十五話 追憶
……ピー……ピー……ピー……ピー……
俺はゆっくりと目を開いた。
視界は不鮮明だが、柔らかな感触でベッドに寝ていることがわかる。
起き上がろうとしても身体が言うことをきかない。
俺は目線だけで周囲を見回した。
腕には点滴がつながれている。
病室にいるのか……。
そうだ……、俺はタクシーに乗っていて……。
ガラガラ
誰かが部屋に入ってきた。
ガシャ……
そして何かが床に落ちる音がした。
「リ、リカク……?! おばさん! リカクが!!」
紅蘭の声だ。
俺はまたすぐに眠りについた。
「……そうか。妃奈にもお達しが……」
「でも……、この子が妃奈を守ってくれたみたいで」
「リカクが……? それでこんな事に……」
再びぼんやりと意識が戻ると、両親の会話が聞こえてきた。
「この子、きっとまた……」
「……運命に抗がったのか……」
*
「リカクー! サッカーしようぜ!」
「ごめん……。 遊んじゃ駄目だってお母さんとお父さんに言われてるんだ」
…………? ……夢か?
子供の姿の俺は残念そうに友達の誘いを断った。
「また近所の子が来たのね。ああいう子とはお付き合いしちゃ駄目って言ってるでしょ!」
「お母さん……、ごめんなさい」
「さぁ支度しなさい。今夜はみんなが集まる晩さん会よ」
母親にたしなめられ、シュンとしながら蝶ネクタイの子供服に着替える。
そして母親の運転で晩さん会の会場へ向かった。
俺は今とは別の家に住んでいた。
あたりには田園地帯が広がっている。
母親は市街地にある大きな洋館に車を止めた。
館内は込み合っていて、子供の俺は母親を見失わないように気をつけた。
「あら~、菟上さんじゃない!」
母親が知り合いと世間話をしはじめた。
「菟上さんのお坊ちゃまは才能に溢れていて羨ましいですよ」
「巷じゃ神童だって評判でございますわ」
「そんなそんな。おたくのお子さんだって……」
退屈そうに待っていると、向かいに同い年くらいの女の子を見つけた。
俺の方をジッと見ていたため途端に目が合う。
気になった俺は女の子に話しかけにいった。
「きみ、なんで僕のこと見てるの?」
女の子は少し考えて答えた。
「うんとね。なんだかわたしと似てる気がしたからかな」
「なまえは?」
「みかこ。いまいみかこ。あなたは?」
「何してるの。戻ってきなさい」
俺は母親に連れ戻されて、テーブルに座った。
間もなくして、晩さん会がはじまり挨拶などが行われた。
「こんばんは。本日もこのような盛大な晩さん会にお招きいただき大変光栄に存じております」
「あっ! お父さんだ!!」
父親が壇上にあがってスピーチをはじめた。
この晩さん会は周辺地域の有力者やその関係者の集うパーティーのようだ。
「続いて、天人族の皆様よりお話を頂きます」
パチパチパチパチパチ!
観衆から盛大な拍手が送られる。
天人族と呼ばれる三名が壇上にあがり、はじめにそれぞれ自己紹介を行った。
そして、その中の中心人物とみられる男が一人で長々と小難しい話をする。
しばらく聞いていると、徐々に話の雰囲気が怪しくなってきた。
「我々人類は、神々や目に見えざるものとの融和によって安寧を得ております。その代価として、古来から神隠しという童児の人身御供がなされ、それは習わしとして現代にも引き継がれてきました」
ここから男の語気が強まってくる。
「しかし! 昨今のグローバル化による信仰心の欠如や少子高齢化などといった様々な要因で、今まさにその習わしが途絶えようとしております! そうなれば……、この世の秩序は乱れ、終焉を迎えることになるでしょう」
「そこで、敬愛なるミスターからご啓示がありました! これからは、我々が神の代行者として各地の習わしを存続させていくと……! そして、人類が主導となって、見えざるものとの融和を強めていくと、心強いお言葉を頂きました!!」
会場に歓声とためらいの声が入り乱れる。
「ですがこれには……、皆様方のような気高き血を持つ人々のご協力が必要不可欠でございます! 世の安寧のために、すべからく共助するべきとご認識頂けたら幸いでございます! また、我々は――」
話を終えた天人族の三人は、晩さん会には参加せず、そそくさと会場を後にした。
ざわざわざわ……
思いがけない声明に観衆が騒然としている。
母親は先ほどの回りくどい話を理解したのか顔色を悪くして押し黙っていた。
周りからはこんな声が聞こえてくる。
「今の話……、ちょっと怖くないか……?」
「ミ、ミスターのお達しなら……、きっと大丈夫よ」
「でも協力って……、話の流れ的に、子供の譲渡って意味だよな……」
天人族が去ってからしばらくしても困惑の声が尽きない。
そんな異様な雰囲気のまま晩さん会はお開きとなった。
*
翌日、うちに来客があった。
リビングを覗くと、両親が真剣な目をして真面目そうな若い男と話をしている。
俺は子供ながらに気になって会話を盗み聞きした。
「馬鹿を言うな! そんな理由でリカクを差し出せと?!」
父親が激怒してテーブルをたたく。
「もちろん、しかるべきお礼はさせていただきます」
「そういう問題じゃない! 第一なぜうちの子なんだ! 言い方は悪いが、その辺の子ではいけないのか?!」
「はぁああ……!」
客人があからさまにため息をついた。
「先日の晩さん会で天人族各位からお話があったように、我々にはすぐれた血を持つ子供が必要なんです」
「そうだ! 菟上一族の血が流れる息子は、神童と呼ばれるほどに優秀だ! そんな子をお前たちに差し出す義理などない!」
「……ふぅん。ご理解いただけないようですね。なるほど……分かりました」
そう言うと、男は母親の出したお茶を一気に飲み干して帰っていった。
その夜。
……カチャ……キー……
俺が寝ている子供部屋のドアが静かに開いた。
「……ん。お母さん? お父さん?」
キシ……、キシ……、キシ……
少しづつ足音が近づいてくる。
「誰だ!!」
異変に気付いた父親が部屋に駆け込み明かりをつけると、そこにはめざし帽を被った知らない男が立っていた。
「ちっ……!」
男はナイフを出して俺に突きつけた。
「お父さん……!」
「リ、リカク!! お前……、天人族のまわしものだな!」
俺を人質にとられた父親は動くことができない。
「お達しに従わないからこうなるんだ。悪く思うなよ」
男は俺を抱えたまま部屋を出て玄関へ向かった。
「リカクを返しなさい! うちの子が何をしたっていうの……!!」
玄関には母親が木刀を持って立ち塞がっていた。
「……邪魔をすればこいつの命はないぞ」
「このーー……!!」
父親が後ろから男を押さえ込んだ。
二人はナイフを奪い合っている。
「リカク! よけて!!」
その隙に母親が木刀を振り上げた。
「やぁぁぁぁ!!!」
バコッ……!!
「お、お母さん……?!」
母親が俺の目の前で倒れた。
その後ろには別の男が血まみれになった鉄製の棒を持って立っている。
「ぐあ……!!」
「お父さん……?!」
父親がめざし帽の男にナイフで刺されてうずくまっている。
「悪いな。助かったぜ」
「ああ、さっさとずらかるぞ……」
「お母さん……!! お父さん……!!」
男たちはわんわん泣いている俺を黒塗りの車へと連れ込んだ。




