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3.魔法少女は悪魔に似ている

「変身に時間かかり過ぎカピ………」

「そう?」

「他人に見られるわけにはいかないから、見た目なんかどうでもいいカピ」

「大人の女性としてはそういうわけにいかないの。万が一写真をとられてネット上にアップされた時とか、なるべく綺麗に写りたいし」


 子供と考える視点が違い過ぎて面倒なことこの上ない。

 凛としてもネットに画像をアップされるのはなるべく回避したいが、載っちゃった時のために最低限のメイクと着替えはしときたい。

 魔法を使って変身したら早いんじゃ?と思われるかもしれないが、それだと毎回服を変換しなければならず、凛の普段着る服がなくなってしまう。そこで、有事の際にはあらかじめ用意しといた魔法服に着替えて出動することにした。一応、着替えが早くなるように工夫はしてみた。編み上げブーツなんかいちいち結んでられないから、サイドにファスナーのあるものに変換してさっと履けるようにする、等。

 ちなみにメイクはどうやっても魔法でできなかった。できたら普段も楽だったのに。


「そうなった時は魔法少女は辞めてもらうことになるカピ。これは規則カピ」


 本当はそんな規則はない。だけど、こうでも言っとかないと凛の性格からして他人にバレる可能性がかなり高い。使い魔としてはあまり公にしたくないから。あと、辞めてもらう口実にもなるし。


「そうなの?まあ見つかったら記憶を消すか、動物にでも変えたらいいんじゃない?」

「冗談カピ?」

「ううん、本気」


 ナイスな笑顔で凛は答えた。


(やっべー、こいつやっべー)


「幽霊はともかくとして生きている人間を動物に変えたりなんかしたらそれこそ大問題カピ!魔法少女の資格はく奪どころじゃすまないカピ!場合によっては存在を消されてしまうこともありえるカピ!」

「えっ、それは困る」

「だから百歩譲って、記憶消すくらいに留めとくカピ」


 魔法少女本人のみならず、その使い魔も監督責任とかで存在を消される、もしくは、蠅とかに変えられてしまうかもしれない。


「了解~」

「じゃあそろそろ行くカピ………」


 毎回毎回こんなやりとりしなきゃならんのかとカッピーは出かける前からもう疲れていた。


「この格好で歩いていくの?」

「そんなことしたら職務質問されること間違いなしカピ。魔法少女の服を着たらオプションで飛べるようになっているから飛んでいくカピ」

「へーどれどれ?」


 凛が軽くジャンプすると、ふよふよ~と浮き上がった。


「おお……、おお!何この感じ、全能感っていうの?私は今人類の夢である飛行補助具を用いない飛行をしている!もう私を止められるものなど存在しない!ちょっと世界の果てまで行ってくる!」

「行くのは自由カピが、絶対太平洋のど真ん中で魔法力が尽きて落ちるカピよー」

「アーイキャーンフラーイ!」


 聞いてない。

 勢いよくベランダから飛んで出ていった凛を見送るカッピー。


「さようなら凛。もう会うこともないカピ………。短い間だったけど………あー、特に思い出もないカピな」


 んじゃ、って感じで部屋を出ていこうとしたら、凛がすぐに戻ってきた。なにやら難しい顔をしている。


「やっぱ無理、日差しが強くて。日焼け止めクリーム塗ってないから焼けちゃう。もう夏だよね~」

「………」


 短い自由だった。





「で、そのイロージョナーだっけ?はどこにいるの?」


 しっかりとSPF30、PA+++の日焼け止めクリームを肌に塗り、さらに日傘を持って部屋を出た凛。

 今凛とカッピーがいるのは、凛のアパートの最寄駅からほど近い、飲食店などが入る10階建雑居ビルの屋上だ。そこから駅周辺の繁華街を覗いている。20年ほど前までは大勢の人で賑わっていたがここ10年で人足が随分遠のいた。あと10年もしたら完全に寂れて、さらに10年したら大規模都市開発により消えてなくなってしまうかもしれない。


