4.お姉ちゃんと呼ぶだけで妹になれる
ピンポーン。
「はいはーい」
ドアのレンズを覗いて目的の人物だと確認してからロックを外してドアを開ける。もちろん一気に開けたりしない。10センチ程開けてから再度確認して、それでやっとチェーンを外した。
「こちら一乃宮凛さんのお宅ですか?」
「はい」
「Mississippiさんからお届けものです」
大手通販会社から送られてきた荷物をサインして受け取り、いそいそと部屋に戻る。その様子はクリスマスプレゼントをもらった子供を連想させる。だがここからが少し違った。
ダンボール箱を爆発物を扱うようにそーっと床に置くとその前に正座をして居住まいを正した。神聖な儀式であるかのように箱を丁寧に開封していく。
完全に開けられた箱の中を見た凛はニヤリと笑った。
「これは浮気じゃない。たまに取り出して眺めるだけで、そう、友達よ」
「浮気がばれた男の言い訳みたいカピ」
凛が手にしているのは拳銃型のエアガン、シグザウエルSP2022。実銃はフランスの法執行機関でも採用されたモデルだ。重量感があって扱いやすいハンドガンだがあまりメジャーだとは言い難いかもしれない。有名どころならベレッタM9A1とかグロック18Cとかあるのにこれを選ぶあたり、凛の趣向の偏りを感じる。
「浮気じゃないって。魔法少女の武器のサブウェポンとして持つだけ」
「昨日から一緒だから知ってるカピよ?その間、注文する暇なんて無かったはずカピ。つまりそれは魔法少女になる前に注文したものカピ」
探偵のようなことを言い出すカッピー。
「……そうよ、その通りよ!出来心だったの。なんかかっこいいって思って気がついたときにはポチってた………。でも信じて!一番はG3A3なの!」
「信じるもなにも、どうでもいいカピ………」
凛はあっさり自白しカッピーに弁解をしたが、カッピーにとっては2股だろうが3股だろうが知ったこっちゃない。ご自由にどうぞって感じだ。
「どうでもいいって………。ほら、一緒にG3A3の予備マガジンも注文したんだよ!?これで私のG3A3に対する愛がわかるでしょ!?」
「わからないけどわかったカピ!わかったから離れるカピ!」
凛に壁際まで追い込まれたカッピーはこの場から逃れたい一心で同意した。サスペンスで崖に追い詰められた犯人の心理がちょっとわかった気がした。
「わかればいいのよ」
なぜか偉そうな凛。
「このハンドガンも予備マガジンも結果的に魔法少女の活動に有効活用できそうなのは良かったわ」
「予備マガジンをどうするカピ?」
「これに魔法力を貯めといて、魔法力が無くなりそうになったら交換するの」
「なるほどカピ」
そういう発想は無かった。従来の魔法少女界の常識では、魔法力が尽きたら体を休めるか、値段が高い魔法力回復薬を飲むかだった。ここ最近ではこの薬に代わって栄養ドリンクとかエナジードリンクでも効果があるとして普及してきたが、効果が出るまでに時間がかかるし、なにより栄養ドリンクをがばがば飲む魔法少女もどうなんだ?ということで今の世代の魔法少女には敬遠されていた。
凛の発想はその常識を覆すものだ。思いつけばなんてことないが、今まで誰も思いつかなかったのを気づいたのは評価できる。
これも今度使い魔協会に特許申請してみることにしたカッピーだった。
「そうカピ、さっき使い魔協会に行った時、この街の他の魔法少女の使い魔に会ったカピ。一言挨拶したいと言ったら、じゃあ明日会おうよってことになったカピ。凛は明日暇カピ?」
「暇よ。これ以上無いくらいに。いえ、例え用事があったとしてもキャンセルして行く。ライバルのご尊顔を是非とも拝んどかないとねえ、ふふっ」
「警察沙汰は勘弁してくれカピよ………」
29歳会社員の女、未成年に暴行で逮捕。容疑者は意味不明なことを供述しており、刑事責任能力の有無を調べるため、精神鑑定を依頼した。尚、容疑者宅からはエアガンが数丁見つかっており、事件との関連も調べられている。他にもアパートの管理会社を脅迫したとの情報も入っており、余罪も追及している。
………ってな事態はなんとしても防がねば、とカッピーは決意した。
「私を何だと思ってるのよ?誠心誠意話し合いをして、良心に訴えかけて、詐術を用いて、平和的に且つ穏便に棲み分けができるようにするから。暴力なんて野蛮な手段はとらないよ」
「途中で物騒な言葉があったカピ!」
「気のせいだよ。で、どこで会うの?ファミレス?」
