風の情景
気づいたらもう靴を履いていた。
僕は高校から帰るといつも外に歩きに行く。家に居たくないわけではない。もちろん悩み事があるわけでもない。外の風を感じたい、ただそれだけなのだ。
少し歩くと「ニャー」とどこからか聞こえてきた。でも場所は分かっている。この石の塀の上だ。こいつも僕と同じくいつもここにいる。まるで僕が来るのが分かっているように。まあそれは考えすぎか。こいつも暇なのだろうか。人はいつも学校や会社からのストレスからか動物にお前は暇でいいな、と決めつけたように思う。だがそれは一概には言えないだろう。爪研ぎや毛の手入れに忙しい動物だっている。とか考えながらぼんやり歩いていると河川敷にたどり着いた。水の音は毎度僕を癒してくれる。そういえばもう6月か。かいた汗が夏を知らせてくる。カバンからガサガサ水筒を探して取り出す。飲み口に口をあてると微かに冷気を感じた。お茶が喉を伝っていくのがわかる。しばらく休んだ後、また歩き出すと駅に着いた。明日は学校休みだったな。今日は少しだけ長旅をしようと決めた。切符を買ってベンチの方を見ると1人、女性がいた。20代前半だろうか。赤い靴が妙に目立つ。女性との会話は得意ではないので別のベンチに座った。案外電車は早くに来た。「ごぉぉぉ」という轟音と共にのけぞる程の強さの風が襲いかかってくる。「きぃぃぃ」と綺麗に電車が止まる。そして電車に乗り込んだ。電車の中は片手で数えられる程の人数しかいなかった。そして赤い靴の女性も乗車した。電車内は涼しく、落ち着いた緑色の椅子がある、以外の特徴が無いほど平凡だった。発車アナウンスが流れ、ゆっくりと走り出す。景色が目まぐるしく変わる。なぜだか引っ越すわけでもないのに寂しさが押し寄せてきた。遠くの方で海が太陽の光を反射して輝いている。片耳にイヤホンをつけて、曲を流す。そのピアノの音がよりいっそう寂しさを増幅させた。追いかけても強風にあおられて追いつかないような寂しさ、悔しさ。車輪がレールとレールの隙間を通って「ガタンゴトン、ガタンゴトン」という音がすると共に揺れが伝わってくる。
電車の雰囲気を楽しんでいるとすぐに着いた。到着のアナウンスが流れる。とりあえずそこで降り、あてもなく歩き始めた。お腹が空いたので近くの定食屋に駆け込んだ。メニューを見て最初に目に付いたマグロ丼を頼み、店を見渡す。この店は和がテーマなのか見る限りは木造だ。個室の座敷から子供が出てくるのが見えた。子供は苦手だ。自分の好きなことができないとすぐだだをこねる。まあおそらく僕もこうだったのだろうが。思ったよりすぐにマグロ丼が出てきた。つやつやし、見るだけでぷりっぷりだと分かるマグロに食欲を抑えきれない。10分もかからずに完食した。会計を済ませて店を出る。そして自動販売機でお茶を買う。駅の近くだけあってたくさんの人々が横行していた。「人は生涯で気づかないうちに16人の犯罪者を見る」らしい。そう思うと外を歩くのが怖くなってきた。それを誤魔化すかのように足早に歩き出す。そういえばここは山の上にある神社で有名なのを思い出した。そう思ったと同時に足が動き出す。山に着くと、長い石の階段が見えた。どのくらいの長さだろうか。まあ、でも行くしかないと決心し、一段一段ゆっくりと登り始めた。半分くらいの所まできた。ここでかなりの疲労を感じた。どこかの誰かが「元気があればなんでもできる。」と言っていたがその裏である「元気が無ければ何もできない。」も正しいと言えるだろう。流石に暑くなってきたので足は早々と前へ進もうとする。だが一歩一歩が岩を持ち上げるように重い。何分か経った頃、無事着くことができた。登ってきた階段達を眺める。登山の時は下山が一番危険だという。不吉なことを思い出してしまった。とりあえず神社に着いた。赤い大きな鳥居が目立つ。だが所々銀色にはげている部分がある。お参りをしようとすると毎度あのまだ青かった自分を思い出すと共に懐かしい雰囲気に包まれる。体の健康でも願っておこう。お参りを済ませた頃には辺りは赤く染まっていた。急いで階段を踏み外さないように降りた。そして駅へ向かって一直線で駆けた。風が吹いてより一層自分を俊足に見せた。外はもう黒色を帯びていた。駅へ着くと電車がちょうど来ていたので、遅れないで済んだとホッと胸を撫で下ろした。気のせいか電車も少し早足に発車したような気がした。さっき見た海が今度は真っ白な月を写し出していた。時計を見ると7時を指していた。少し寒くなったのか頭が痛くなってきた。さっきの願いが届かなかったのかと、すこしがっかりした。駅に着くとそそくさと河川敷を過ぎ、帰路に着いた。玄関からでも良い香りがしてきた。もう頭の痛みは気にならなくなっていた。軽々と靴を脱ぎ、1人で呟く。「次はどこへ行こうか。」