十八話 決別
「そうか。これは貴様が仕込んだんだな。どおりで……」
怒涛の勢いで迫る俺を見て東は腑に落ちた様子を見せる。
「……伊舞を返せ!」
「ふぅん。随分と彼女にご執心のようだな」
「伊舞は今どこにいる?! 無事なんだろうな!」
「心配しなくても、彼女は彼女の運命に従って健気に生きているよ!」
なにが運命だ……! 適当なことほざきやがって!
「そんなおべんちゃらはどうでもいい! 力ずくでも伊舞を奪い返してやる!」
俺はカバンの中に入っているナイフに手を伸ばした。
すると、東が不気味な声で笑い出す。
「クククククク……。そんなに会いたいなら会わせてやるよ」
*
翌日、俺は夕方頃に最寄駅のロータリーで東と待ち合わせ、東の秘書が運転する黒い公用車に乗って目的地へ向かった。
「ちゃんと伊舞に会えるんだろうな」
「約束は守る。貴様の元に返ってくるかどうかは知らんが」
「絶対に取り返してやる。伊舞に危害が加えられてたら許さないからな」
「ふぅん。青二才が。現実を見せてやるよ」
公用車は一時間ほど走り、郊外にある人目から隔絶された施設に止まった。
施設の中は病棟のような作りになっていて個室があちこちに設けられている。
カクリヨ会が出入りしていた建物の一階を思い起こさせる。
「それで伊舞はどこにいるんだ?」
「ククク……。そう慌てるな。今に分かる」
そう言うと、東は一階の奥にある一室の扉を開けて俺を中に案内した。
その部屋は片側の壁がガラス張りで隣の部屋と見合える作りになっていた。
隣の部屋は天井も高く広々としていて何十席も机が並べられている。
ゴーン……! ゴーン……! ゴーン……!
施設内にある時計の鐘の音が午後七時を知らせた。
「クククク。時間だ」
隣の部屋に数十人の子供たちが入ってきた。
それぞれ机に着席し行儀良く何かを待っている。
少しすると、男たちが入ってきて各席に弁当を配布した。
その弁当を子供たちは美味しそうに食べはじめる。
俺にはこの子たちが東に誘拐された子だとすぐに分かった。
子供たちの食事が済んだ頃、今度は白装束を着た女が入ってきた。
……?! 伊舞じゃねぇか!!
「伊舞!! こっちだ!! おい!!」
俺は鏡越しに手を振るが伊舞に気付く様子はない。
「ギャハハハ! これはマジックミラーだ! あちらさんからは見えてねぇ」
「くそ……! この悪趣味な野郎が!!」
俺が部屋を出ようと扉を開けると、そこには数人の男が立っていた。
その男たちは俺を羽交い絞めにして身動きを取れなくした。
「な、なにすんだ!」
「クククク。まぁ、大人しく見ておけ」
伊舞は子供たちの前で申し訳なさそうに何かを話している。
そして、一番近くにいる男の子の傍に行き右腕を掴んだ。
これって……、まさか……。
伊舞は男の子の右手首を口元に近づけた。
もう片方の手には容器のようなものを持っている。
口を大きく開いた伊舞は男の子の右手首に思い切り噛み付いた。
男の子は苦悶の表情を浮かべる。
少しの間噛み続けていると、伊舞の口をつたって男の子の血が容器にぽたぽた垂れていく。
「お……、おい……! お前ら伊舞にこんなことさせてやがったのか……!!」
俺は怒りと嘆きが極限に達して打ち震える。
「ククククク。神子の一族に生まれた彼女は、その運命に従って自らの役割を担っているのさ」
「またそんなことを……! これに何の意味があるっていうんだ!!」
東は自らの悪事に悪びれることなく、寧ろそれが功績とばかりに熱弁する。
「これはミスターからのご啓示だ! 我々の手で世に安寧をもたらすために優秀な子供の血を活用している。だが、それには神子の口噛みが必要でな。こうして彼女が自ら貢献してるんだよ!」
完全に狂ってやがる……!
「この外道が!! 地獄に落ちちまえ!!」
俺は腰に隠し持っていたナイフを手繰り寄せ、男たちを切りつけて拘束を振りほどいた。
そして伊舞のいる部屋に飛び込む。
「伊舞!! 助けに来たぞ!!」
伊舞は男の子の腕に包帯を巻きながら、うつろな目をして俺の方を向く。
「……菟上……くん?」
「もう大丈夫だ! 一緒に帰ろう……!」
俺はそう言って伊舞の元に近づいていく。
「来ないで!!」
え…………?
その一言は、一瞬にして俺のことを深い谷底へと突き落とした。
伊舞は口についた血を白装束の袖で拭ってから俺に思いを告げる。
「結局わたしは……、運命から逃げることなんて出来ないの」
「そ、そんなことない! きっと変えられるはずだ……!」
「誰もがあなたみたいに抗うことはできないの……!」
「俺は約束した! お前の運命を変えてやるって! だから……」
「菟上くんには無理だったでしょ!!」
そうだ……。伊舞を東に引き渡してしまったのは、どこの誰でもない俺だ……。
繰り返し、繰り返し、伊舞に辛い運命を背負わせてきた張本人だ。
「お願いだから……、もうほっといてよ……!!」
伊舞は最後にそう言い放った。
馬鹿だな……。本当は心のどこかで分かっていただろ……。
……こんな俺に……誰かの運命を変える力なんてあるわけがない。
そうだ……、これは全て俺が望んで得た結果であって、俺が選んだ運命なんだ。
俺は胸がえぐられるほどの罪責感に駆られ頭が真っ白になった。
「ククク。どうだ? 私の言っていたことが理解できただろう?」
東が憐れんだ目で俺を見ながら部屋に入ってきた。
「邪魔が入ってすまないな。続きは別の部屋でやってくれ」
秘書によって伊舞と子供たちが部屋から連れられていく。
「よぉし、お前ら。こいつを始末しておけ!」
東がそう言うと、ぞろぞろと十名ほどの男たちが部屋に詰め掛けた。
妃奈をさらったピエロの連中だ。
「この間の借りは返させてもらうぜぇ!」
「気が済むまで嬲って殺してやる!」
俺は殺気立った男たちに周囲を取り囲まれた。