「奴はどこにでもいるカピ。魔法少女なら気配を感じ取ることができるはずカピ」

「……言われてみれば思い当たることがあるかも」


 カッピーはちょっと感心した。

 この女、言動はかなりアレだが魔法少女としての才覚はかなりのものかもしれない。


「わたしがいつも買ってる弁当屋、最近ご飯の量が少ない。絶対イロージョナーのせいだよ!うん!」

「経営難で減らしただけだと思うカピ………」

「弁当屋のおばちゃん、なんかピリピリしてる。イロージョナーのせいだよ!」

「夫婦喧嘩しただけだと思うカピ………」

「その弁当屋の男の子、挨拶しなくなった。イロージョナーのせいだよ!」

「反抗期なだけだと思うカピ………」


 何でもかんでもイロージョナーのせいにするんじゃない!さっきの感心を返せ!とカッピーは叫びたかった。


「はぁ……僕がスポッターをするカピ………。薬局の前のポストが見えるカピ?」


 どこからか取り出した双眼鏡を見ながら凛に対象を指示するカッピー。


「見えるよ。横にサラリーマン風の男の人が立ってる」

「その男、イロージョナーに浸食されてるカピ」

「え!?………確かに、ただならない気配を感じるかも」


 その男は眼窩が落ち窪み、頬が痩せこけていた。知り合いにいたら即刻病院で検査を受けることを勧めるくらい具合が悪そうだった。

 ビジネスバッグを胸に抱え、辺りをキョロキョロ見ている。そして、人の流れが途絶えた瞬間に建物と建物の間の路地に消えていった。


「イロージョナーに浸食されると悪事や犯罪といったものに対する抑制心が効かなくなるカピ。おそらくあの男も」

「どうするの?あのままにしとくわけにはいかないでしょ?」


 建物から出されたゴミだろうか、その前で男は鞄を開けてがさごそしている。


「魔法であの男を撃ち抜くカピ。そうすれば正気に戻るカピ」

「わかった」


 G3A3を膝撃ち姿勢で構えてスコープを覗く凛。そこには男がライターに火をつけて、今にもゴミに放火しようとしている姿が映し出されている。


「撃っても………死なないよね?」


 一応確認する。


「大丈夫カピ」

「………本当に死なないよね?」

「早くやるカピ!」

「ええい!」


 距離はおよそ100メートル。この距離なら地球の自転のコリオリ力も重力による弾道落下もほとんど考慮する必要はない。風もなく絶好の狙撃日和。凛でもヘッドショットを狙えそうだ。

 スコープのレティクルを男の頭に合わせ、3回呼吸をした後もう1回吸ったところで息を止め、トリガーに掛けた指に力を込めた。

 魔法の弾丸は音もなく男に向かっていき、頭を貫いた。


「ヒット」


 実はそんなに狙わなくても、魔法なんだからイメージするだけで当たるんだけどなーと思いながらも、凛がそれでやり易いなら水を差すこともあるまい、とスポッター役を淡々とこなすカッピー。大人である。


「当たった!あ、男から何か出てきた」


 男の頭から黒っぽいネバーっとしたものが出て、地面に落ちるとテニスボール大の玉に変わった。男のほうは撃たれて倒れていたがやがて起き上がって憑き物が落ちたような顔をして歩いて去っていった。放火は未遂に終わったようだ。


「さ、回収にいくカピ」





 ビルの屋上から路地裏に移動した凛は謎の黒い玉の前にいた。


「ねえカッピー、これ触って取り憑かれたりしない?」

「その状態なら取り憑かれないから安心するカピ」


 黒い玉を手に取ってみると、コンビニの肉まんくらいの温かさがあり、コンビニのアメイジングなロールケーキくらいの柔らかさだった。力を入れて握ってみると同じだけ押し返される感じがする。


「なんか……気持ち悪い。生きてるみたい」

「みたいじゃなくて生きてるカピ。仮死状態カピが」

「うえっ!?」


 凛は思わず手を放してしまった。落下した黒い玉は地面に当たるとぽよよんと跳ね返って、それをカッピーがキャッチした。


「慎重に扱ってくれカピ。これを一定数集めると使い魔協会でいろんなものと交換してもらえるカピから」


 そう言うとカッピーは、これまたどこかから取り出した某テーマパークの人気キャラクターがプリントされた風呂敷で黒い玉を包んだ。同じ種族だけあってリスペクトしているのかもしれない。


「そんなポイントシステムがあったなら早くいってよ!ますますやる気がでてきた!具体的には10割増しくらい!」

「物欲にまみれるとろくな目に遭わないカピ」

「それで、何に交換してもらえるの?」


 わくわくという擬音が聞こえてきそうなほど瞳を輝かせ、顔を接近させてくる凛。暑苦しい。よく見たら汗でメイクが少し崩れている。ウォータープルーフのコスメではないらしい。


