意味を探すために僕は歌を歌う
たとえば君が傷ついて
くじけそうになったときは
必ず僕がそばにいて――――
「たとえばの話なんだけどさ」
そう言ってあいつは話し始めた。真剣なような、それでいてくだらなさそうな、そんな顔だった。
「この世界が狂っていたとして、自分だけが正常だと思ってたとしよう。でも、それが実は全くの逆で、自分が狂っていて世界が正常だったとする。そんな時、君ならどうする?」
それは、いつも通りの下らない問いかけだと思った。深いようでいて、そうでもない、意味のわからない下らない問いかけ。
だから僕は、いつも通りに適当に答えた。
「まあ、自分は狂ってないと主張するとか、世界が狂ってるんだと言うとか、何も出来ずにただ事実に愕然として、只管に震えてるとか?」
そこであいつは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて言った。
「もしくは絶望して、自ら死ぬか、だ」
「そうだな。そういうこともある」
いつも通りの、よくわからない話だった。だから、僕はいつも通りにギターを弾きながら適当に答えた。
その二日後、あいつは自殺した。
あいつが自殺した理由は、よくわからなかった。遺書みたいなものも無かったし。いつも通りの話をして、別れて。その二日後に、突然だった。
僕はそれから歌を歌い始めた。それまで手慰みにギターを弾いたりなんかしていたけれど、歌は歌ってこなかった。こっぱずかしいとか、歌は下手なんだとか、まあ、とるにたらないくだらない理由だったと思う。
それでも、とりあえず歌ってみようかと思って、歌い始めた。
最初は一人で。だんだんとそれが二人、三人、四人となって、僕らはバンドを組んだ。全員あいつのことを知っている奴らで、なんとなく気が合った。安心したと言い換えてもいい。
僕はあいつみたいに世界が狂ってるだとか、自分が狂ってるだとか、考えたことなんてないけれども。それでも、うまく言い表すことができないけれど、なんとなく言いたいことがあって、歌を歌った。
最初はコピーバンドみたいな感じで、誰もが知っているような有名な曲を演奏したりした。勿論、なんとなくで集まった僕らに技量なんてものはなかったけれど、それでもやり続けた。
やり続ければ、いつか何かがつかめるんじゃないかと思った。僕も、バンドメンバーもよくわかってないけれど、それでも何かがつかめるんじゃないかと思ったんだ。
勿論、僕たちは夢を追いかけ続ける集まりじゃないから、大学を卒業する頃にはみんな就職が決まっていて、それぞれの道に進み始めていた。それでも、何故だか僕たちは時間を見つけては集まって、歌い続けた。
いつしか、そこそこ上手くなってきて、そこそこ名前が売れてきて、小さい箱なら満員にできるようになってきた。相変わらず、まだまだコピーバンドの域を出ないような僕らだったけど、それでもお客さんは喜んでくれた。
その頃から、メンバーの間でそろそろオリジナルの曲をやってみないか、という話が持ち上がっていた。
まだ何も見つかっていない僕らだったけれど、言葉にすることでなにか見つかることもあるんじゃないかと、みんなで話し合った。
そして、僕はあいつの曲を作った。あいつのことを、そうやって言葉にしたのは久々だった。別に意図して言葉にしていなかった訳では無いけれど、それでもなんとなく言葉にする機会が減ってきていた。だから、これは僕にとってもメンバーにとってもいい機会になるんじゃないかと思った。
僕の作ってきた曲を聴いて、メンバーは何も言わなかった。ただ、一言
「次はこれでいこう」
と言っただけだった。
次のライブも、僕たちがいつも使うような小さなライブハウスだった。立見席しかないけど、席は満員で、チケットは完売だった。
その箱で、僕たちはあいつの曲を演奏した。力の限り歌った。持てる技量のすべてを使って演奏した。ほかのコピーの曲なんか、考えていなかった。今日は、これしかやる気はないのだと、お客さん全員に伝わるような歌い方だったと思う。
おまえはいつまでたっても変わらないな
あのときからずっとずっと変わらないな
僕はどうだろう
少し変わってしまったかも
歳をとったし 少し背も伸びた
あの頃は誰かに頭を下げるなんて想像もしてなかったけど
今じゃすいませんすいませんなんて頭を下げて
愛想笑いして でも内心じゃ今に見てろって思ってる
こんな今の僕見たら
お前はなんて言うかな
言いたいことはたくさんある気がするけど
どれもこれも言葉にできなくて
毎日変わってく世界を見ながら
変わらないお前に問いかけるんだ
君ならどうするって
歌の評判はまちまちだった。良い曲だっていう声もあれば、さっぱり意味が分からないって声もあった。それまでオリジナルなんてやってこなかったし、曲自体も盛り上がるような曲でもない。何が言いたいのか、自分でもよくわからない曲なのに、それがお客さんに伝わるわけなんかないってわかってた。
それでも、あいつの歌を歌いたかった。歌いたい理由なんていうのは、特にないのだ。
バンドメンバーは、やっぱり何も言わなかった。また、一言だけ
「いい曲だったよ」
って。それだけだった。
それからも、僕たちは歌を歌い続けている。オリジナルの曲を中心にやるようになっていって、みんなで曲を作っていった。もちろん僕も作ったし、みんなもそれぞれ思うような曲を作ってきた。
それから、僕たちはまた徐々に人気を伸ばして、今度、ついにメジャーデビューすることになった。
こんなにやるつもりじゃなかった、とか、売れるのが目的じゃなかった、とか。バンドの意見としてはそんな感じだったけど、せっかくの機会なのだからとやってみることにした。
あれから、あいつの歌は一曲も作っていない。ライブでも歌っていない。CDにだって、するつもりは無い。
そんなことをすると、なんだかあいつが喜ばないような気がして、バンドのみんなで話して、そう決めた。
いまだに、僕たちは歌を歌っているけれど、何故歌うのかの理由を見つけることが出来ていない。そして、それはたぶんこれからも見つかることは無いのだと思う。万が一見つかったら、僕たちはそこで歌を歌うのをやめてしまうだろう。誰も口にしなかったけれど、みんなそう思っているみたいだった。
僕たちは今でも歌を歌う意味を探してる。いつまでも、いつまでも――――
この話からもし何かつかめるものがあったら、よかったら感想やレビューなんかで教えてください。よろしくお願いします。