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22.お持ち帰り

 ダンボール箱。

 それはかの有名な御方も使用していた隠密行動を補助してくれる素敵装備。これを装備すればたとえ見つかりそうになっていたとしても敵は忽ちのうちにこちらの姿を見失い素通りするのだという。だがどんなダンボール箱でもいいというわけではない。まず、自分の体にしっかりフィットするものを選ぶこと。大きすぎるものや小さくて体の一部がはみ出すものはダメだ。次に、その場にあっても不自然でない物にしなければならない。表面に『北海道産じゃがいも』と印刷された箱が研究施設なんかにあったら誰もが何だこれはと不可解に思うことだろう。あとこれはできればだが、なるべく頑丈なものが良い。理想は二重になっているWフルートだが、なければAフルートかCフルートのものでも構わない。

 さあ君も自分に合ったダンボール箱を被ってみよう!





 ということで凛は今、自分にぴったりサイズのダンボール箱を被ってこの空間からの脱出を試みている。


「この直線が問題か。ライブラリンからは丸見えなんだよね。あいつこっち向いたままピクリとも動きやがらない。お茶がそんなに欲しいなら自分で淹れればいいのに」


 書架の角から手鏡を少し差し出してライブラリンの様子を窺っていた。ライブラリンの視線さえ逸れればその隙をついてここの直線が渡れる。そしたら扉まではあと僅かだ。焦るなと自分に言い聞かせ必ず来るチャンスを待つ。

 すると、そのチャンスは間もなく訪れた。


「お?」



 ライブラリンが何かに気を取られ後ろを振り向いた。


「今だ!」


 素早く、だが慎重に音をたてないように5メートル程の通路を横断する。たった5メートルがものすごく遠く感じられた。

 渡りきって一息つく。そしてライブラリンに気付かれてないか、そっと様子を窺った。どうやらこちらには気付いてないようだ。二度目の溜息を吐いた。


「ここまでくればエスケープ成功したようなもんよ。じゃあ帰りま」

「なあ何してんだ?」

「!?」


 誰もいないと思っていた背後から急に声をかけられて驚かない人なんて滅多にいないはず。その声が知り合いのものだったとしてもだ。

 凛の口から叫び声が出なかったのは驚きのあまり逆に声が出なかっただけなのだ。


「これ木の皮でできてんのか?にしてはつるつるだけど」


 声の主、ヒメは凛の被っているダンボール箱をつついたりバンバン叩いたりちょっと齧ってみたりとやりたい放題。


「ちょっとやめなさい!ライブラリンに気付かれるでしょうが!っていうかいつからいたの!」

「あいつがさ、あんたがなかなか戻ってこないからウチに見にいってこいって。そしたらあんたがそれ被ってるの見つけてさ、何してんのかなーと思ってずっと後をつけてたんだ。本当に何してんの?」

