まさかお化けとか言い出すんじゃないだろうな」
「うーん、お化けかな? 分からないけど何かいるよ」
「そ、そうなんだ……」
俺はなにかの冗談だと思って伊舞の言葉を聞き流した。
「伊舞はこういうの平気なの?」
「うん。菟上くんも平気でしょ? だって私たち、ここより怖い山の中にいたもんね」
伊舞が笑いながらそう話した。
ついこの間のことだが、あの悪夢のような体験をこうして笑い話に出来ていることに嬉しさがこみ上げた。
「なんかこうして伊舞といられるのは不思議な気がする」
「そうかな? 菟上くんがこうしてくれたんだよ?」
「いや、伊舞がいたからこうなれた。あれ? 俺変なこと言ってる?」
「ふふふ。変じゃないよ」
肝試しをしていることなんてすっかり忘れた俺たちは手を繋いで山道を降りていった。
それから特に何事もなく和邇江の別荘に到着する。
「おーい! 帰ったぞ!」
「変だね……。誰もいないよ?」
別荘には俺たちよりも先に帰っているはずの田島と紅蘭がいなかった。
ほどなくして和邇江と斎藤が別荘に戻ってきた。
「なぁ斎藤さん。田島たちを見かけなかったか?」
「いいえ。見ておりませんよ?」
田島と紅蘭に電話をかけたが二人とも圏外で繋がらなかった。
「どこかで迷ったのかな……? 心配ね」
肝試しのルートは一本道で迷うはずはないのだが、万が一のことを考えて、俺と伊舞で二人を探しにいくことにした。




