十話 発端
七月の中盤に入った。
学校では期末テストが終了し、生徒たちが浮き足立っている。
「よっリカク! テストどうだった?」
「ま、まずまずかな……」
田島がニヤニヤしながらテストの結果を聞いてきた。
デリカシーの欠片もないくせに頭は割と良い。世の中に不公平さを感じる瞬間だ。
「どうせ赤点なんでしょ。お願いだから留年だけはしないでね……!」
紅蘭が心配してる素振を見せる。内心では馬鹿にしているのがみえみえだ。
とはいえ、悔しいけれどこいつも成績上位の優等生。
今回はいつも点数を競っている伊舞がいないせいか振る舞いに余裕を感じる。
俺はテスト結果の通知書をそっとカバンにしまい屋上に向かった。
「ん? 誰かいるのか」
屋上に着くと身長の低い緑の髪をした男子生徒が手すりに寄りかかってボケッとしていた。
俺が少し離れた場所で腰を下ろしてテストの出来に落ち込んでいると、そいつがゆっくりと近寄ってきた。
「この辺、何かくっさいな」
そう言うと、そいつは俺のことをくんくん匂い始めた。
「おい。やめろ。風呂なら入ってきたぞ」
「あれれ? 君は確か……」
「お前と同じクラスの菟上だ。よく叱られてるの見てんだろ?」
存在感が薄いので気付かなかったが、こいつは春先にやってきた転校生の冥枉津日向だ。
苗字が難読過ぎて誰も覚えられないため、下の名前のひむかと呼ばれている。
「ごめーん! 俺、お前らのことあんまり興味ないんだよね」
「なんだそれ。ここにいるってことはお前もテスト残念だったくちか?」
「あーあれね。簡単すぎて退屈だったよなぁ」
……まったくどいつもこいつも。
「ところで君さ、なんかやばい力もってるっしょ?」
「はぁ? いきなり変なこと聞くな」
「いいじゃん! ほら、なんかやってみせてよ!」
「俺はいま感傷に浸ってんだ。からかうのは止めてくれ」
「ちぇっ、残念。まぁ扱い方にはせいぜい気をつけるんだね。ほんじゃ!」
ひむかはそう言い残してすたすたと去っていった。
*
俺の休日は大体、部屋にこもって本を読んでいるかネットを眺めて過ぎ去っていく。
この週末もいつも通り部屋でダラダラと過ごしていた。
「ねぇママ! 遊びにいきたい!」
俺には妃奈という5歳の妹がいる。
喉が渇いたので冷えた麦茶を飲みにリビングへいくと、母親が妃奈の我侭に困り顔をしていた。
あれ以来も両親との険悪な関係は変わらずだ。
ちなみに俺を施設に入れるという話は例の事件が明るみになったことでなくなった。
「あっ、お兄ちゃん! またお部屋にこもってるの? 少しは運動しないと身体に悪いよ!」
妃奈は年齢の割にしっかりとしていて、舌鋒鋭い指摘にいつもタジタジにされる。
俺と違って両親から甘やかされているのに不思議なものだ。
リビングで寛いでいるとふと新聞の記事が目に入った。
なんでもここ最近、子供の失踪事件が相次いでいるそうだ。
ピンポーン!
「リカクくんいますか?」
紅蘭が突然うちに訪ねてきた。
「おお。どうした?」
「どうしたじゃないわよ。追試の勉強教えるって約束してたのに図書館に来ないんだもん」
そういえば昨日そんな話をしていたな……。
「わ、悪い……。 すっかり忘れてた」
紅蘭が俺をギロッとにらみつける。
「ママ! 遊びにいきたいー!」
「妃奈、いい加減にしなさい!!」
母親が強く叱ると妃奈が泣き始めた。
「……ぐす、ぐす……」
「良かったら妃奈ちゃんの遊び相手してあげましょうか?」
「そんな……、悪いわよ……」
「良いんです! ちょうどリカクくんも暇してるんで! ねっ!」
紅蘭のその一言から強烈な圧力を感じた。
「妃奈ちゃん、どこに遊びにいきたい?」
「いいの?! それじゃ妃奈、遊園地にいきたい!」
「決まりね! 早速出かけましょう! リカクも早く着替えてきて」
無論、紅蘭との約束をすっぽかした俺に反論する権利はなかった。
*
俺たちは最寄りの駅から電車で30分ほど揺られ、市街地にある遊園地にやってきた。
「わーい! 妃奈、お馬さん乗るー!」
園内に入るとすぐに妃奈がはしゃぎまわる。
紅蘭もその様子をスマホで撮ったりしていて楽しそうだ。
「ねぇねぇ! 私たちデートしてるみたいじゃない?」
「まぁ、はたから見たらそうかもしれないな」
紅蘭は苦笑いをして少しうつむいた。
「やっぱりみかこがいなくて寂しい?」
「べ、別にそんなことないけど……」
「……ホント、リカクって分かりやすいわよね」
俺たちがそんな話をしている中、妃奈はバルーンを配るピエロをジッと見ていた。
「妃奈、欲しいならもらっておいで」
妃奈は嬉しそうにバルーンを受け取りに行った。
俺たちはしばらく遊んだ後、園内にあるピザ店で昼食を食べることにした。
「おいしー! 妃奈のほっぺ落ちちゃう!」
「あらあら、そんなにお口に入れたら苦しくなっちゃうわよ」
案の定、妃奈がピザを喉につまらせて俺と紅蘭は大笑いした。
なんだかんだ俺にとっても良い気分転換になっている。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、きょうは妃奈の我侭聞いてくれてありがとう!」
「いえいえどういたしまして。ちゃんとお礼ができるなんて、妃奈ちゃんえらいわね」
ちょっとあざとい気はするが、妃奈はこういうとこ本当にしっかりしている。
「妃奈、今度はあのジェットコースターに乗りたい!」
妃奈が指差したのはこの遊園地で一番人気の乗り物だ。
それだけあって、入場口にはかなりの人が並んでいる。
「結構時間かかりそうだけど、大丈夫か?」
「うん!」
俺たちは待ち時間が一時間と書かれた列の最後尾に並び始めた。
それから三十分ほどして、妃奈がしゃがみこむ。
「妃奈、おトイレいきたい……! 漏らしちゃいそう……」
「大丈夫?! 私たちに気を使ってずっと我慢してたのね……。リカク、ここお願い!」
紅蘭が妃奈を外にあるトイレに連れて行った。
それから数十分経ち、列は進んで俺たちの順番が近づいてきた。
あいつら遅いな……。
俺は紅蘭に電話をかけたが呼び出し音だけでつながらなかった。
結局、順番までに二人は戻らなかったので俺一人でジェットコースターに乗るはめになった。
ジェットコースターを降りた後、俺は近くのトイレへ二人を迎えにいった。
…………?!
ドクンドクンドクン
トイレに近づくにつれ、俺の心拍数があがってきた。
えも言われぬ嫌な感覚が襲う。
トイレに到着し二人を探してあたりを見回したが、通行人とピエロしかいなかった。
仕方なく別のトイレに向かおうとした時、俺の携帯が鳴る。
「リカク!! 早くこっちに来て!! 妃奈ちゃんが……!!」
「紅蘭か?! 何があった!! 今どこにいるんだ?!」
紅蘭から返事はなく、すぐに通話が途切れた。