「全然気が付かなかった……すごい」


 凛がスニーキングミッションをしてる間、その背後で足音をたてず気配も感じさせず、ただ追尾していたという。


「村の男連中はこれくらい朝飯前だぜ?狩りの必須技術ってやつ。女の人はたぶんできねーかな」

「へ、へえー」


 じゃあなぜ女であるあんたができるんだ、という言葉は飲み込んだ。さっきの音でライブラリンがこちらに気付いたかもしれないので一刻も早くここを出ていきたかったからだ。


「とにかく、私は元の世界に戻るから。それじゃ!」


 もうダンボール箱は不要なので脱ぎ捨てる。戦友に敬礼。


「え!?ラーメンは?ラーメンの作り方教えてくれるんじゃなかったのか!?」


 ヒメが凛の服の裾を掴んで引き留める。小柄に見えてかなりの力だ。凛は後ろに引き倒されそうになった。


「手を離して!私はそんな約束してない。ライブラリンが勝手に言ってるだけ。ラーメンの作り方はライブラリンに教えてもらいなさい!」

「凛のほうがいい!だってあいつコミュ障で話が盛り上がらねーもん」

「何であんたがコミュ障なんて言葉知ってるのよ!?というかコミュ障といわれる人たちも親しくなれば気さくに話してくれるようになるから!って私は誰の擁護してるんだ!」


 さすがにこれだけ騒げばライブラリンは気付くのではなかろうか。


「遅いぞ。一体何をしている」


 ライブラリン登場。気付かれてました。

 逃げ帰ることがライブラリンに知れれば扉を消される。そうなったらもう凛にはどうすることもできない。待つのは一からラーメン作りを調べてヒメに教えるという面倒な日々。凛も別に手間暇をかけて作られた本格的なラーメンを食べるのが嫌いというわけじゃない。むしろ好きなくらいだ。だが凛は3分でできるカップラーメンが本格的なラーメンに劣るとも思っていない。等しく美味しいと思っている。だから自分で作って食べるなら楽なカップラーメンを選ぶ。スープとか麺を作るなんて甚だ面倒くさい。

 凛はそんなことを考えて焦っていた


(くっそー、こんな状況じゃ『加速』を使えるほど集中できない。ならば!)


 後ろに手を回し、背負っていたG3A3のトリガーを2回引く。


「煙幕&身体強化で強行突破だ!!」


 大量の煙が空中で生成されて辺り一面を白く塗り潰した。伸ばした手の先さえ見えない。


「ごほっごほっ!」

「な、何を!?」


 扉のある方向は確認済み。目を閉じ息を止めて床を思いっきり蹴る。悠長に立ち止まって扉を開けている余裕などない。ぶち破って転がり込むのみ。


「どおおりゃああぁぁぁっ!!」


 体が何かに当たった感触と衝撃。身体強化しているから凛は痛くなかった。





 ゆっくり瞼を持ち上げると視界は白一色から緑が多めの景色に変わっていた。扉に突入するのは成功したようだ。


「やった!戻ってこれた!」


 凛が扉の方を振り向くと、今まさに消えていくところだった。ライブラリンが消したのか、それとも衝撃によって維持できなくなって消えてしまったのか。どちらにせよ凛が単独で再びあちらに行くことはこれでほぼ不可能と言ってもいいだろう。


「しゃーないか。惜しい気もするけど本来そんなに干渉していいとこでもないし。でもせめて何か持ってきたかったなぁ」


 リサイクルショップに売ればまとまったお金になりそうなものが無数にあったのを思いだし溜息が出た。


「ん?なんか重い?」


 身体強化の魔法を解いた途端、腰のあたりから下に引っ張られるような重さを感じた。あの程度の魔法で疲れるわけないのに、と思いつつ視線を下に移すとそこにはこの世界に存在してはならないものが引っ付いていた。


「ヒメ!?ついてきたの!?」

「――――――――――――――――。―――――――――――――」

「何言ってるかわかんない……。そっか、あそこを出たからか」


 縄文時代や弥生時代の言語は現代日本語の元になってはいるが、21世紀現在話されている日本語とは発音などがかなり異なっているらしく、もうほとんど別言語と言っても過言ではない。あの空間内では自動的に翻訳されて聞こえていたが出てしまってはその恩恵が受けられない。


「しかしマズイよこれ」


 言ってみればこれは間接的な時間移動にあたる。ライブラリンが管理、禁止している時間移動をヒメは計らずもやってしまったことになる。


「ちょっとぉー!ライブラリン見てるんでしょ!扉繋げてこの子をそっちに戻して!」


 凛はなんとなく空に向かって呼びかけてみた。別にライブラリンがそっちにいるわけではないがなんとなくだ。



《今やっている》


 凛の頭のなかに直接ライブラリンの声が響いてきた。


《しかしこのような事態は想定しておらんかった。本人がこちら側にいれば扉を繋ぐのは容易なのだが、そうでないと時間を細かく調整ができん。今お主のいる時間からどうしても10年20年のズレが生じてしまう》


 ライブラリンの声音に焦りの色が滲んでいる。


「どうするのよ?」

《二つの選択肢がある。お主が以前時間移動を試みた方法でもう一度こちらに来るか、あるいは、今お主のいる時間から10年後に出現させた扉に入るかのどちらかだ》

「オススメは?」

《影響の少ない前者だ。違う時間に長くいればいるほど周囲に及ぼす影響も肥大する》


 また時間移動を試みるとなると凛一人では無理なので亜央と千鶴の協力を取り付けなければならない。亜央はともかくとして、千鶴は前回の件以降何の音沙汰もないのでどんなことを要求されるのか戦々恐々としている凛としては頼みづらいが仕方がない。


