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咎人が望むのは(2)

 八月の終わり。暑さの厳しい中、ジルとレイファルは馬車に揺すられていた。レイファルの用意した馬車で、今二人は貴族向けの商店街へと向かっている。


 王都は城を中心に貴族の屋敷ばかりの地区、貴族向けの商店が並ぶ地区、平民向けの商店街、平民の居住区が広がっている。明確にここからここまでが、とは決まっていないが、自然とそのように固まっていたらしい。ジルはよく知らないが。


 そのうち、二人が向かっているのは貴族向けの商店が並ぶ地区だ。この地区は、王都の中心に近ければ近いほど高級な店となる。

 ジルはよくユアンと平民向けの商店街に限りなく近いところで共に買い物をしたことがあったが、今回ジルが訪れることになったのは、うんと貴族の屋敷ばかりの地区に近い場所だった。



 ジルとレイファルは馬車を降りる。静かな空気が辺りに満ちていた。

 同じ地区でも、場所によってここまで違うのか、とジルは思う。平民向けの商店街に限りなく近い場所は、もっと活気に溢れていて、来る者拒まずという感じだった。しかしここはどうだろう。一見さんお断りの雰囲気を醸し出し、まるで店が客を選ぶように感じる。


(さすが、上級貴族ご用達の店……)


 ここら一帯に並ぶのは上級貴族が足繁く通う店ばかり。格の違いを実感させられる。

 そんなふうにジルがぼうっとしていると、クスリ、とレイファルが笑った。ジルが彼を見上げると、まるで慈しむかのように目を細めている。


「……何ですか?」


「いえ、何でもありません」


 そう言いながらも、レイファルの口角は上がっていて、目は細められたまま。嘘だと丸分かり。


「……レイファル様」


「本当に、何でもありませんよ?」


 レイファルは悪戯っぽく笑う。それに、ジルは思わず顔を綻ばせた。……綻ばせてしまった。

 その笑みを見て、レイファルはへにゃり、と表情を崩す。嬉しくてたまらない様子で、ジルの手を掴んだ。


「では、参りましょう」


「……はい」


 そうして、二人は歩き出した。静かで、どこか冷たい空気。だけどそんなことを一切気にしない様子で、レイファルは早速手近な店に入る。


 そこはガラス細工の店だった。店内のあちこちに動物をかたどったものや時計など、様々なガラス細工が置かれている。

 ジルはそれらを感嘆の声を上げながら眺めた。どれもこれも、伯爵邸でもあまり置かれないくらい、素晴らしいものばかり。


 小さく楽しそうな悲鳴をあげながら、一つずつ見て回るジル。そんな彼女を、レイファルは愛おしそうな瞳で見つめ、後をついていた。


 すると突然、ジルが足を止めた。その先には一輪の花をモチーフにしたガラスのブローチ。見覚えのある花だった。形容し難い感情が生まれる。


「これ……」


「ああ、これは──……」


 レイファルは花のことを言いかけて、やめた。そしてジルににこりと笑みを向ける。


「ジル嬢は、この花をどの名前で(・・・・・)知ってますか?」


 とても不可思議な質問だった。ジルは首を傾げて、答える。


忍草しのぶくさ以外にも、呼び名があるのですか?」


 忍草。赤橙色の花弁を持つ花だ。そして、この花を見て故人をしのぶと、その想いが届くとか。そんなちょっとしたおまじないのある花。

 それを聞いて、レイファルは曖昧に微笑む。恐らく他の呼び名もあるのだろう。けれど、何故その名を教えないのだろうか。何故、誤魔化すように微笑むのだろうか?

 何だか、嫌な予感がした。


「レイファル様……?」


「……気にしないでください」


 どこか寂しげな笑み。ますます不安が掻き立てられる。……どうしよう。知りたいけど、知りたくない。

 その感情が表れていたのか、レイファルが努めて明るく告げた。


「他の店に参りましょうか」


 ジルは静かに頷き、レイファルはその様子を見て安心したよう。あからさまに安堵の息をついて、ジルに手を差し出した。ジルは僅かに躊躇いながらも、そっと指を重ねる。

 そして、二人は店を出た。ジルは真実よりも、今の危うい平穏を選んだ。ただそれだけのこと。






 それから二人は、幾つかの店を回った。服屋や雑貨屋、宝石店など。その度にジルは滅多に見ないほどの高級品に小さく歓声を上げていた。そして、それを見てレイファルは微笑む。

 やがて、二人は平民街の声が届くところまでやってきた。遠くから聞こえる楽しげな声に、ジルは笑みを零す。とても、楽しそう。


「……大丈夫そうですね」


 ぽつり、とレイファルが呟いた。その声はジルの耳に届くことなく失墜する。


「レイファル様、行きましょう」


 そうジルがちょっぴり楽しそうに言う。レイファルも笑顔を浮かべながら、彼女のしたいがままにさせる。

 そうして、二人は一軒の店に着いた。そこは最近できた洋菓子店。美味しいとの評判で、近々王都の中心部近くに移転するとの噂が立っていたが、それはジルの知らないところだった。


 二人は店内に入る。辺りはざわざわと騒々しく、誰も彼女らが来店したことを気にしなかった。


「混んでますね……」


「そうですね……」


 レイファルは入り口で唸った。これでは、落ち着いて菓子を選べそうにない。人気の店だから仕方ないのだろうが。


「……では、私が注文をしてきます。外で待っていただけますか? なるべく早く戻るので」


「分かりました」


 ジルはレイファルの提案に了承し、店を出ることに。

 ふっ、とジルは熱い吐息をついた。夏の暑い日差しがじりじりと顕になった一部の肌を焼く。何で、ドレスを着なければならないのだろう。暑くてしょうがない。


 ジルは目線を上げる。夏の青空にはむくむくと白い雲が立ち上っていた。ああ、いいなぁ。ジルは心の中で呟く。明るい空を見ていると、こちらまで楽しくなる。


 ……それからどれくらい経っただろうか。幾人もの人を見送り、ようやっとレイファルが店から出てきた。


「お待たせしました」


「いえ、大丈夫です」


 そう、ジルは微笑む。

 ふと、レイファルはジルの頬が僅かに赤いことに気がついた。外で待たせてしまったせいで、日焼けをしてしまったのだろう。痛ましげに、優しげに、ジルの頬にそっと指を添えた。

 ぴく、とジルは強ばるものの、拒絶することはしない。そのことにほんの少しの歓喜を覚えて、レイファルは言った。


「戻りましょう。これ以上外にいると、あなたの肌が焼けてしまいます」


 レイファルは手を差し出す。ジルは「ありがとうございます」と笑顔を浮かべながら、その手を取った。

 そのとき。



「何でだよ!」



 突如辺りに響きわたる声。誰も彼もがその声が発せられた方向を見た。

 そこには少年と、その両親と思われる人物がいた。涙目で暴れている少年を、両親が必死に抑えているようだった。見覚えのある三人に、ジルとレイファルの表情が固まる。


「何で、何で兄ちゃんが死んだのに、お前は笑っていられるんだよ! この、人殺し!」


 痛みと、悲しみと、やるせなさと。多くの感情が入り混じった悲鳴にも似た怒号が、ジルに突き刺さった。

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