5.使い魔は個人情報をリークする
亜央が離れてくれない。
凛は引き離そうといろいろ努力した。
まずは力ずくで押して離してみようと亜央の肩を掴んで押したが力足りずダメだった。次に、押してダメなら引いてみよということで逆に抱きしめてみたが、亜央が喜んだだけで何の意味もなかった。他にはくすぐったり、耳元で怖い話をしたり、両親が悲しんでるぞ~と言ってみたり。いずれも効果がなかった。
となるともうアレしかない。
「カッピーなんとかして~!」
某猫型ロボットに頼む時の少年のように精一杯の悲哀を込めてカッピーに丸投げした。
「仕方ないカピね………。亜央さん亜央さん、あまりしつこいと嫌われるカピよ?」
嫌われるという単語に反応したのか、亜央が急いで凛から体を離した。
「ごめんね凛!私の事嫌いにならないで!」
「だ、大丈夫だから。嫌いにはならないから」
ちょっと必死過ぎる亜央に引いているだけだから。という言葉だけはなんとか飲み込んだ。
妹が欲しいという亜央の願望が、妹みたいな凛の登場によって暴走気味になってしまったのは誰のせいでもない。これは最早運命としか言いようがない。
2人の間の空気が変な感じになって、凛がどうしようと考えていた時、ドアが外から開けられた。
「おっ待たせ~!俺がいなくて寂しかったんじゃないのかい?お詫びに特別に肉球、触らせてあげちゃうよ!」
「うわっ!戻ってきたカピ!」
さっき窓から捨てられたチャラ猫レオが戻ってきた。
無視されても捨てられてもへこたれない、見上げた根性だ。
そして、この手のタイプは場の空気を破壊するアトモスフェアブレイカー。だが今はそれが良い方に作用した。凛と亜央はお互いを見合ってくすっと笑った。
「待ってないし寂しくもなかったけど、触っていいなら遠慮なく。あ、亜央もカッピー触っていいよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
凛がレオの肉球をぷにぷに触っている横で亜央がカッピーの全身をくまなく撫でていた。
そこいらの猫では肉球をなかなか触らせてくれないからとても貴重な経験だ。
「ここ?ここがいいの?口に出して言わないとわからないよ?」
「あっ、そんな激しく、だめっ、あーっ!」
凛に肉球を揉まれてレオは変な声をあげていた。
一方カッピーはと言うと。
「へぇ~こんなに硬いんだ。それになんか熱い………」
「はふぅ………」
亜央にこれでもかと腹を撫でられ弛緩しきっていた。
「いや~、レアな体験させてもらっちゃった。ありがとね亜央」
「こっちこそ、カピバラなんてなかなか触れないから楽しかったわ凛」
がっちり握手を交わし、「また触らせてね」「うん、いいよ」と当人たちの意思を無視して約束がなされた。ついでに携帯番号の交換もした。
「ところでさっきの話の続きなんだけど、私も願いがあってポイント集めたいんだよね。で、さっき亜央、もうポイント必要ないって言ってたじゃない?」
「うん、凛がいればもう願いが叶ったようなものだし」
「それでね、あの街に現れるイロージョナーの3割くらい私にまかせてもらえないかなって」
できれば全部いただきたいとこだが、レオの食糧事情もあるだろうし控えめに提案してみた。
「何だ、そんなこと?3割と言わず全部でもいいよ」
「え!マジで!?でもレオのご飯は大丈夫なの?」
「レオはうちのおじいさんとおばあさん公認で飼ってるからご飯については全く心配ないわ」
「ばあさんの作る飯が美味いんだよこれが。あ、もちろんじいさんとばあさんの前では喋ってないぜ」
案外充実した飼い猫生活のレオだった。それを聞いたカッピーがちょっと羨ましそうだった。
「そういうことなら全部私が倒してポイントもらっちゃうね」
想定していた以上の成果である。これで身長を伸ばす計画を進めることができる。
「あ、1つ条件だしていい?」
「条件?何?」
「私のこと亜央じゃなくてお姉ちゃんって呼ぶこと」
「それくらいならお安い御用よ」