凛行きつけのファミレスでは新作スイーツが期間限定で提供されてるらしい。あわよくばそれも食べれるかもと期待していた。
「ファミレスはカピバラは入店拒否されるだろうし、入れたとしても注目浴び過ぎて話し合いどころじゃないカピ」
街を歩くだけでも騒ぎになるのにファミレスに入って、しかも新作スイーツを食べたりなんかしてたら、「ファミレスの常連はカピバラ!お気に入りは期間限定甘甘夏みかんパフェ?」なんて見出しのネットニュース記事になってしまう。
「じゃあどこで?」
「使い魔協会本部で会うカピ。あそこなら動物が喋るのは日常カピから」
「噂の使い魔協会!?リアルな動物が喋る踊る!某動物をモチーフにしたキャラクターがいるテーマパークなんか比べもんにならないくらいのエンターテインメント!ファンタジーワールド!」
凛の想像では大小様々な動物がちょこちょこ動き回り会話をしているマジカルーな空間が使い魔協会だ。たまに転ぶ光景など微笑ましい。
「期待してるとこ悪いけどそんな夢の国みたいなとこじゃないカピ。疲れた顔で淡々と仕事をこなして会話も事務的、さらに言えばお役所仕事で融通が利かないとこカピ」
「そう……なんだ………」
凛の思い描いていたドリームランドはフードプロセッサーにかけられて、ふりかけサイズにまで粉々に砕かれた。
「現実なんてそんなもんよね………。ん?ファンタジーなんてそんなもんよね?」
あまりのショックで凛は混乱しているようだ。
「使い魔協会本部は魔法少女に変身してないと入れないカピ。明日は変身してから出発するカピ」
「わかった………夢の国なんて存在しない。存在しないの………」
戻ってこい。
次の日の朝、使い魔協会に行くため凛とカッピーはアパートを出て、市街地から離れた所にある廃墟になった食品スーパー跡にいた。
「ここが使い魔協会?随分と寂れたとこだね」
凛がそういうのも無理はない。駐車場のアスファルトは割れ、草はボーボーに生え放題。壁には「威羅射異魔世!」「冥愛減風幽?」という落書き。絶好の肝試しスポットとして悪ガキ共に人気ありそうだ。
「ここは入口カピ。ついてくるカピ」
カッピーについていく凛。荷物搬送用エレベーターに乗り込み、スーパーが営業していた時はなかったであろう地下10階に下りていった。
エレベーターの扉が開くと驚くことにそこは地下をくり抜いてできたやたら広い空間だった。天井までの高さが100メートルくらいあり、建物が20棟以上存在していて、それぞれ赤、緑、青と様々な色で塗装されていた。
「何これすごい!あの潰れたスーパーの下にこんな空間があったなんて!」
「正確にはあのスーパーの下じゃないカピ。途中で転移してどこかの地下に来てるカピ」
「へえ~」
よく見ると凛たちが下りてきたエレベーター以外にもエレベーターがいくつもあった。あれで各地に繋がっているらしい。
「ここは使い魔とか魔法少女関連の施設がいろいろあるカピ。病院とか研究所とか」
「後で見て回ってもいい?」
「いいけど多分、ほとんどの施設は入れないカピよ?あ、でもショップは入れるカピ。魔法少女の服とか売ってるカピ」
「そんなとこあるんだ。店員は?」
「もちろん使い魔の動物カピ」
凛がカッピーの後ろをついてしばらく歩くと壁面が真っ黒に塗られた3階建の建物の前に着いた。
「ここが使い魔協会本部カピ」
「………私さ、建築学とかは全然わからないんだけど、これは明らかに失敗じゃない?」
黒く重く、「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と言わんばかりに拒絶の意思を見せるエントランス。1階建なら洒落た建物だなあと思うくらいなのに3階建となるとここまで印象が違うのか。
漫画とかアニメだったら、ゴゴゴゴゴッと効果音が付けられるような異様な圧迫感である。
「僕もそう思うカピ………。毎回毎回入るのに抵抗があるカピ………」
「せめて色が違うだけでもかなりマシになると思うんだけど」
「今度要望書を出してみるカピ」
建物に拒絶されながらも中に入っていく凛たち。
中に入ってみると外観とは打って変わって白い壁、白い床、白いソファー、白いデスク。
「………私さ、インテリアとか内装って」
「それ以上言わなくてもわかるカピ………。今度要望書を出してみるカピ」
凛の言葉に被せるようにカッピーが言った。
「10時から第3応接室の使用許可をとっているカッピーですカピ」
「はい、カッピーさんですね。ではこちらにサインを。……ありがとうございます。ではこちらが鍵になります。使用は12時まででお願いします。終わりましたらこちらまで鍵を返却してください」
