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Deep Purpleの客人たち  作者: 三津浜ルカ
4/4

覗き見

 「いらっしゃいませ。すみません、お冷もお出しできなくて。」

 店主はそういって水をアキナの前に置いた。

 「いいのよ、注文はなっちゃんにしたし。向こうのお客さんはいいの?」

 「はい、夏美さんにお願いしておきました。」

 「じゃあ、私もさっそく。最近お店に来たお客さんから聞いた話なんだけど。あー、譲さん先に言っとくけどこれも女の話よ。」

 譲二はコーヒーを飲みながら顔をしかめる。

 やり取りを見ながら店主はにこにこと笑い伝票にチェックを入れた。

 

 

東京といえども、さすがに始発の地下鉄は空いている。

 田代は7時発の広島行きの飛行機に乗る為、いつもとは異なるルートの地下鉄に揺られていた。

 売店で買った新聞を読んでいると、視界の外で動く人物に目がいく。

 扉のすぐ脇の一番端の席に、若い男が座って少年誌を読んでいる。それを覗き込むようにして傍に女が立っていた。

 ――――――ちぇっ、朝っぱらからイチャつきやがって。

 女は男のすぐ傍までかがんで少年誌を覗き込み、男が笑うと一緒になって笑った。

 ――――――仲が良くて何よりっすねー。

 田代は薄目になって新聞に視線を戻すと、少年誌のことを色々と思い出した。

 ――――――オレも去年まで毎週買ってたなぁ。あの話、続きどうなったかな?

 少年誌に懐かしさを感じつつも、何か違和感のようなものを感じていた。

 ――――――てか、なんで男の方が座ってんだよ。あれ?反対側空いてなかったか?

 余計なこととは思いつつ、新聞を畳む素振りでチラリと男女を見る。

 相変わらず男は少年誌を読み、女は顔がくっつきそうな程近くで一緒に笑っている。男の隣はやはり席が空いていた。

 ――――――変なカップルだな。

 少年誌の表紙が自分の好きなマンガだと気付いた田代は、新聞を畳みつつぼんやり表紙を眺めていた。

 やがて電車が駅に到着すると、男は少年誌を閉じ、そのまま電車を降りて行く。

 ――――――あれ?

 男は女と一緒にではなく、一人でスタスタと降りて行った。女に挨拶をするでもなく。

 女は無表情でその場に立ち尽くしている。

 やがて別の中年男がさっきの男のいた席に座ると、週刊誌を開いて読み始めた。

 ――――――まさか。

 背中に冷や水を浴びせられたような感覚を覚えながらも田代は視線を動かせなかった。

 女は先ほどの男の時と同様に中年男の顔に近付き、週刊誌を眺めている。時折こぶしを軽くにぎるようにして口の前にあてるとクスクスと笑い、やがて膝を叩いて声を出して笑った。

 田代が驚いて周囲を見渡すも、反応している者はいなかった。

 次の駅に電車が停車すると、田代は震える脚でなんとか立ち上がり、ホームに降りた。

 別の車両に移る前にもう一度振り返ったが、女は変わらぬ体勢で週刊誌を覗き込んでいた。


           ※

 

 「えーこわーい。」

 薄暗い照明の店内で若いホステスが声を上げる。

 「じゃあ最初の男も次の中年も、女が見えてなかったってこと?」

 水割りを田代の前に置くと、アキナは不思議そうに尋ねた。

 「全く気付いてなかった。超至近距離だったのに…笑い声に他の乗客も反応してなかったし。」

 そういって田代は水割りに口をつける。

 「ねぇねぇそれってどんな女だった?すっごい美人とかなら男は悪い気はしないんじゃない?」

 席に着いている中で一番若いホステスが興味津々に身を乗り出す。

 「いや、お世辞にも美人って感じじゃないよ。服もやぼったいし、年だって多分、40手前くらいだと思った。でも不思議と最初の若い男といても違和感なかったんだよなぁ。」

 「それって先輩が見た二人はたまたま読む物だったけど、俺みたいにスマホでゲームやってたら他の奴の所行っちゃうとかですかね?」

 田代の後輩がピーナッツを食べながら話に割り込む。

 「さぁな?でも場所は動かなかったし、マンガでも週刊誌でもいいなら、ゲームでもメールでも覗くんじゃないか?オレがそこに座ってたらきっと新聞覗かれたんだよ。」

 「なんだったんだろうね、その人。てかその車両にずっと乗ってんのかな?幽霊にしたってなんか可哀相な人ね。」

 アキナの言葉に一瞬皆が黙り込む。

 「え、そっちー?怖い思いしたオレの方が可哀相だろ?」

 田代はアキナの腰に手を回したが跳ね除けられた。

 「ちぇっ。でもさ、オレ的に一番コワかったのは、女が声出して笑った時、口の中が見えたんだけど真っ黒で何もなかったんだよ。歯も舌も土台の歯茎も。ただ黒いだけの穴が開いてるって感じ。」