身長と若干のプライドを天秤にかけたら、がっくん!って身長に傾いた。あまりの重さに重力崩壊をおこしそうなくらいだ。
「やった!せっかくだし、ついでにうちの養子になって名実ともに妹にならない?」
「それは断る」
両親に悪いし、なにより戸籍で年齢がばれてしまう。
「うちのおじいさん、会社の社長だから財産けっこうあるよ?」
「うっ」
少し心が揺らいでしまう。
仮に養子になったとしたら相続権が発生する。亜央の父親はすでに亡くなっているから、相続人は妻であるおばあさん、そして養子になっているであろう亜央と凛だ。割合は法定相続分でそれぞれ2分の1、4分の1、4分の1。悪くない、と思ってしまう。
というかおじいさんの財産で釣るんじゃない。
「だめだめだめっ!それだけはだめよ私。財産目当てで養子になるとか、どこのサスペンスドラマよ!そんなことしたら相続争いに巻き込まれて殺されて、湖に逆さにぶっ刺される!」
それは超レアケースである。
「いや、さすがにそんなことないって。たまにカミソリの刃入りの封筒が届くくらいだから」
「それやばいって!すでに危険な香りがしてるし!私、絶対養子にならないから!」
図らずも黒絵家の闇を知ってしまった凛だった。
「まあ養子についてはだめもとで聞いてみただけだから。お姉ちゃんって呼んでくれるだけいいの」
「割と本気だったような………」
「あはは。ところで凛の願いって何?あ、言えないなら別に無理に言わなくてもいいよ?」
「言えなくはないけど………私、身長にコンプレックスがあるから身長を伸ばしたいなって」
凛は身長のせいで就活に苦労した経験がある。例えば面接で凛のほうが受け答えも印象も良く手応えがあったのに、受かったのはモデル体型で色気のある子だった。所詮面接官も人だ。もしかしたら自分にいいことあるかもと思えば、色気のないチビより、多少能力では劣るが見目麗しいほうを選ぶ。選考理由を聞いても「厳正な審査の結果です」と言われるだけだ。その他にも小さいと子供っぽく見られ、能力を疑われたり。
今の会社に内定をもらうまでそのようなことが多々あった。
ちなみに、これらは全部凛の偏見である。実際はきちんと内面を見てくれている、はずだ。
「………だめ」
「え?」
「そんなの絶対にだめ!身長の高い凛なんて凛じゃない!」
「でも」
「凛は自分のことがよくわかってない!いい?凛はその愛くるしさで周囲の人に癒しを与えているの。これは誰にでもできることじゃない。身長を伸ばすことは生活環境や栄養状態によってある程度できるわ。でも望んで身長を伸ばさないことはほぼ不可能と言っていい。そう、言わばその身長の低さは神より賜りしもの。それを放棄するだなんて神への冒涜、いえ、私への冒涜よ!」
「えー………」
亜央の熱意がサウナに入る時の熱波のように襲い掛かってくる。この近くにいられるのは3分が限度かもしれない。
「こうなったら決闘しかないわ。凛が勝ったら願いを好きにしていいし、私の今持ってるポイントもあげる。でも私が勝ったらその願い諦めて」
「私がその決闘を拒んだら?」
「別に何もないわ。でも凛の願いが本気なら断らないはずよ?」
勝てば一気にポイントが増える。しかし負ければ身長を伸ばすという願いが叶えられなくなる。どう考えてもリスクが大きい。決闘を断り地道にポイントを稼いでも、2年くらいで1万ポイント貯まるのだから。でもそれでは逃げだ。凛はそういうのを好まない。それに凛は逆境でこそやる気がでる。途中参加したFPSゲームで自分のチームが大差で負けそうなのをひっくり返す、こういったシチュエーションこそ凛が最も燃えるのだ。
例え負けてもこっそり願いを叶えればいいんだし。
「あ、そうそう。魔法の契約書を交わすから、負けた後でこっそりとかいうのはできないからね」
考えは読まれていた。
「……やってやろうじゃない。私の本気を見せてあげるから」
「凛ならそう言うと思ってたわ」
「お互い全力を尽くそう」
「ええ」
2人は力強く握手を交わした。
「面白いことになったカピ!」
「ああ、これは最っ高にクレイジーな予感がするぜ!」
