表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Deep Purpleの客人たち  作者: 三津浜ルカ
1/4

忌み地

 ――――――PM4:00

 静かなピアノのメロディーが流れる店内では、テーブル席で数組の客が談笑している。

 その時ドアに掛けられたベルがガランと音を立てた。

 

 「いらっしゃいませ。」

 店主がカウンターから声を掛けると、20代半ばの女が慣れない様子で店内へと入って来た。|躊躇≪とまど≫いながらカウンター席の隅の方へ座ると店主に注文をする。

 「あの、コーヒーを一つお願いします。」

 「かしこまりました。当店のご利用は初めてでいらっしゃいますね?」

 「はい。前から気になってたんですけど、入る勇気がなくて…」

 「それはそれは。ご来店頂きありがとうございます。では、当店のシステムについてまず説明させて頂きます。」

 「システム?ここ普通の喫茶店じゃないんですか?会員制とか?」

 「いえ、システムと言いましても他の喫茶店との違いといえば、特別なサービスが利用できるというところだけです。もちろんこのサービスはご利用頂かなくても結構です。」

 「はぁ。ちなみにどういったサービスなんですか?」

 店主はメニュー表を女に差し出す。

 「当店では不思議なお話を提供して頂けた方に、デザートやお飲物のサービスを行っております。ご自身の体験ではなく、人から聞いたお話でも問題ありません。」

 女がメニュー表に目を落とすと、店主の言う通り不思議な話についての説明が書かれていた。


 【お話の評価について】

 |α≪アルファ≫. 店主が気に入ったお話…お好きなケーキをお一つ

 |β≪ベータ≫. オチの見当はつくが初耳…お好きなドリンクを一杯

 |γ≪ガンマ≫. 店主がオチを知っている、有名な話等…キャンディーお二つ

 ※お話は一回のご来店につき二話まで

 ※こちらのサービスとは別に、何かしらご注文を頂ければ幸いです。


 「へぇー。面白そうですね。自分の体験だったらβくらいいけそうだし、あの、面白くなかったら初耳でもγとかありますか?」

 「はい。まぁ、基本当店には常連のお客様がいらっしゃいますので、聞き手の総合評価にしているのですが、勿論厳しい方も甘い方もいらっしゃいます。聞き手の好みもありますしね。ただ今日のように他に聞き手がいない場合は私が判定させて頂きます。」

 「わかりました。てゆーか、不思議な話って具体的にどんなカンジの話なんですか?」

 「そうですね、|所謂≪いわゆる≫怪談話、UMAのような生物の話をされた方もいれば、前世のお話等様々です。」

 「え!なんかそれって、話し上手な人なら作り話でもイケちゃうんじゃないですか?」

 「ええ。それでも面白ければ問題ありません。」

 「…失礼ですけど、それでお店って成り立つんでしょうか…」

 「ああ、はは。よく言われます。ここはまぁ、私の趣味の場みたいなものですからね。私はコーヒーを入れて参りますので、その間にお話しされるか考えてみてください。」

 そういって店主はバッグヤードへ消えて行った。


 店主が戻り、女の前へとコーヒーを置く。

 「あの、せっかくなんで、試しに一つ聞いて頂けますか?」

 「ええ。喜んで。」

 店主は伝票にチェックをつけると、カウンターを挟んで女と向き合うようにスツールに腰かけた。


 「では…あ、私、糸川と申します。商社の受付をしていて。それでその、受付の仕事って来客時以外じっと外を見つめてるって時間が結構あるんですけど、時々変なものを見るんです。…と言ってもいつもじゃなくて。ああ、こっちの説明からしなきゃダメか。私、偏頭痛持ちなんですけど、頭痛薬飲んでる時だけ普段は見えないものが見えるんです。つまり、幽霊とか。でも今日お話しするのは幽霊じゃないと思ってます。実際なんなのかさっぱり分からないんですけど。そのせいか気になってついつい見ちゃう。」

