十七話 核心
「なぁ紅蘭。俺たち幼稚園からの幼馴染だよな」
俺は学校の屋上で晴天の空を見上げながら聞いた。
「そ、そうだけど。何よ突然……」
紅蘭は困惑しながら、そう答えた。
「……だよな! ははは! ははははははは!!」
俺の笑い声が甲高く響く。
そういうこと……なのか……。
俺は勢いよく起き上がり屋上から階段を駆け下りていった。
「え……? ちょっとリカク! どこいくの?!」
*
気ばやに自宅へ帰った俺は、押入れの中を乱暴に引っ掻き回した。
ガサガサガサ……! あった!
子供の頃の写真が入っているアルバムをいくつか取り出して中身を確かめていく。
……これだな。
幼稚園の頃のアルバムを見つけた。
俺は息をグッとのんでからページをめくった。
「うそだろ……」
アルバムにはその頃の俺の写真が何枚も入っている。
通っていた幼稚園、両親と出かけた場所、遊んでいた友達、当時の様子が鮮明に映っていた。
「母さん。俺たちって、ずっとこの町に住んでいるよね?」
母親が不思議そうな顔をして答える。
「当たり前じゃないおかしな子ね。でも、あなたが生まれる前はまだこの家買ってなかったし、私たちも――」
……ああ……、やっぱりそうか……。
俺には幼稚園の頃の写真に、何一つ覚えがなかった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
虚しい叫び声をあげて家を飛び出した。
*
俺は町中を一人でふらふらと彷徨った。
外は夜になっても蒸し暑くてすっかり夏らしくなっている。
商店街を歩いていると電気屋のテレビに映るニュースが目に入った。
“このところ頻発している誘拐事件は、いまだ真相究明に至っておらず、警察は――”
……東、あいつの仕業だ。名前を思い出すだけで腹立たしい。
妃奈の件もそうだが、伊舞のことだって……。
伊舞……! そうだ……伊舞は今どうしている……?!
俺はすぐに伊舞が預けられている保護所に電話をかけた。
「もしもし……! 菟上といいます! 先月からそちらに入所している伊舞みかこさんにつないで貰えますか?」
「……はい? こちらにはそのような方は入所されておりませんが」
「いや……、そんなはずは……!」
「対応中なので切らせて頂きます」
「待って! そちらの住所を教えて貰えますか?!」
「……申し訳ありません。入所者のプライバシーの関係でお教え致しかねます。それでは」
ツー……、ツー……、ツー……
馬鹿な……! そんなはずあるわけないだろ……!
東が手を回しているに違いない……! あの野郎!!
怒りがこみ上げてきた俺は木村の住むアパートに押しかけた。
「ど、どうしたんだ! 急に……!」
鬼のような顔をしてやってきた俺を見て木村が動揺している。
「先生……。政治家の東さん、いや東のことなんだけど」
「世道のことかい? あいつがどうしたって?」
東は世道という名前らしい。どうでもいいが。
「あのさ、先生は東のこと、どれくらい知ってるの?」
「……そうだな。あいつとは大学からの同級生でたまに飲みに行ったりするけど、今は……政治活動をがんばってる感じなのかな」
何かを察したのか、木村は慎重に答えていた。
「そうじゃなくて! ……もしかして、先生も仲間なの?」
「おいリカク、それどういう意味だよ?」
「あいつさ、最近起きてる誘拐事件の主導者でうちの妃奈にも手を出したんだよね。おまけに伊舞にも何かしてるみたいでさ」
「お前……、自分で何を言っているのか理解できてるのか……? また夢でも見て……」
「ちゃんと話を聞け!!!!」
俺の怒鳴り声に木村は下を向いた。
「……良くない噂があることは俺も知っていたさ。けど、俺は世道を信じてる。だからお前にも紹介したんだ。あいつはそんなことをするような奴じゃない」
「分かった。俺の言っている事が嘘だと思うなら、実際に会って確かめてみろよ」
「え……、それは……。というかお前……、せ、先生に向かってなんて口きいてんだ……!」
挙動不審な木村は話をすり替えようと必死のようだ。
「先生、これでもそんなこと言う?」
「お、お前……!!」
俺はナイフを取り出して木村の顔に向けた。
「……分かった。確かめてやるから、その手に持ってるものを降ろせ」
*
その後、木村が東に連絡を取り、二人は酒を飲みにいくことになった。
先に店に着いた俺たちは話の内容を打ち合わせ東が来るのを待った。
俺は近くのテーブルで二人の様子を監視する。
「お待たせ! 突然の誘いだったからびっくりしたよ! 何かあった?」
政治家らしいスーツの着こなしをした東が颯爽とやってきた。
その口調は高月ビルでやりあった時の印象とはまるで違った。
「お、おお。 急に呼び出しちゃってごめんな。まぁ座って」
東が席に着くと、二人とも生ビールを頼んだ。
「かんぱーい!!」
「やっぱりどんな高いお酒よりも生ビールが一番美味いな」
「おっ、さすがは庶民派の政治家ってやつだな」
「いやいや! 高級なのはどれも舌に合わなくてさ、僕は根っからの庶民なんだなって思ったよ」
「はっはっは!!」
白々しい……。
東の本性を知っている俺はその芝居がかった振る舞いに吐き気を催した。
「で、でさ……。ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「ん? なにかな?」
軽く身の上話をした後、木村が本題を切り出した。
「最近さ、幼児の誘拐事件が起きてるだろ? あれどう思う?」
「あぁ、あの事件ね……。本当に痛ましく思っているよ。僕も力不足でさ……」
「俺も教師をやってるから心配なんだよね。あれ、裏で政治家が糸を引いているらしくてさ」
東の表情が少し硬くなる。
「……岳、何か僕に言いたいことがあるのか?」
「いやいや……! 別に世道が関与しているとは思ってないよ!! 何か知ってるかなって」
東は木村の目をジッと見て、その問いには答えなかった。
「そういえば! 先月保護所に斡旋してもらった俺の生徒はどうしている?」
「……ん? 元気にしてると聞いているが?」
「それが、保護所に連絡したら預かってないって言うんだよ」
嫌な沈黙が流れる。
「……さっきからどういうつもりだ?」
「え……? 世道……?」
「貴様……! 私を呼び出して探りを入れてやがるだろ!!」
東は突然立ち上がり態度を一変させてがなり立てた。
それを見た木村は言葉を失っている。
「どうもおかしいと思ったんだ!! おい貴様、何が目的だ!!」
東はそう言うと木村の胸座を掴み上げた。
他の席からどよめきが起こる。
「や、やめろ世道……! 店の中だぞ……!」
「ふぅん……! 貴様、金輪際私に気安く連絡してくるんじゃねぇぞ!!」
東は木村を思い切り突き飛ばして席を離れる。
「ちょっと待てよ。お前にはまだ用事がある!」
俺は眼を付つけて東の前に立ちはだかった。