「僕は試合会場を抑えてくるカピ。レオは告知を頼むカピ!」
「まかせろ!『因縁の美少女、二人の願いは相容れず、そしてその手に武器をとる』これで決まりだ!」
なにやら2匹が2人を置き去りにして盛り上がっている。試合会場とか告知とか、イベントでもやるみたいだ。
「ちょ、ちょっとカッピー、何?何なの?」
「その決闘を観客に見せるカピ。ここにいる使い魔たちは娯楽が少なくて退屈してるから盛り上がるカピ!」
「おまけにどちらが勝つか観客に賭けさせて、胴元の俺たちがひと儲けしようってことさ」
「えーっ!?やだよ私そんな見世物みたいなの!お姉ちゃんもそうでしょ!?」
「私は周りのことなんかどうだっていいの。凛の願いさえ阻止できれば」
つまりここで反対派は凛だけである。
今から決闘を断るか?いやそれでは顰蹙を買ってしまう。そして立場的にカッピーより弱くなって顎で使われるように。亜央には軽蔑されネットに悪口を書き込まれ、精神的に追い詰められた凛は東尋坊に行き、イカ焼きを食べるのだった。
イカ焼きは美味いがそんなことになりたくない。やむを得ない。
「こうなったらもうやるっきゃねえ!やるからには派手に頼むよ!」
「もちろんカピ!1時間後に始めるカピよ!」
もう半ばやけくそである。
そしてそれぞれが準備のために散っていった。
試合開始まであと10分。凛たちは会場控室にいた。
カッピーが決闘の会場として用意したのは闘技場だった。なぜこんな施設があるのかと凛が聞いたら、昔は魔法少女の間ではしばしばトラブルがあったらしく、その解決のため決闘という手段を用いることがままあったそうだ。外の世界でばんばん魔法を撃ち合うわけにはいかないということでその場所が造られたらしい。
血気盛んな魔法少女もいたもんだ、と自分たちのことを差し置いて思った。
「もうすぐ入場カピ。準備はいいカピ?」
ヘッドセットで連絡を取りながらカッピーが指示を出す。
「おっけー」
「大丈夫よ」
2人がそれぞれ返事をした。
凛の装備はいつも通り《G3A3》アサルトライフルと《SP2022》ハンドガン。予備マガジンも忘れてない。それとカッピーにシールドと言って渡された謎のブレスレット型のアクセサリー。亜央のほうはと言うと、亜央の身長を超えるどでかい杖で先端には太陽を模したような飾りが付いていた。魔法の杖と言うより鈍器である。
凛の武器を見た亜央は興味を持ったようだ。
「えっ、それって銃よね?魔法の武器?」
「そうだよ。元はエアガンだったけど魔法の武器にしたの。使いやすいんだよ?」
「へえ~。後で詳しく聞かせて。今は決闘前だからお互い武器の性能を教えるわけにはいかないからね」
「うん、いいよわかった」
2人は別に憎みあってこの決闘をするわけじゃないから決闘前でも割と和気藹々としている。ここのパンケーキがおすすめだとか、うちの学校の教師にこんな人がいてね、とか。緊張感はかけらも感じられない。
「時間カピ。存分に闘ってくるカピ」
カッピーが重そうな扉を開け、凛と亜央はそこから闘技場の中に進んだ。
凛と亜央が入ると耳を引き裂かんばかりの歓声が聞こえてきた。
円形に造られた闘技場は、試合場から2メートルくらい高いところに観客席が設けられていて、そこにはネズミ、犬、猫、鳥等様々な動物が決闘が始まるのを今か今かと待っていた。
「何この数、どんだけ暇なのよ」
この数はおそらく地下にいた使い魔だけでなく、地上にいた使い魔も含まれているのではないか。
「皆様、長らくお待たせしました!これより第125回魔法少女バトルを開催いたします!」
「「うおおおおおおおおおおお!!」」
より一層歓声が大きくなり、自分の声すら聞こえなくなった。
「司会進行は私、ワンダーがお届けします!」
「よく見たらこの犬、受付窓口のグレートピレニーズじゃない。仕事はどうしたのよ?というかワンダーって………!」
笑ってはいけない。親からもらったであろう大切な名前だ。
しかしカッピーといい、レオといい、このワンダーといい、使い魔のネーミングセンスは独特なものがあるようだ。もしかしてあそこにいる鳩は「クルック」とか「ポッポ」だったり。