「ありがとうカピ」
鍵を受け取ったカッピーについて歩く凛がカッピーに小声で話しかける。
「犬だったね。でも語尾がなんとかだワンじゃなかった」
そう、窓口の受付は犬だった。犬種は大型犬のグレートピレニーズだと思われる。ふわっふわもっこもこの犬だ。立ち上がったら凛とほぼ同じくらいの大きさである。
「他の使い魔は語尾にワンとかニャーとかつかないカピ。僕のは口癖カピ」
「えー残念」
応接室に入った凛とカッピーはソファーに腰を下ろした。
ここも白一色の世界でなんか落ち着かない。
「もう少ししたら来ると思うカピ。準備はいいカピ?」
「いつでもオッケーよ」
程なくして会議室のドアがノックされた。
「はい、どうぞカピ」
ガチャとドアが開く。
「うぃーっす!お待たせちゃーん!今会える使い魔のレオ様だぜーい!しくよろ~!」
「うわ、うっぜー」
超チャラい猫の登場に思わず心の声が漏れた凛だった。
「なになに?君が新しい魔法少女?プリティーでビューリホー!どう?この後美味しい猫缶でも食べにいかない?痛たたたっ!?」
「恥ずかしいからやめなさい」
ピンクのサマードレスを着たストレートロングの髪の女の子が、チャラ猫の頭を後ろから片手でガシっと握りプレスしている。そのままソファーの所まで歩いてきた。
「相変わらずカピな………」
「すいません、うちのチャラ猫が」
「いえ、気にしないで………」
本当に申し訳なさそうにその女の子は謝った。普段苦労している様子がありありと目に浮かぶ。
「えっと、とりあえず座ってカピ」
「はい、失礼します」
「もうそろそろ離して!というか緩めて!割れるから頭がっ!」
まだチャラ猫はプレスされていた。
「じゃあこっちからアピールターイム!。俺の名前はレオ、見た目は猫だが心はライオン。今夜君を襲っちゃうぞ!がお!」
プレスから解き放たれたチャラ猫ことレオはまるで合コンのようなノリで自己紹介を始めた。たぶん本当の合コンだったらドン引き間違いなし。今は合コンじゃないのに凛もドン引き。
「これは無視してもらっていいので。私は黒絵亜央です。15歳、中学3年生です。1年くらい前から魔法少女をやらせてもらってます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
しっかりと折り目正しく挨拶ができていて凛は感心した。もしかして良いとこのお嬢様?
だが感心している場合じゃない。相手にアドバンテージを与えないために凛もしっかり設定を決めなくてはならない。年齢、学年は同じほうがいいだろう。
「今度はこちらの番カピ。僕はカッピー、見てのとおりカピバラだカピ」
「カピバラ………。あ、あの、後で触らせてもらっても?」
「………少しならいいカピ」
亜央は頬を紅潮させて喜んだ。
ここにもカピバラの虜になってしまった少女がいるようだ。
「次私ね。私は一乃宮凛。同じく15歳で中学3年生です。一昨日魔法少女になったばかりです。よろしくね」
「15歳?同学年?本当に?」
怪しまれている。29歳が15歳って言うのはさすがに無理があったのか。
「中学1年生かと思ってました。ごめんなさい……」
「あー、いえ………」
そっちに誤解していた。凛としては複雑な心境だった。
「一乃宮さん、しっかりメイクをしてるんですね。普段から?」
「同学年なんだから敬語じゃなくていいよ、私のことも凛でいいから。さすがに学校に行くときはしてないよ。校則でも禁止だし。休みの日だけね」
自分は中学生、自分は中学生、と言い聞かせながら話を進めていく凛。嘘の設定がすらすら出てくるとこはさすが社会人と褒めていいのか悪いのか。
「わかったわ、じゃあ私のことも亜央って呼んでね。私は普段メイクしないから全然メイクのことわからなくて。今度教えてね、凛」
「もちろん!」
若さ故か、亜央の肌はメイクしてなくてもきめ細やかでプルプルだ。今は洗顔、化粧水、乳液で十分だと凛は思う。下手にメイクすると素材本来の持ち味が損なわれてしまう。だが将来のために技術を習得しておくのは悪くない。人生の先輩として持てる全てを伝授しよう。
でもそのナチュラルフェイスは今だけだぞ。重ねて言う、今だけだぞ。
「一通り自己紹介は終わったみたいカピな」
「シャッフルターイム!席をチェンジしてもっとお互いの事を知っちゃおうぜ!俺は凛ちゃんの膝の上にしーよう!」