「わかった、こっちから繋げてみる。でもすぐは難しいかも」

《致し方あるまい。だが可能な限り早くしろ。前例がない故、世界にいつ悪い影響が出てもおかしくはない》

「りょーかい。あ、そうだ。こっちに戻ったらヒメと言葉が通じなくてさ、なんとかならない?」

《それくらいなら問題ない》


 ライブラリンのその言葉を境に音としてしか聞こえなかったヒメの言葉が現代日本語として凛の耳に届くようになった。


「一人で空に向かって何か喋ってたけど大丈夫か?」

「ライブラリンの声は私にしか聞こえてなかったのか」

「うん?」

「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっとライブラリンと話してるだけだから」


 ヒメのほうからしても凛の話す言葉が急にわからなくなって不安だったに違いない。会話ができるようになってほっとしている。


《最後にこれが重要なのだが》

「何?」


 ライブラリンの勿体振った言い方に、ヒメの扱いについて何か特別注意しなければいけないことがあるのだろうか、と凛は身構えた。


《そやつにラーメンの作り方は教えておくように》

「結局私が教えるんかーい!!」


 かーい!かーい、かーぃ、ーぃ……。

 凛の叫びは虚しく山にこだまして、それきりライブラリンからの応答は無かった。





「とりあえず私の部屋に行ってその格好をなんとかしよう。この時代じゃ目立ちすぎるから」

「そうか?」


 今の凛の魔法の衣装もほぼコスプレみたいなものだからどっちにしても目立つ。五十歩百歩である。

 今凛たちがいる山中から凛のアパートまではおおまかに言って10キロメートルくらい。凛一人だったら転移魔法で移動する距離だ。だが凛とヒメ、2人分の転移魔法は凛の魔法力量では不可能だ。したがって、必然的に飛行魔法で戻ることになった。


「おお~!鳥みたい!なあなあ、あれ何だ!?すっげー!」

「暴れないで、大人しくしてて!落ちるからっ!」


 ヒメにとっては目にするもの目にするもの新鮮で驚くものばかり。気になったものは全部あれは何だこれは何だと質問し、凛がそれにヒメでもわかるような言葉を選んで答えていく。正直、答えに非常に困るものもあった。

 例えば学校を指さしてあれは何と聞かれ、凛は『子供たちが勉強をするところ』と答える。するとヒメが『勉強って何だ?』と掘り下げてくる。そう、ヒメの時代に勉強という概念がないのだ。大人たちから見て聞いて学ぶということはある。だが机の前に座って本を開いて、計算の仕方だとか過去の歴史で何があったとかそんなことを憶えることはしない。それより今日明日食べる物を確保することが重要なのだ。勉強といものをヒメが理解できるほど説明できる自信のなかった凛は『暮らしに役立つことを習得すること……かな?』と抽象的に答えておいた。それはヒメの中で獲物の解体の仕方や水源の見つけ方という風に変換された。

 そんなこんなで、ふらふらと危なっかしい飛び方でなんとか凛の部屋に到着。それだけで凛はぐったり疲れた。


「ウチの暮らしてたときから2000回くらい季節が廻ったのがここなんだっけ?よくわかんねーけど、なんかすげーな!」

「はあ、さいですか……」


 まだ夕方にもなってないが今日はもう何もする気が起きなかった。


「この時代の人はみんな空を飛べるのか?」

「そんなわけないでしょ。私以外に飛んでる人見た?」

「そういや見なかったなぁ」


 何もする気は起きない凛だったがヒメの臭いがちょっと気になる。


「お風呂入ろっか」

「オフロ?」

「お風呂もないんだっけ。体を洗うの」

「なーんだ。じゃあ川に」

「行かなくていいから。家の中で水が出るからっ」

「マジでっ!ちょー便利じゃんか!」

「はいはい、そうだね、便利だね。ほら脱げ」


 ヒメの着ている服を剥ぎ取り洗濯機に放り込む。ついでに凛も風呂に入るべく裸になる。そして比べる。落ち込む。


「どしたの?」

「いや、なんでもない……」


 最近の子は成長が著しい。あ、最近の子ではなかった。


「頭から洗うからそこ座って目を閉じてなさい」

「自分で洗えるって、ガキじゃないんだから」

「どうせ水ぶっかけて終わりなんでしょ?現代式でやってあげるから大人しく座っとれ」


 こうして改めてまじまじとヒメの体を眺めると、ヒメが現代の子ではないと実感できる。第二次性徴により体の各所が丸みを帯びてきているのは現代の子と同じだが、無駄な脂肪がほとんどないというか全体的に筋肉質である。そしていたるところに傷があり、よく日に焼けている。ザ・野生児といった印象。


