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Deep Purpleの客人たち  作者: 三津浜ルカ
3/4

峠の女

 夕焼けこやけのメロディーが流れると、良子は改めてきちんと座り直した。

 「この間、久々に姪に会ったんだけど、これはその子から聞いた話。怪談って言っていいのか…ま、怖い人の話ね。」

 「お。いいねぇ!」譲二はカウンターを叩いた。

 「マスターには前にも話したけど、姪はちょっと変わった子で、今どきの子っていうか、怖いもの知らずで自由な感じの子なの。だから本人は怖い話っていうより、変だよね~?とか、すごくない?みたいなニュアンスで話してた。でも私としては十分コワイわ!と思ったから話すんだけどね…。」


 車内のデジタル時計はもうすぐ22時になろうとしていた。

 「なぁ、もう遅いしどっか泊まってこうぜ?」

 ――――――その為に寄り道したり、道間違えたりしてたんでしょ?

 望美は短くため息を吐く。

 信号が赤になると、浩二はカーナビの行先を変更した。

 「こっちの方が近いのかよー。」なにやらブツブツとぼやき始める。

 後ろに車がついていないのをいいことに、信号が青になってからも浩二はしばらくナビとにらめっこしていた。

 「…青だけど?」

 望美に言われると、浩二はばつが悪そうにハンドルを握り、アクセルを踏んだ。

 「悪い。一般道より峠の方が空いてるし、近道なんだけどさ、なんか雰囲気スゴくない?」

 右手前方には鬱蒼とした山々が連なっている。

 「いーじゃん。近いし空いてるなら断然こっちでしょ。」

 いかにも興味がなさそうに促すと、手元のスマートフォンに視線を落とす。

 「マジでー?!オレ実はこっち系ホントダメでさ~。」

 浩二はうだうだ言いながらも、望美に言われた通り、峠の道へと入っていった。


 峠を上り始めると浩二は早くも後悔し始めた。くねくねとした暗い山道には時々思い出したように外灯が立っているが、あまり意味をなしていない。まして、対向車も後続車も走っていない。たまらずラジオをつけると軽快なリズムの音楽が流れた。

 「あ、私この曲好きー。」そう言って顔を上げた望美が即座に後ろを振り返る。

 「あの人ヤバくない??」

 「やめろよ。厭だっつったろ?そういうの。」

 「いやいや、そうじゃなくて、こんな時間に事故にでも遭ったのかな?聞いてみる?」

 「誰もいねーだろ?いい加減にしろよ!」

 「は?意味わかんないんだけど!」

 不機嫌そうな望美を気にしながら浩二がチラッとバッグミラーを見ると、外灯の下でミントグリーンの色をした何かが動くのが見えた。

 たまらずアクセルを踏み込むが、相変わらず望美はリアガラスの方を見続けている。

 他の車が走っていないのをいいことに浩二はだいぶスピードを上げた。


 「困ってたかもしんないじゃん。」体勢を戻しながら望美はふてくされ気味に言った。

 「まだ言ってんのかよ…じゃあどんな奴だった?」

 改めてバッグミラーを見て何も映っていないことを確かめると、とりあえず機嫌を取るように望美に聞く。

 「女の人いたじゃん。ミントグリーンっぽい淡い色のワンピース着てて、サンダル片足しか履いてなかったから、やっぱ近くで事故に遭ったとかだよ、きっと。あれじゃあ峠出るまでに風邪引いちゃうんじゃない?」

 「…わかった、もういい。」浩二はそれだけ言うと更にアクセルを踏み込む。

 自分で言って望美もようやく違和感を覚え始めた。四月下旬で暖かくなってきたとはいえ、いくらなんでもノースリーブにサンダルは寒すぎる。それまで気の毒だとしか感じなかった自分に対して、訳の分からない寒気が襲った。

 「あ、ここ下りたらコンビニあるみたいよ?私あったかいコーヒーが飲みたい!」

 カーナビでコンビニの所在を確認すると、ややテンション高めに浩二にねだる。

 前方に視線を向けたまま浩二は曖昧に返事を返した。

 返答を聞くなり望美はラジオのボリュームを上げる。それからおよそ10分、二人は会話もせず浩二は早く峠を下りたい一心でアクセルを踏み続けた。


 コンビニに入ると眩しいほどの明るさと、聞き慣れた来店時のメロディーで現実に戻れたような気がした。コーヒーやお菓子を適当に購入すると、二人並んでコンビニを後にする。駐車スペースまで来て車のドアに手を掛けると、元来た道の方から何か聞こえてきた。


 「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 ミントグリーンのワンピース。片足だけ履いたサンダル。遠目に見てもだいぶ絡んだ髪を振り乱しながら女が全力疾走で脇目も振らず駆け抜けて行った。