凛は笑いを堪えるため、腕を後ろに回して思いっきりつねった。
亜央の様子を窺うと口元がピクピクしていたので、笑いを堪えていたんだと思う。
「まず決闘をする2人の魔法少女を紹介します。1人目は一乃宮凛選手!身長140センチ体重33キロ、身体は小さいがガッツは溢れんばかりです!」
「何で私の体重知ってんの!?どこから情報漏えいした!?」
凛が叫んでも歓声によってかき消された。
「2人目は黒絵亜央選手!身長161センチ体重45キロ、色気もあるがお金もある!ただ今彼氏募集中だ!」
「こっちの世界の個人情報保護とかどうなってるの?」
情報のリーク元はカッピーとレオ。
そもそもカッピーたち使い魔に現代日本における個人情報保護の観念は存在しないし、法律を守る義務もない。盛り上がるならということで凛と亜央の情報を提供したのだ。
「……おそらく情報元はカッピーとレオよ。後で覚えていろ」
後にカッピーとレオは個人情報保護の大切さを凛と亜央に懇々と説かれ、使い魔たち全体の意識改革を迫られることになる。
「2人は今日が初対面ですが、見解の相違でこのような形での決闘を行うことになりました。己の信念を貫き通す為、彼女たちは武器をその手にしました。我々は見届け人です。どのような結果が待ち受けようとも目を逸らしてはなりません。………っていうかこんな美少女から目を離すわけないでしょう!そうですよね皆さん!!」
「「イエーーーーッス!!」」
「こいつら………」
「………」
何でもいいから早く始めてほしい。
「それではルールの説明をしましょう!ルールは単純。最初に相手に魔法か近接攻撃の一撃を当てたほうの勝ちとなります。ただし、その一撃を当てるにはシールドをどうにかしなければなりません。シールドは魔法力により作られており攻撃によってシールドを削られます。そしてシールドは一回無くなると再度展開することができません。もちろん魔法力が尽きればシールドは消えてしまいます。シールドを削り切るか、もしくは相手の魔法力が尽きるのを待つか、その戦術も重要になってきます」
ブレスレットを渡すだけ渡してなぜこんな大切なこと教えない、カッピー。
「……さあ、もうこれ以上の私の話は蛇足でしょう」
その言葉はもうすぐ試合が始まることを予感させる。
凛と亜央は自然と離れていき、彼我の距離が20メートルほどになったところで向き合い、それぞれの武器を構えた。
「こんなことになっちゃったけど、私今楽しくて仕方がないの、凛」
「奇遇だね、私もだよ、お姉ちゃん」
「「だけど勝つのは私だ!」」
2人の声が重なると同時に、闘技場にブザーが鳴り響く。
「試合開始!」
オーディオコメンタリー風なあとがき
凛「第5話、いかがでしたか?ってかバトル展開な流れになってきたけどこれどーなの?」
亜「いまいち盛り上がらないからテコ入れって感じよね」
凛「作者、お前にバトルものが書ける実力があるのか?と問いたい」
亜「前話あとがきの指導、足りなかったかも」
凛「とりあえず様子見で」
亜「うん。そういえばレオとカッピー以外の使い魔ってあんなにいたのね」
凛「魔法少女の数に対して多過ぎでしょ。絶対就職難だって。微笑ましい外見とは裏腹に影では血で血を洗う争いが……」
亜「飛び散る肉片!滴る鮮血!こっちを小説にしたほうがなんか面白そう」
凛「R18指定になるよ!?」
亜「そっか、R18だと私見れないか。じゃあ表現をソフトにして、飛び散る上カルビ!滴る肉汁!」
凛「確かにソフトだけど何か違う……」
亜「牛や豚以外の動物もカルビとかロースって言うのかしら?」
凛「知らん。それよりも私と亜央の体重が白日の下に晒されたことに憤りを覚えている」
亜「うら若き乙女の体重は国家機密にも等しいというのにね」
凛「お返しにカッピーの秘密をここで暴露してやろう。実はカッピーのお腹には円形の禿げがある」
亜「ストレス?大変ね」
凛「大変だね。ではでは次話をお楽しみに!」