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15/26

15.笑いの道は奥が深い

 ここは凛たちがいた海水浴場から少し離れた所にある、安全性が確認できていないという理由で公には海水浴場と認められていない海岸である。岩がごつごつとしていて泳ぐのにも寝転がるのにも適してない。潮溜まりなんかはあるので好きな人は好きだろうが、そこに至るための道も当然整備されてないから人影は見当たらない。

 凛と亜央以外は。

 あ、カッピーもいるけどカピバラなので人影としてカウントしない。


「凛が一生のお願いって言うからとりあえず文字通り飛んできたけど、一体どうしたの?」


 謹慎中の亜央がここにいるのは凛のたってのお願いだったからだ。

 イベントで海に行っているはず凛から切迫した様子で電話があって、理由や何があったかを尋ねても答えてくれない。これは何か大変なことが起こっている、そう判断した亜央は後で祖父に叱られることも承知で家をこっそり抜け出し、最高速で凛との待ち合わせ場所に駆け付けた。

 空から見た手を振る凛の姿は変身はしていても他に異変は見受けられない。そのことにまずほっとしたが謎はますます深まるばかりだった。


「亜央に頼みたいことがある。亜央じゃなきゃできないこと」


 自分のことを「お姉ちゃん」と呼ぶことをせず「亜央」と呼ぶ凛の真剣な眼差しに亜央は射抜かれ、次の言葉を待つ。


「でもその前に亜央に謝らないといけないことがあるの。もしかしたら、怒るかもしれない。でも頼みごとをするからには筋を通したい。結果、亜央が私のことを嫌いになってもしょうがないと思う」

「んー?とにかく話してみて」


 亜央は疑問符を浮かべながら先を促す。


「うん、実は……あー、えー、えふんえふん、そのー、なんだー、人というのは誠に不完全なものでして、己の保身のために虚言を用いることもあれば道を誤ってしまうこともございます。昔の人はコギト・エルゴ・スム、われ思う故に我あり、と言っていますが自身の存在を決定づけるのは結局のところ他人からの認知によるものが大きく、自分の価値を高める為に他人を利用する行為は自己の肯定と否定のどちらの性質も持ち合わせている言わば矛盾した自我形成の……」

「何の話カピ―――!」


 訳の分からない話に苛立ったカッピーの飛び蹴りが凛にヒットし、たたらを踏んだ凛の左足が潮溜まりにドプリと浸かる。


「痛った……。何すんのよっ!」

「凛が変な話をしてるからカピ!」

「変な話とは心外な。私はね、人というのは他者という鏡に自分を反射させて自己を確立させる主観性と客観性の混合存在だという話を」

「そんな話をしに来たんじゃないカピ!さっさと本題に入りやがれカピ!」

「おお、そうだった」


 秘密を打ち明ける覚悟をしてきたものの直前になってやはりちょっと不安になり、言葉を濁して迂回して脱線してそんなことことしてたら本来の目的を見失って、「人とは何か」なんて永遠に答えが見つかりそうもない哲学めいたことを語ってしまっていた。