 「…ほら、あれ。さっきの人だよ?」望美はポツリと呟く。

 浩二の足元には落とした缶コーヒーの中身が広がっていった。



 「怖くない?アスリートでもムリっしょ?」良子はストローでアイスティーの氷をガラガラと回した。

 「うわぁ!やだやだ!私そんなの見たらチビリます、絶対!」糸川は自分の身体を抱きかかえるようにして声を上げた。

 「たしかに夜の山ん中ってーのは怖ぇーよな。得体の知れねーもんがいそうでさ。」譲二も満足そうに同意する。

 「マスター、やっぱこれってただの変な人じゃないわよね?時間と距離を考えても不可能だもん。」

 「ええ。まず人間ではないでしょうね。霊的なものか、山に棲む何かに化かされたか…」店主は良子に答えながらキャンディーの箱を取り出す。

 「え!これこそケーキでよくないですか?全然基準が判らない!」糸川はそう言って店主と譲二を交互に見る。

 「ありがとう!でもね、私の場合これ一択なの。配達の時口ざみしくってさ。」

 「だから個数だけこっちで決めるって訳だ。」譲二が説明を付け加えた。

 店主は紙切れとボールペンを糸川と譲二に手渡す。

 「何個にするかは三人の平均ということにしましょう。糸川さんだったらキャンディー幾つ分に相当すると思われるか個数を書いてください。」


 「15」「12」「12」

 店主が一枚一枚紙を広げて見せる。

 「では良子さん、13個どうぞ。」

 「よし!まぁまぁってとこね。」言うなり良子は鼻歌まじりにキャンディーを選ぶ。

 「これで12かぁ~。」糸川は不満げに首を傾げる。

 「おいおい、それじゃあ無記名にした意味がねぇだろーが。」

 譲二が言うと店主と良子が笑った。

 「いいのよ。そのかわり私は話がある時だけドリンク一杯フリーにしてもらってるし。」

 「それがなけりゃ俺だってもうちょっとは上乗せしてるぜ?」

 「なるほど。」糸川はポンと手を打った。

 「しかしやっぱその子は最近の子だわな。身内にモーテル行こうとした話なんかしねーだろ普通。俺なんかぁ、ある意味それも怖かったけどな。」

 譲二が苦笑いしながら言うと、良子はキャンディーを選ぶ手を止めた。

 「さすがに親には言わないと思うわよ?ま、くだけた間柄なのよ、私たちはー。あれ?いちごみるくないわね?」

 譲二と糸川は目を合わせると肩をすくめる。

 「でもワンピースの人はどこへ向かって走って行ったんでしょうね?一つも理解できない。」

 店主は良子の持つ箱に一握りのいちごみるくキャンディーを補充しながら言った。

 「そこです。怪異というのは我々生きた人間からすると到底理解できない。何がしたいのか、何の為にそうするのか意味不明です。だからこそ遭遇した者には疑問が残り、知りたくなる。私がこういった話を収集し始めたのもそこに興味が湧いたからです。」

 「そうそう、きれいに収まるより、…で結局何だったんだ?って方が怖ぇこともある。」

 「確かに。なんか深いですね。」

 「さてと、じゃあ13個ね。私はもう一件寄るとこあるから今日はこれで!」

 良子はカウンターにキャンディーを並べて見せると、前掛けのポケットに突っ込んだ。

 「あ、ありがとうございました!また聞かせてください。」

 「あいよ!糸川ちゃんもね。」

 「ご苦労様でした。」

 良子がドアを開けると入れ替わるようにして男女が一組来店した。そしてまた2分と間を置かず、40代前後の男が店に入ってきた。

 「いらっしゃいませ。」

 立て続けに客が入って来た為、店主はカウンターを離れる。

 譲二は客をチラリと見ると糸川に言った。

 「店も客を呼ぶし、連れ込むんだぜ?」

 コーヒーを飲みながら糸川は目をぱちくりとさせる。

 「ん??」カップを置くと客の方を見たり、キョロキョロとしながら譲二の言った意味を考える。

 「へっへへ。」譲二は笑いながらひらひらと手を振った。

 同時にガラガラとドアベルが鳴る。

 「おう。さっき良子さん出てったとこだぜ?」譲二は入って来た若い女に声を掛けた。

 「やっぱそうだったんだ?車見掛けて寄ったのかなぁーって思った。」

 胸元が大きく開いた薄手のニットを着た女は譲二と糸川の間に腰を下ろすと、糸川側のもう一席にブランド物のバッグを置いた。

 「ほれ、糸川ちゃん。さっき話したアキナ。噂をすりゃあもう来やがった。」

 「あ、ごめん。間に座っちゃった。」

 アキナと呼ばれた女は糸川と譲二を交互に見る。

 「いえ、今日初めて来て…糸川といいます。」

 ―――――-この挨拶毎回するのかな?

 「あー、いいっていいって!黙って座っててもそのうち顔も名前も覚えるからさぁ。」

 思っていたことを見透かされたように感じてドキリとする。

 店員の夏美がアキナに気付いて頭を下げると、何やらジェスチャーを送り合う。

 「はぁー。私も良子さんの話聞きたかったな。」

 夏美がバッグヤードに姿を消すと、アキナは頬杖をついて糸川を見つめた。

 「しゃーねーな。」譲二は読んでいた新聞を畳むと良子の話を説明する。


 「あー、A峠でしょ?ワンピースの女は知らないけど、あそこ結構有名だもんね。しっかし、この手の幽霊話って十中八九女じゃない?なぁ~んで男の霊って少ないのかしら?」

 「言われてみればそうですね。」

 「きっと念が男より強いのよ。」アキナは両手をだらりと垂らし幽霊らしきポーズを取る。

 「ケッ、男は女よりさっぱりしてんだろ?」譲二は不満げに腕組みをした。

 「ふーん。じゃあマスターが戻ったら私も一つ話そうじゃない。糸川ちゃんもまだ平気?」

 「はい!」

 糸川が慌てて返事をすると、アキナはフッと笑って腕を捲くった。

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