「亜央、魔法少女としてすごい活躍してるみたいだね。イロージョナーが全然いなくて、私必要なかったんじゃないかって思う」
「おっと~?あまりの俺の魅力に直視できないパターン?誘惑の罪でちょっと地獄に行ってきまーっすぅ!」
「目標があるから頑張ってるの。1万ポイント貯めると何でも願いが叶う券と交換できるの知ってる?」
「地獄はイケメンお断りだってさ、俺ウェルカムバック!お土産は鬼のサインだぜっ」
会話の合間合間にチャラ猫が入ってきて内容が頭にはいらない。
「ちょっとごめんね」
そう言うと亜央はチャラ猫を掴んで窓の所まで行くと外にポイっと投げ捨てた。
ちなみにここは2階だ。
「で、どこまで話したっけ?」
「1万ポイント貯めると何でも願いが叶う券と交換できるってとこまで」
「そうそう、それでね」
誰もチャラ猫レオの話題に触れようとしなかった。もちろんカッピーも。全員が心の底からウザいと思っていたのだ。
「私、妹が欲しいって願おうと思ってるの」
「妹かあ。お父さんとお母さんに頼んだほうが早くない?」
言ってから気付いたが、こういう性的な話は親には話しにくいかもしれない。小学生までなら無垢な心で言えるが、中学生なら性教育も授業でやっていて、どうやったら赤ちゃんができる?ということは当然知っている。つまり妹が欲しいと親に頼むということは、そういうことをしてね、ということだ。
「あー、うちね両親ともにもう亡くなってるんだ。今は父方のおじいさんとおばあさんが親代わりかな」
「そうだったの、知らなかったとはいえごめん………」
「気にしないで。亡くなったのも私が小さい頃だったから実はよく覚えてないんだ」
おじいさんとおばあさんに頼んでみたら?と言おうかとも思ったが、それでできた子は妹じゃなく叔母さんだ。
「………ポイント、早く貯まるといいね」
凛はこの街でのポイント集めは亜央に譲ることにした。凛の完全な敗北である。
「うん。あ、でもね、急にこんなこと言ったら変って思われるかもしれないけど」
「なに?」
もじもじしてる亜央がちらちら凛を見る。
「凛って妹みたいだよね」
「はい?」
「ねえ凛、私のことお姉ちゃんって言ってみてくれないかな?」
「えっと………」
凛は亜央が何を言っているのかわからなかった。というか凛の理解を超えていた。
亜央は常識人という凛の認識がパラパラと崩れ初めてきている。
「ダメ……か。そうよね………同級生をお姉ちゃんなんて呼べないよね」
「そんなことないよ………お姉ちゃん」
「っ!もう一回お願い!」
「お姉ちゃん」
29歳にもなって年下を「お姉ちゃん」と呼ぶ時が来るとは。
凛自身姉はいなかったから新鮮というか、ああそういえば自分も子供の頃姉が欲しかったなと思い出した。そういう意味では凛の子供のころの願いが叶ったと言えなくもない。皮肉な形だが。
「凛~!!」
亜央が突然凛に抱き着いてきた。
驚きのあまり凛は動けなかった。
「凛は妹よ!もうポイントは必要ない!凛さえいれば!」
「えっ?えっ?えーっ!?」
「結果としてあの街でポイントを集めることができそうカピな。良かったカピな、妹の凛ちゃん」
凛に抱き着き顔を胸のあたりに埋めている亜央。何が何だかわからずおろおろしている凛。
カッピーだけが冷静に状況を把握して、話をまとめた。
「えーっ!?」
オーディオコメンタリー風なあとがき
凛「4話目にして新キャラ登場。今日はその亜央さんに来ていただきました~」
亜「初めまして、黒絵亜央です。よろしくお願いします」
凛「真面目過ぎ。ここはそんな畏まるようなコーナーじゃないから。いえーいとか言っときゃいいの」
亜「そう?それじゃ。やあみんな!亜央だよ!よろしくいえーい!……って、なにさせるの」
凛「勝手にやったやん」
亜「うっ。ま、まあこの4話で使い魔協会と私、二人目の魔法少女の登場というわけだけど」
凛「いやー人数増えて助かるわー。このあとがきもいつもカッピーが相方だとマンネリになってね」
亜「作者でも呼んだら?」
凛「忙しいってさ」
亜「どーせアニメとスマホゲーでしょ?」
凛「だろうね。そんな暇あるならもっと更新ペースあげろっての。んで私の出番増やせ」
亜「まあ作者をディスるのはこのくらいにして、私の妹萌え設定は何なの?アホなの?作者」
凛「まだディスってるし……。亜央はまだいいって、私なんか散々な扱いよ」
亜「一回奴のとこに乗り込んで教育が必要なようね」
凛「やりますか。それじゃあ次話もよろしくっ!」
作「何、その手に持ってるの……?や、やめ……ひぃっ!」