二十話 再会
「うがぁぁぁぁぁぁあああ!!」
東に注射を打たれた和田が苦痛に顔を歪めて床にのたうちまわる。
「おい……! お前、あいつに何をしたんだ!!」
「ククククククク……! まぁ見ていろ」
東は冷や汗をかきながら和田の挙動を見守っている。
「ぐああぁぁぁぁぁ…………」
和田のあえぎ声が収まるとたちまちその巨漢が大きくなっていく。
服が裂け、身が引きちぎれ、むき出しとなった筋肉がグロテスクな形を形成していく。
「ぐふぁっはっはっはっは!! 見ろ!! これがミスターの奇跡だ!!」
東が狂気に満ちた顔をして続ける。
「彼に使ったのは神童と呼ばれる子供を選りすぐり、その血で作った夢の新薬だ! 神子の持つ神聖なエネルギーと高月グループが誇る最先端の製薬技術を組み合わせることによって、我々の手でゴッドを生み出すことを可能にした! ついに全人類の悲願が叶ったのだ!!」
な……! こんな馬鹿なことが起こり得るのか……?!
とても同じ人間がやることとは思えない……! いかれてやがる……!!
和田の巨大化は数十秒で止まったが、その時にはすでに原型を留めていなかった。
全長は十メートルくらいある。両足で起き上がると部屋の天上に頭をぶつけそうになっていた。
一見すると人間に近いが、赤と黒が交じり合った筋肉質の肉体には、頭に耳があり鱗や尾ひれのようなものもついていて、その実態は不明だ。
興奮しているのか、狂った獣のような表情で鼻息を立てて身体を上下に揺すっている。
「オギャァァァァァァァァァァ!!」
バケモノが人間のものとも動物のものとも違う奇怪な声を発した。
「さぁ!! この世に産声をあげしゴッドよ!! お前の力でこの愚かなガキを処刑しろ!!」
東が高慢に命令するがバケモノは黙って東を見ている。
「何をしている……! さっさとやれ!! 私はお前を生み出した主なんだぞ!!」
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
バケモノが雄叫びをあげて東に近づいていく。
その声には怒りと恨みの感情があるように思えた。
「や……、やめろ……!! 何故言うことを聞かないんだ……!! くるな!! このバケモノが!!」
東はあえなくバケモノに捕まりブラックホールのような口腔内に放り込まれた。
そしてギザギザに生え揃ったするどい牙で咀嚼されていく。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
バケモノが絶叫する東を食い千切っていく。部屋のあちこちに血が散布する。
「伊舞……! 子供たちを連れて早くこの施設から脱出するんだ……!」
「で、できない! わたし……菟上くんを置いてはいけないよ……!」
伊舞はこんな状況下でも俺のことを心配していた。
「さっきも言っただろ。この最悪な運命を二人で変えていくんだ。決して伊舞だけに背負わせたりしない。必ず抗がってみせる……!」
「……分かった。わたし、菟上くんのこと信じてるからね」
伊舞は凛とした顔つきで子供たちを部屋の外へ誘導し始めた。
しかし東を完全に飲み込んだバケモノがイチメーターほどもある大きな手で子供たちを掴もうとしてきた。
「おいバケモノ!! お前の相手はこっちだ!!」
俺はバケモノの筋肉質な長い腕を思いっきり殴り飛ばした。
だが、バケモノは少しよろけただけでダメージを受けた様子はない。
こいつはさっきの男たちのようにはいかなそうだ……。
「伊舞! 急げ!!」
俺がバケモノの注意を引きつけているうちに伊舞たちは部屋の外に抜け出した。
「グオォォォォォォォ!! グゥゥゥゥ!!」
バケモノはさらに興奮して俺を執拗に威嚇する。
怯むな……! 俺は必ずこいつを倒すんだ……!
俺は先手必勝とばかりにバケモノの懐へ果敢に攻め入った。
しかし身長差がありすぎるため俺の打撃はバケモノの足元にしか届かない。
バシィン!! バシィン!! バシィン!!
バケモノは何度も足踏みをして俺を踏みつけようとする。
俺はその足をなんとかかわしながら打撃を繰り返した。
「……くそ! 全然効いてない」
「グオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
ちょこまかと動き回る俺に腹を立てたバケモノは見境なしに暴れ始めた。
ズバァァン!! ガシャァァン!! バキィィン!! ドガァァン!!
俺はバケモノから離れて攻撃を避け続けた。
そのうちに次々と部屋中のものが粉々に粉砕され、ものの数分で室内は廃墟のようになった。
いきり立ったバケモノの攻撃は止まる気配がない。
このままでは持たない…………!