「例えば………5ポイント貯めるとキャベツ5個とか」

「へえ~」

「10ポイント貯めるとリンゴ10キロとか」

「へえ………」

「なんと100ポイント貯めると牧草のロール1つまるまるもらえたりするカピ!」

「………」


 牧草のロールなんて個人でなかなか手に入らないからごちそうである。………カピバラにとっては。


「食べ物ばっかりじゃない!ってか餌ばっかりじゃない!あんたの!」

「そんなの当たり前カピ。使い魔協会のポイントシステムなんだからカピ」

「私が働いて稼いでも全てあんたのものになるとか、どんなブラック企業、いえ、ブラック魔法少女よ………」


 凛のやる気メーターの回転数がアイドリング状態より下がって、もう止まる寸前だ。


「そういえば人間向けのものもあったカピ。1万ポイント貯めるとなんでも願いを1つ叶える券と交換できたはずカピ」

「何その素敵アイテム!本当に何でも!?ねえ、ねえ、ねえ!?」


 凛のやる気メーターの回転数はぐんぐん上がり、レッドゾーンに突入した。


「ちょっと離れるカピ………。何でも、とは言っても悪いことはもちろんだめカピ」

「身長よ、ふふ、身長を165センチに、えへ、えへへへ………」


 願い事の内容はいたって普通なのに、何か悪いことを企んでいるような顔になっている。正直気持ち悪い。


「………まあ頑張ってカピ」

「平日は仕事でほとんど活動できないことを考えると、土日に一気に稼がないと。1日に50ポイント稼ぐとして、月にだいたい400ポイント。1万ポイント貯めるのに25ヶ月。2年か~。中学生の時に身長が伸びなくなって約15年、この低身長に耐えてきたことに比べたら2年なんて苦じゃないわ!」


 休み全てを魔法少女の活動に充てるとか、この女どんだけ暇なんだ。そしてどんだけ友達いないんだ。カッピーは呆れるというより同情したくなってきた。


「僕にもポイントは分けてほしいカピ。5:5でお願いするカピ」

「ちょっと!それはないでしょ。ほとんど私がやるんだから、私が9でカッピーが1が妥当じゃない?」

「僕がいなかったらそもそも魔法少女になれなかったことを考えると、そんな提案受け入れられないカピ!」


 ここはカッピーにとっても譲れないところだ。何せ使い魔協会から資金援助はないから食糧は自前調達が基本である。死活問題なのだ。


「じゃあ8:2で」

「酷いカピ!僕に飢えろと言うのカピ?」

「7:3!これ以上はまけられない!」


 醜い争いを続ける1人と1匹。

 いくら路地の奥のほうにいると言ってもこれだけ騒げば通行人が気が付く。しかし、気が付いても中学生くらいの女の子が変な格好をして犬っぽい動物に話しかけてるのを見ると、何事もなかったように通り過ぎていった。誰もこんなのに関わりたくないのかもしれない。食卓の話題の提供になっただけだった。