「お湯かけるよー」

「え、お湯?うわっ、熱!?何でお湯があんの!?」

「あ、ごめん熱かった?でも気持ちいいでしょ」

「うん、粒の小さい水が温かくて、はぁ~……」


 ヒメはシャワーのお湯を頭からかけられて蕩けそうな表情をしている。妙に艶っぽい。

 シャンプーをするためにお湯を止めたら名残惜しそうにしていた。


「シャンプーするからいいと言うまで絶対目を開けないでね。開けたら想像を絶する苦痛を味わうことになるよ」

「ウチ今から何されるの!?」


 シャンプーが目に入ってもしみる程度だからすぐ洗い流せば問題ないが、騒がれても面倒と思いちょっと大げさに脅しを入れておいた。

 ヒメの髪の長さは肩口に届かないくらいのショートだからシャンプーは2プッシュほど出す。掌でよく泡立ててから頭皮を揉むように髪を洗っていく。頭皮は他の皮膚より感覚が鈍いので少し強めにするほうが気持ちがいい。耳の後ろも念入りに。


「あんぎゃぁー!!目がぁーっ!!」

「あれだけ言ったのに何で目を開けるかなぁ。ああこすらないで、今流すから」


 好奇心に負けたのか目を開けてしまってシャンプーの泡が目にしみたようだ。凛がシャワーでシャンプーを流してやって目の周りを洗ってあげるとようやく落ち着いた。


「怖えー、いい匂いがするから何かと思ったら怖えー」

「じゃあ次はコンディショナーで、それからトリートメントね」

「ま、まだあるのか……」

「さっきのは汚れをとるやつ。んで次のが髪質を整えるやつ。その次が髪をさらさらつやつやにするやつ。今度こそ目を開けるなよ~。これは振りじゃないぞ?」


 凛が言葉を終える前にヒメはその双眸をギュッと固く結んだ。例え世界が滅んでも目は開けないという不退転の決意が見てとれた。

 それ以降は滞りなく進行し、凛も自身の髪と体を洗った後ヒメと仲良く浴槽に浸かった。

オーディオコメンタリー風なあとがき


亜「これは一体どういうことなのか、説明してもらおうかしら」

凛「亜央さん、怒ってらっしゃる?」

亜「当たり前よ!前回あとがきで次は出番あると言われたから美容室行ってネイルサロンにも行って完璧な状態に仕上げてたのに、出番は無いわ凛だけあんな可愛い子とお風呂に入ってるわ、どうせあの後一緒に寝たんでしょ!?羨ましい……」

凛「そりゃ私、布団は一組しか持ってないから……。なんか怒るポイントがズレてきてない?」

亜「はっ!私としたことが取り乱してしまったわね。冷静に冷静に……。判決、『有罪』」

凛「何でさー!?」

亜「未成年者略取、青少年保護育成条例違反、強制わいせつ。ネタはあがってんだよっ!」

凛「冤罪だ!そんなこと言ったら亜央だって住居侵入やら脅迫してるでしょ!」

亜「さあ、なんのことかしら。私は何もしてないわよ。ただこれこれが知りたいなーって独り言言ってるだけ。不思議よね、そしたらいつの間にか机の上に情報が集まってるんだもの」

凛「……」

亜「あーあ凛もとうとう前科持ちになっちゃうのかー。残念だなー。その子を紹介してくれたら私は何も見てないのになー」

凛「亜央に紹介するほうが危ない匂いがする」

亜「塀の中にいても凛は友達だからね」

凛「だーっ!わかったよ!今度紹介するから」

亜「よっしゃ」

凛「次回、亜央とヒメが接近遭遇?お楽しみに!」

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