床に転がっていたナイフを拾った俺は思い切ってバケモノの足首にしがみついた。
そして振り落とされないように頭までのぼり、その後頭部をナイフで突き刺した。
「グオォォォォォォォ……!!」
後頭部から青紫色の血を噴出したバケモノが膝をついてもだえている。
俺はバケモノに首を振られ地面に落とされた。
「……よし! これは効いているはずだ!」
…………なっ?!
体勢を立て直して前を向くと、バケモノが俺を狙って大きく腕を振りかぶっていた。
ドガァァァァァァァァン!!
俺はバケモノのストレートパンチを正面から食らって部屋の端まで吹っ飛ばされた。
「グゥゥゥゥ!! グォグォ!!」
バケモノはピンピンしている。
さっきの急所攻撃は全く効いていなかったようだ。
「はぁ……はぁ……はぁ。……こいつ……無敵かよ……」
倒れ込んだ俺は圧倒的な力の差を感じグッと拳を握り締めた。
すると、手の内側から光が溢れていることに気がついた。
これは…………?
その光の正体が何なのかは分からないが、身体の底から沸きあがってきたような強力なパワーを感じた。
俺は試しに握った拳をバケモノに向けて開いてみた。
ヒュゥゥ……、ズドォォォオン!!!!
拳の中の光が俺の手を離れ、光の玉となってバケモノに直撃し煙をあげて爆発した。
「グギャァァァァァァ!!!!」
あの屈強なバケモノがよろめいている。
俺はバケモノ目がけて何度も光の玉を放った。
「グギャァ! グギャァ! グギャァ! グギャァ! ……!」
絶え間なく繰り返していると、部屋は煙だらけになり次第にバケモノの声が聞こえなくなった。
「はぁ、はぁ……。伊舞……、どうにかやっつけたぞ……」
…………?!
「う、うあ!!」
バケモノが突然煙の中から手を出して俺を身体ごと鷲掴みにした。
俺は手も足もふさがれ光の玉を出すことも出来なくなった。
そして、バケモノは狂気の雄叫びをあげてその大きな口に俺をぶち込んだ。
「く、くそ!! こんな…………」
グシャ……!! グシャ……!!
バケモノが俺の身体をゆっくりと咀嚼していく。
…………十分時間は稼げた。これで伊舞たちは逃げられたはずだ。
これだけの騒ぎになれば、これ以上伊舞が利用されることはないだろう。
「これからは自分の運命にも、きちんと責任を持つようにな」
俺はふと、木村から言われた言葉を思い出した。
…………そうだったな。
バキ……!! バキ……!!
バケモノが咀嚼するたびに、その牙が一本ずつ折れていく。
「グゥ? グゥゥゥゥ?!」
折れた牙の隙間から無数の光の筋がこぼれ出した。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ズッバャァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!
俺の叫びと共にバケモノの口内でフレアのような大爆発が起こった。
「ウギォォォォォォォォォォォォォォォォォォ…………!!」
バケモノの身体がぐしゃぐしゃになって部屋中に飛び散っていく。
「ぐ……、うぅ……、はぁ……、はぁ……」
俺は大の字になって床に寝転んだ。
そして、爆発の衝撃で崩れはじめた部屋の天井を見上げる。
「伊舞…………。俺たちの運命、手に入れたぞ…………」
*
今日は待ちに待った一学期の終業式だ。
俺もどうにか追試をパスしてめでたくみんなと夏休みを迎えられることとなった。
「リカクはやれば出来る子なんだから二学期からはちゃんと勉強するのよ」
「へいへい。ご心配おかけしましたね」
いつもながら紅蘭の物言いは気になるところだが、こいつが勉強を教えてくれなかったら今頃俺は針のむしろだ。
終業式を終え、生徒たちは一気に夏休みムードに突入した。
「よっ、リカク! この後、みんなでカラオケいくんだけどお前もこいよ!」
「あー悪い。今日は遠慮しとくよ」
「なんだよー。……ってそっかそっかー」
俺は田島の誘いを断って一人で屋上に向かった。
そして、見晴らしが良いお気に入りのスペースに腰を下ろした。
「ふふふ、やっぱりここにいたんだね」
俺はずっと、この声を聞きたかった。
「伊舞……」
「菟上くん」
伊舞がにこやかな顔をして俺の隣に座る。
「また会えたね」
「ああ。また会えた」
俺たちはそう言って、二人で笑いながら晴天の空を見上げた。
いつもより太陽の光が眩まぶしかった。
これで第1部は完結となります。
最後まで読んで下さいましてありがとうございました!
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明日からは第2部のスタートとなります。
引き続き、お楽しみ頂けたら幸いです。
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