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指先への誓い(3)

 くるくると舞う人々。鮮やかなドレスたちがまるで大輪の花のように咲き誇っては萎む。そしてまた咲き誇る。その様は、さながら色とりどりに輝く花畑。

 その花の一つにジルがいた。レイファルの足を踏まないよう、緊張しながらステップを踏んでいる。


「……ジル嬢、もう少し体を預けてくれても良いのですよ」


 ジルの緊張を感じ取ってか、レイファルが言った。だけど久しぶりの舞踏会。踊ることに精一杯なジルは体を預ける余裕などなかった。無言で踊り続ける。


「……ジル嬢」


 レイファルが呼びかけても、ジルには届いていないようだった。ずっと、無言。

 ふっ、と一つ息をついて、レイファルは決めた。


「失礼しますね」


 そう言って、彼はジルの体を無理矢理引き寄せた。触れる体。聞こえる息づかい。ジルはようやく顔を上げてレイファルを見た。揺れる若草色。

 レイファルは笑顔を浮かべる。安心させるように、優しく。


「レイファルさま……」


「大丈夫です。少しくらい足を踏んでも良いですよ。それよりも、今を楽しみましょう?」


 レイファルはくるり、とジルを回した。若草色の花がほころぶ。


「でも……」


「大丈夫です。だから、もっと私を頼ってください」


 にこり、と微笑むレイファル。とても優しい笑顔で、ジルはそろそろと体の力を抜き、レイファルに身を預ける。

 すると、踊るのがとても楽になった。緊張が僅かに取れたためか、レイファルのリードが上手いのか……。おそらくどちらもだろう。


 ふわり、と花弁が優しくほころぶかのように、ジルのドレスが舞う。シャンデリアに照らされたドレスは、キラキラと輝いていた。美しく、幻想的に。


「ジル嬢」


「はい」


 思わずゆるりと口元を崩して、ジルは返事をした。

 レイファルはそんな彼女の表情に目を奪われる。じっと見つめて……やがて首を横に振った。


「いえ、何でもありません」


 そう告げるレイファルの目は、とても優しく、嬉しそうだった。






 やがて夜会が終わり。レイファルとジルは屋敷へ帰ることに。帰りも、レイファルがジルを送ってくれた。


 夜会で、二人は常に一緒にいた。ジルの友人たちが会いに来たり、レイファルの元へ多くの者が挨拶に来たりしたときも。ずっと。

 レイファルは公爵家嫡男。ジルはそれを改めて思い知った。


 レイファルに取り入りにやってくる、ジルよりもうんと年上の、ジルの父よりも年上の人たち。それほど年かさの人たちよりも上にいるレイファル。まだ爵位を継いでないにも関わらず多くの人たちを従わせるのは、それこそ公爵家嫡男にしか無理だ。公爵家は王族が臣下に下った際に作られた家。他の貴族とも一線を画しているのだった。


(そういえば……)


 レイファルの元にやって来た人たちの中には、さり気なく娘を紹介しようとしていた人もいた。それも何人も。けれども、レイファルは婚約者を一人にしてはおけない、と断っていた。

 ジルとレイファルの婚約は、レイファルがじっくりと婚約者を探すための仮初めのもの。なのに婚約者を一人にしてはおけない、と誘いを断るのは、本末転倒ではないだろうか。


「レイファル様……」と呼ぼうとして、やめた。私が口出しすることではない。きっと、彼にも彼なりのやり方があり、それに沿っているのだろうと思われた。


 ジルはつい、と視線を揺らす。けど、特に見るものはない。馬車の外は見えないようになってるし、中にいるのもジルとレイファルだけだったから。

 馬車の中に響くのは車輪の音と、どこか遠くから聞こえる人の声。それだけなので、とてもつまらない。夜会の最中はまるで熱に浮かされたようだったけど、それが一歩足を踏み出した途端、急に冷めてしまった感じ。


 小さく、ジルはため息をついた。どっと現実が押し寄せたような。そんな感覚。



「ジル嬢」


 レイファルがジルに話しかけた。静かな空間に、その声はじんわりと沁み渡る。

 ジルがレイファルの方を見ると、彼は優しく目を細めて、暖かな瞳でジルを見つめていた。


「夜会、楽しかったですか?」


「はい」と答えようとして、ジルは唇を僅かに開けたまま固まった。

 楽しかった。確かにそう。嫌なこともあったけど、久しぶりに友人たちと会えて、ダンスも踊った。だけど、……私は楽しんで良いのだろうか? 楽しむ権利があるのだろうか?


「わたし、は……」


 震える声。あんなこと(・・・・・)をしておいて、今を生きて……それは許されることなのだろうか?


 ──ジル、……、…………。


「ジル嬢?」


 レイファルに呼ばれて、意識が思考の海から戻る。不安げな様子の彼に、とても申し訳なかった。


「すみません……」


「いえ、そうじゃなくて、突然ぼうっとしたので……大丈夫ですか?」


「大丈夫、です」


 そう言って、ジルはにこりと作り笑いを浮かべた。だけど血の気の下がった表情が、無理をしていることを示している。


 その時、カタリ、と音を立てて馬車が止まった。伯爵邸に着いたのだろう。

 ジルはよろ、と立ち上がり、馬車の扉に手をかけた。


「待ってください」


 レイファルが慌ててジルの手を掴む。……行きと同じ。ジルは憂鬱そうな、昏い瞳でレイファルを見て、「何でしょう?」と問う。

 どこか危なげな雰囲気に、レイファルの不安が掻き立てられた。このまま、彼女がどこかへ消えてしまいそうな、二度とあの笑顔(・・・・)が見れなくなるような……。

 レイファルは無意識のうちに腰を折った。


「っ! いや!」


 ゆっくりと指先に触れた、レイファルの唇。ジルは慌てて彼を振り払った。

 離れるとき、揺れるレイファルの瞳と目が合った。じくり、と胸が痛む。


「……すみません」


 謝ったのはジルだった。レイファルはどこかぼうっとしていて、数瞬固まった後、「……こちらこそ、すみません」と謝った。

 気まずい静寂しじま。しん、と静まった馬車の中は、外界から隔てられたかのよう。沈黙に耐えかねて、ジルは切り出した。


「……では、また」


 するとレイファルは、はっとしたようにジルを見た。


「はい、また会いましょう」


 返事が返ってきたことにほっとして、ジルは扉を開けて馬車を降りた。




 ……着替えと入浴を済ませ、後は眠るだけになった頃。ジルは一人きり、部屋のベッドの上でうずくまっていた。


(今夜の夜会……)


 正直に言って、楽しかった。楽しくて、幸せで、……罪悪感でいっぱい。


「ごめん、ユアン。ごめん……」


 小さな声が夜闇に包まれて、消えた。

 零れ落ちる涙は、誰にも見られることなく、若草色のネグリジェに染みを作ったのだった。

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