「はあっ、はあっ、じゃあ7:3で、プラス毎日キャベツとリンゴを1個提供ということで」

「はあっ、はあっ、商談成立カピ」


 がしっと握手をして、さらに後々問題にならにように契約書まで書いた。


「ところで、さっきので何ポイントになるの?」

「あれは小物だから1ポイントカピ」

「1ポイントかぁ。まだ先は長いな~。じゃあ狩りの続きに行きますか」

「それが、もうこの辺りにはいないみたいカピ」

「何でよ!?まだ今日のノルマ全然達成できてないのに!」

「どうやら他の魔法少女が優秀みたいで、イロージョナーが現れるたびにすぐ退治してるみたいカピ」


 ということは、この街は犯罪等が少なく平和だということである。

 本来ならば喜ぶべきことなのだが、しかし凛にとってそれは看過しがたいことだった。


「私の野望を阻むとは………そいつ、今のうちに潰すか?」


 凛の顔が邪悪に歪んだ。


「それじゃまるで悪人カピ………。そんなことやめてくれカピ。今度会う機会を設けるから、そこのとこは話し合うカピ」


 使い魔として、魔法少女が犯罪者になるのはなんとしても防がねばならない。


「えー?それがだめならイロージョナーを養殖してさ、それをばら撒いて自分たちで狩ろうよ」


 もう考え方が悪の組織のそれである。

 まず狩らなければならないのはこの女かもしれないとカッピーは思った。


「それはマジでやめてくれカピ………。この街にイロージョナーがいなかったら出張して退治しにいけばいいカピ。都市部に行けば行くほど奴らは増える傾向にあるカピから」

「なんだ、そうならそうと早く言ってよ」


 ダーティーな手段を使うのは凛としても本意じゃない。が、身長のためならやむを得ないとも思っている。それほど低身長にコンプレックスがあった。


「で、どうするカピ?これから都市部に行ってみるカピ?」

「うーん、行きたいんだけど、昼から通販で荷物届くことになってるから遠出はやめて今日は帰ることにする」


 大手通販会社のMississippiミシシッピからアレが届くのだ。


「そうカピか。じゃあ僕はこれを使い魔協会に持っていってポイントにしてくるカピ」

「よろしくねー。ところでカッピーはどこで寝泊まりするの?」

「凛のアパートカピ。戻ってきたら入れてくれカピ」

「うちのアパート、ペット禁止だよ?」


 昨日はなし崩し的に泊めることになってしまったが、見つかったら契約違反でアパート追い出されてしまう。幽霊付きだったとはいえ破格の安さだったのは助かってたので今追い出されたくない。


「僕は使い魔カピ」

「世間的にはペットよ」

「………」

「………」

「頼むカピ!野宿なんてしてたら今度こそ保健所に通報されてしまうカピ!」


 必死の形相でカッピーは頼み込んでくるが、凛にとってはデメリットしかないので簡単に「はい」とは言えない。


「今までどこで寝てたのよ?そこにいけばいいじゃない」

「以前の担当の魔法少女のとこにいたカピが、彼氏ができて魔法少女を辞めるからって追い出されたカピ………。それからは橋の下とかで寝てたカピ………」

「………うん、いいよ。私のアパートにおいで………」


 あまりにも切ないカッピーの話を聞かされて、凛は承諾した。


「ありがとうカピ!でも大丈夫カピ?ペット禁止って」

「それはなんとかする。こっちには切り札があるの」


 そう言って笑う凛の顔は人間を堕落させる悪魔に似ていた。





「あ、もしもし、203号室の一乃宮です。どうも。あのですね、ペットを飼えないかなーと思いまして。ええ、それは知っています。ペットといってもネズミ系のハムスター的なやつです。鳴かないですし、汚しません。だめですか………。そう言えばこの部屋、何かあったんじゃありません?誰もいないはずなのに音がしたり、人影を見たりするんです。はあ、そうでしたか。いえいえ退去はしません。最近はネットで情報が拡散するのが早いですよね。え、私は現代社会の情報に対する貪欲さを言っただけですよ?………よろしいんですか?ありがとうございます!では失礼しまーす」

オーディオコメンタリー風なあとがき


凛「なんだかんだで3話!」

カ「思ったカピが、サブタイトルがおおげさというか誇大表示じゃないカピ?」

凛「いわゆる釣りって言うの?確かにこれ見た人は勘違いするかも。ってこの悪魔って私のことだよね!?」

カ「話の最後のアパート管理会社脅迫電話の件だと思うカピ」

凛「待って。文面をよく見て。どこに脅迫要素があるっていうの?ここでは純然たる事実を述べているだけ。法廷に持ち込まれても勝つ自信があるよ」

カ「そういう所が悪魔に似ているってことカピ……」

凛「いやでもこういうの社会じゃ普通よ?スレスレを攻める感じ」

カ「そうかもしれないカピが、魔法少女としては限りなくアウトに近いカピ」

凛「魔法少女は清廉潔白じゃないとダメっていう固定観念を壊すのは私だ!」

カ「あんたは一体何を目指してるカピ……」

凛「はいはーい、んじゃ内容に触れるよ。イロージョナーを退治するとポイントが貯まって何でも願いが叶う券と交換できるってこれ、なんか胡散臭くない?」

カ「というと?」

凛「だってさ、そんなにイロージョナーを退治したいんなら、使い魔協会がその券を使ってイロージョナーをこの世から消してしまう方が絶対楽じゃん」

カ「一理あるカピ。まあそのへんも後々明らかになるんじゃないカピ?」

凛「おっともしかしてこれは触れないほうがよかったのか?」

カ「作者は今頃戦々恐々としてるかもカピ」

凛「ふふふ」

カ「次話もよろしくカピ~」

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