 照明が切り替わると、ショータイムが始まるアナウンスが流れた。


           ※


 「うーん。良子さんが話してた全力疾走も怖かったけど、その場所から動かないのも怖いですね。あーでもやっぱ何で?って思っちゃう!」

 糸川は腕組みをしながら下を向いて考え込む。

 「ははは。でも話聞く限り悪意はなさそうでしょ?」

 アキナの感想に糸川は首を傾げながらも同意する。

 「お待たせしました。たまごサンドとアイスコーヒーです。」

 アルバイトの夏美がアキナの前に注文の品を置くと糸川が覗き込んだ。

 「うわ、おいしそー!たまご、スクランブルなんですね!」

 「これもここの看板メニューなのよ。ちなみに私の定番朝食セット!いっただっきまーす。」

 グルメリポーターさながらに説明を終えるとアキナはパチンと手を叩き、たまごサンドに食らいつく。

 「オレぁーお前が出勤前に美味そうに飯食ってんの見てんと、世の中ぁ平和だなーって思うぜ。」

 アキナは親指を立てるとモグモグと咀嚼しながら譲二に微笑んだ。

 「マスターはどうでし…マスター?」

 糸川が顔を上げると店主はテーブル席の客の方を見ながら食器を拭いていた。

 「ああ、すみません、アキナさんのお話ですね。大変恐縮ですが、この女性の話は聞いたことがあります。」

 「えぇ?!」

 「マジでー?久々だわ、このパターン!やっぱ都内のネタ、リスク高いわね!」

 アキナはくやしそうにカウンターを叩く。

 「ほれ!常連でもこの有様だ。糸川ちゃんはまだまだ落ち込む段階じゃねーだろぅ?」

 譲二が身を乗り出して片目を閉じる。

 アキナはハッとして店主に言った。

 「あっ…ってことは田代さんの体験じゃなかったのかな?」

 「さぁ?それはどうですかね。でも早朝の列車でそれに近いものを見たというお話をここへいらしたお客さんから伺いました。状況も女性の特徴もほぼ一致します。違いといえば…」

 3人は店主の顔を見て頷く。

 「端の席に座っていた人が膝の上に小説を置いて居眠りしていたそうなんですが、しきりに話し掛けていたそうです。」


 「見せて見せて早く見せて早く早く読ませて早く早く早く開いて見せてよねぇ!早く早く早く!!!」


 「えげつなっ!マスター、人の話に上乗せするの禁止ね!」

 アキナは大福のように頬を膨らませた。

 「おお!俺は好きだな、そういうの。マスターなんか飲めよ!俺の伝票につけてくれ。」

 「有難うございます。でもこれはお客様のお話ですから。」

 食器を拭きながら店主は眉を下げて微笑んだ。

 「遭遇する可能性とか考えても私は今日一怖かったです。」

 糸川はたまらず水を飲んだ。

 「はぁ~。どっかにマスターを呻らせるとびきり面白い話転がってないかなぁ~。」

 そういってアキナはキャンディーの入った箱に手を入れる。

 「別の例を聞けたので5つどうぞ。」

 「あーりーがーとー。」

 尚も不服そうに味の異なるフルーツキャンディーを5つ取り出す。

 譲二はやり取りを見ながらクックと笑った。

 「そうか、やっぱ自分の体験談って強いんですね。私の話よりアキナさんの話の方が全然面白かったのに。アキナさんはご自身でそういう体験をされたことはないんですか?」

 糸川はアキナをかばうようにして聞いた。

 「糸川ちゃん、この店でその手の勘が一番働くのはアキナだぜ?」

 譲二の発言をアキナはすぐに否定する。

 「いや、どう考えても克でしょ?」

 「そうなのかぁ?」

 譲二は店主に投げかけた。

 「そうですね、お二人はいずれも勘が強いように思います。甲乙は付けがたいですが、一、二を争うといったところでしょうか。」

 アキナは機嫌を直すと残りのたまごサンドを頬張った。

 「実際おかしな体験をすることはあるけど、どーも面白みに欠けるっていうか、なんかもっとこう…譲さんみたいに怪談系以外にも遭遇したいっていうか?」

 もごもごと口を動かしながら手に着いたパンのカスを払う。

 「ま、確かに俺は地方回ってる強みがあるわな。あ、糸川ちゃん、克ってのはさっき言ってた清掃員の田辺な。田辺克之たなべかつゆきだから克。」

 「今日みたいな日こそ、彼に来て欲しいところなんですが…」

 店主の視線は再びテーブル席の客にそそがれる。

 「はっはは」

 譲二は店主の気持ちを察したように笑ってコーヒーを飲み干した。

 糸川がテーブル席に視線を向けると、カップルの男の方がレジに移動し、支払いを行っていた。

 アキナは付け爪の先でテーブルをコツコツと鳴らし、糸川の注意を引くと黙って首を振った。

 やがて会計を済ませた男は一人で店を後にした。

 なんとなく気まずい展開を想像して糸川が悶々としていると、カップルの直後に入店した男がカウンターの方へとやって来た。

 「すみません、今の男性、このお店にはよく来られますか?」

 その男はジャケットの内ポケットに手を入れながら店主に問う。

 「いえ、初めてお見えになったかと。」

 「そうですか。私はこういう者なんですが、初めてじゃあしょうがない。よく来るようなら話しが聞けると思ったんですがね。」

 譲二は店主の手から名刺をうばう。

 「荒木探偵事務所…荒木直哉。なぁーんだ。俺ぁ同業者かと思ったんだがね。」

 今度は譲二が荒木に名刺を渡す。

 「ライターさんですか。頂戴します。」

 「先ほどのお客様が何か?」

 店主は荒木の素性を知った上で改めて確認した。

 「いや、なに。よくある浮気調査です。依頼人は彼の妻。その友人や近所の人間など複数名が女と一緒にいる所を目撃しているんですが、この一週間我々が張っててもちっとも女の存在が確認できない。本人も浮気の事実などないと否定しているらしく…」

 荒木の話が続く中、糸川はゆっくりとアキナの方を見た。アキナは眉を上げ、意味あり気に微笑む。

 その日、糸川は帰るまでけしてテーブル席の方を見なかった。


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