 そこまで話すと、糸川と名乗った女はコーヒーに息を吹き、ゆっくりと飲み込んだ。

 「…すみません。だからもし、他でこういう話を聞いたことがあるならマスターのご見解を伺いたいと思って。」

 「承知しました。」

 糸川は店主の応えに少し口角を上げると、両手でカップを包むようにして話し始めた。


 「私の座っている受付カウンターから見える位置に、ちょっと気になる場所があって。うちの会社と向かい合うようにして建ってるビルの脇に、側溝のようになってる所があるんですけど、それ自体は何の変哲もないただの側溝です。それで、そこを通る人たちが色んな物を捨てて行くんです。タバコとか飲み物とか、紙くず、|唾≪つば≫を吐いてく人もいますし。最初に見た時は不思議でした。ゴミ箱でもないのになんでこんなに色んな人たちがゴミを捨てて行くんだろう?って思って。都会ってそんなものなんですかね?それである日、頭痛がしてきちゃったんで、薬を飲んで仕事をしてたんですけど、あの側溝から人の上半身みたいな形をした黒いモヤが出ていて。でも行き交う人たちは見向きもしない。だから私、あー!頭痛薬飲んだからだってすぐに気づきました。勿論気にはなりましたけど、特に動いたりする様子もないし、私自身も取締役が来たりしてバタバタしてる内に頭痛薬が切れたのか、気がつくとモヤはなくなっていました。…それからしばらくして、また頭痛薬を飲んだ日、あ、またいる!って思った瞬間、ちょうど通り掛かったサラリーマン風の人が側溝にタバコを捨てたんです。モヤが動くのはその時初めて見ました。なんかこう…両手でタバコを受け止めるような動きをして、それから自分の一部を捨てた人に投げつけました。その後は通る人通る人、何かを捨てて行く人には必ずお返しと言わんばかりにモヤを投げつけてました。まぁ、毎日頭痛薬飲む訳じゃないし、疑問は感じながらも、気が付いたらこの仕事初めてあっという間に半年が経って、私もよく通る人の顔とか覚えてきて…。で、つい最近、毎日そこを通ってる大学生風の男の子が、余った飲み物を捨てているのを見ました。モヤはそれを浴びるような動きをした後、やっぱり男の子に自分の一部を投げつけたんです。その翌日、毎朝ほぼ決まった時間帯に見るその子が、午後になってから松葉杖をついてそこを通って行きました。その時は気の毒だなぁ。としか思わなかったんですけど…。決定的なことが起こったのは先週です。ホームレスっぽい人がそこで用を足してて…一緒に受付にいた子と最悪!とか言ってたら、2分くらいしてすごいブレーキ音が聞こえてきて。次の日の新聞に載ってました。長距離トラックに撥ねられて即死だったそうです、そのホームレス。私、その日は頭痛薬飲んでいなかったので、それがモヤの仕業だって断言できる訳じゃないですけど、そこまで続くと関係ないわけないって思ってるんですよね。今も仕事続けてるわけだし、頭痛薬飲む機会だってあるだろうからなんか嫌だなぁーって。大した話じゃないですけど、あれってなんなんでしょうね?」

 糸川は話を終えると今度はコーヒーにミルクを加えてかき混ぜた。

 「なるほど。興味深いお話です。おそらくそこは|忌≪い≫み地の様な場所なのだと思います。」

 「忌み地?」

 「はい。なぜか良からぬ物を引き寄せてしまう場所。人が居つかない土地とか、事件や事故が多発する土地、お店を出してもすぐに潰れてしまうとか、そういった場所は全国各地に結構あるのですが、小さなスペースでもきっとそこもそういった類の場所なのでしょう。あとは霊の通り道みたいな解釈もできますが、とにかく人知を超えた何かがその場所に居るのは確かです。極力近付いたり、観察を続けない方がいいと思います。」

 「…ですよね。」

 「まぁ、忌み地に関する話はよく耳にしますが、私としては頭痛薬によって見えるようになるといった糸川さんの体質が興味深かったです。どうでしょう、今日は初めてですし、ご来店記念も兼ねて飲み物とキャンディーといったところで。」

 「いいんですか?まさか自分の体質で得することがあるなんて思ってもみなかったです。」

 「ええ、普段ご苦労されているでしょうし。貴重なお話、有難う御座いました。コーヒーのお替りでよろしいですか?」

 店主は糸川の伝票にβ、γと書き足す。

 「はい、結構です。有難う御座います。」

 糸川が礼を述べると、ほぼ同時にドアベルが鳴った。

 「よう、やってるな!お。見ない顔だね。」

 そう言いながら、夕刊を脇に抱えた中年男がカウンター席に着いた。

 「いらっしゃい。糸川さん、こちらは常連でライターの|譲二≪じょうじ≫さん。いつも地方に行った際のお話を持って来て下さいます。譲さん、こちら今日が初めての糸川さん。β、γでした。」

 「おお、初めてでそりゃあすごい。ここはさ、その手の話好きな連中が集まるとこなんだ。嫌いじゃなけりゃネタがなくても聞きにおいで。」

 譲二が親指を立ててニッと笑う。

 「あ、はい!是非。宜しくお願いします。」

 「じゃ、早速。」

 そういって譲二は店主に合図を送る。

 「糸川さんのコーヒーもお注ぎしますね。」

 店主は糸川の空いたカップを持つとバッグヤードへ姿を消した。


 「糸川さんっていったか?あんたの話、今度マスターから聞いてもいいか?」

 「ええ、大した話じゃないですけど。」

 譲二は手をひらひらとさせながらかぶりを振る。

 「いいんだ、いいんだ。俺だって何十と話してきたが、未だにキャンディーの日だってある。自信満々に持ってきた話が飴玉に変えられた時はがっかりだけんど、他の連中の面白い話が聞けりゃ楽しいしな。」

 「譲二さんの他にはどんな方がいらっしゃるんですか?」

 「ああ、一番頻繁に来るのは俺と、銀座でホステスやってるアキナ。清掃員の田辺。この辺りはすぐに会えるだろうな。他にもよく来る奴らは大抵自分の仕事絡みのネタを持って来るがな。」

 「あ。私も仕事の話でした。」

 「だろ?時たま趣味関係の話をする奴もいるが、仕事のが遭遇率も高いからな。」


 店主はカウンターに戻ると、譲二と糸川の前にコーヒーを置いた。

 「お待たせしました。糸川さん、キャンディーもどうぞ。」

 カウンターの内側から出された箱には色々な種類のキャンディーが入っている。糸川はミルクキャラメルと黒飴を選んだ。

 「頂きます。」

 店主は微笑み、元いた席に腰を掛けると譲二の伝票にチェックを入れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