「ねえ私帰っていい?今ならまだおじいさんに気付かれなくて叱られずに済むかもしれないし」

「だーっ!ちょ、ちょっと待ってって!今から話すから!」


 ふよんと浮かび上がった亜央の細く長い脚にしがみついて、なんとか行かせまいとする凛。


「しがみつかないでよ重い!脚ちぎれるっ!」

「失敬な、亜央よりは軽いって」


 亜央はなんとか引き剥がそうと凛の頭をぐいぐい押してみるが、凛も抵抗してしがみつく力を強める。イソップ寓話の北風と太陽のようだった。

 このまま飛んで帰ることもできなくはないが、重いわ痛いわ目立つわでプラスになることは一つもない。

 亜央は早々に観念して着地した。


「わかった……はぁ」

「いやーさすが亜央様!その慈悲深き御心、マジ天使!マジ女神!明日から毎朝亜央様の写真に向かってお祈りします!」

「絶対やめて」


 膝をつき手を組み祈るその様子は敬虔な信徒のようである。が、亜央はそんな怪しい宗教の崇拝対象になどなるつもりはない。


「次に話が逸れたらしがみつく隙もないくらいの速さで飛んで帰るからね」

「お、おふ……心得ました」

「さ、話して。要点をまとめてすっきり簡潔に面白く」

「面白く!?前置きで亜央が怒るかもしれないって私言ったよねぇ!?それなのに面白くって、ハードル高くない?」

「面白くない話を聞いてもしょうがないでしょ?」

「それはそうだけど……」


 実は大人で14歳もさば読んでます、騙してごめんね。これがどうやったら面白くなるというのか。

 凛は考える。


「カッピーちょっとちょっと」


 凛の手招きに応じてカッピーが近寄ってきた。


「何カピ?」

「話聞いてたでしょ?面白く話さないと亜央の協力が得られないかもしれない。だからここは一つカッピーも力を貸して」

「何する気カピ?」

「こんなのはどう?ごにょごにょ……」


 説明を受けたカッピーは露骨に嫌そうな顔をした。


「本気、いや正気カピ?」

「わかんない、狂ってるかも。でも本気」

「うー今回だけカピよ……?」


 そう言うと凛とカッピーは亜央の前から離れて近くにあった岩陰に隠れた。

 この時、亜央のなかで二つの考えがせめぎ合っていた。「めんどいなーこの隙に帰ってしまおうか」と「何をするんだろう、わくわく」だ。

 数瞬待っていると二人が岩陰から小走りで現れ、凛の左隣りにカッピーが並ぶ形で亜央に向き合った。


「どもー、凛&」

「カッピーですカピ」

「……」


 漫才スタイルだった。


「この前友人と漁港近くの魚料理店に行きまして、そこで新鮮な魚料理を頂いたんですよ」

「ほうほう」

「特に美味しかったのが鯖の刺身!」

「鯖は足が早いっていいますからね、獲れたてが味わえる漁港近くならではの贅沢カピ」

「鯖といえば実は私、さばを読んでおりまして」

「15歳ではないカピ?すると17歳とかカピ?」

「何歳に見えます?」

「何その合コンで女の子に尋ねられると面倒な質問の代表格……。上に見過ぎても下に見過ぎても不機嫌になるから、ジャスト年齢プラマイ1を探るのにどんだけ気を使うか」

「まあまあ。それじゃ今から年齢当てをやってみません?あなたが年齢を探る側で私にいろいろ質問してください。私はそれに答えるので」

「わかったカピ」


 二人は少し佇まいを正した。


「では質問カピ」

「はい」

「あなたの目の前に枝豆、鶏のからあげ、たこわさがあるカピ。足りないのは何カピ?」

「とりあえず生!」

「大人やん!」

「あと焼き鳥のもも、かわ、砂肝を塩で」

「うるさい。次、鎌倉幕府の成立年度は?」

「1192年」

「迷いもなく言ったってことは、これで少なくとも25歳以上は確定カピ」

「え、え?どういうこと?いい国つくろう鎌倉幕府でしょ?」

「2006年頃から歴史の教科書の鎌倉幕府についての記述が改訂されているカピ。今では1185年説が有力になっているカピ」

「マジで!?……んーまあ、正直どっちでもいっか。日本史の中で1、2を争う興味ないとこだし」

「歴史学者や鎌倉時代ファンに謝れ。……じゃあ最後の質問カピ。土曜日が全部休みになったのは何年生の時カピ?」

「あれは確か……中学3年?だったかなぁ」

「でましたー!あなたは29歳カピ、ってかその姿でアラサー!?」

「違うよ?永遠の15歳だよ?何も言わなくても映画館で中学生料金になっちゃうよ?」

「いい加減にしろカピ」

「「どうもありがとうございました~」」


 二人が同時に礼をした。

 風が吹き抜ける。波が打ち寄せては引いていく。カニが横切る。

 場を沈黙が支配した。


(どういうことカピ?何の反応もないカピよ)

(漫才スタイルよりもコントのほうが好きだったのかなぁ)

(そういうことじゃないと思うカピ……)


 小声で反省と今後の方向性を話し合っていた二人。最終的に一発ギャグスタイルに落ち着きかけたところで亜央から声がかかった。


「漫才の出来の良し悪しは置いとくとして、凛が本当は29歳だったってことよね?」

「そういうことです、はい。嘘ついててごめんなさい」


 凛はペコリと腰を折って亜央に陳謝した。


「……知ってたよ」

「ふぇ?」


 予想の斜め上を行く言葉に変な声が出る。

 それはそうだろう。怒られたり理由を問い詰められたりなんてことがなかったことに加え、隠し通せていると思っていたことをあっけらかんと知っていると言われたのだ。


「だから知ってたの。これが凛の謝りたいことって言うなら私は全然怒ってない」

「え、でも何で知って」

「あーそれについてはむしろ私のほうが謝らないといけないかも……。実は初めて会った日の後、凛の素性を調べさせてもらったの。ほら私のおじいさん、会社の社長って前に言ったでしょ?その、グレーゾーンなことも結構やってて敵が多いらしくて、周囲の人間について調査するのが当然になってるの。だから私も小さい頃から同じように調べる癖がついて。……そのせいで周りと距離置くようになっちゃったんだけど」


 毛先をくるくるいじりながら話す亜央は困ったように笑い、その表情が少し翳った。

 亜央はもちろんクラスメイトも調べている。家族構成、経歴、趣味、思想に至るまで。そんなことしたら学校で友達なんか作れない。その人の表と裏の違いが違和感になり、対応がどこかよそよそしくなってしまうからだ。調べなければよかったと思っても、調べずにはいられなかった。癖、習慣という名の強迫観念。凛のこともそうだった。


「最初はこの子も他の大多数と同じなんだろうなと思ってた。それで調べてみて驚いたのはまず大人だったってこと。私より小さくて可愛かったのに。でもそんなこと私にとっては些細なことだったの。重要なのはそこじゃない。思想に若干の偏向はあるものの裏表の差異がほとんどなくて、この人ならもしかして、って思った。一緒に魔法少女をやっているのは本当に楽しかった。後ろめたさはありつつも、身勝手ではありつつも、その関係を続けていきたいと思った。でも、うん、違うよね」


 手を前で揃えてギュッとした亜央は、意を決したように凛の双眸を見つめる。


「私のほうこそごめんなさい、勝手に調べて。許してもらえるなら今度こそ凛と本当の友達になりたい。私と、友達になってくれませんか……?」


 恐る恐る右手を差し出し頭を下げた。

 目一杯勇気を振り絞った告白。伸ばされたその手は小刻みに震えている。

 凛の反応を待つ間、視線は地面に固定されていて上げることができなかった。


「バカじゃないの?」


 凛の口から紡ぎ出された言葉に亜央の全身がビクっとする。


「本当に、バカなんだから」


 亜央の頭にふっと暖かいものに触れた。凛がそのささやかな胸と小さな腕で亜央の頭を掻き抱いた。


「今日は私が謝るターンのはずだったのに何で亜央が謝ってんのさ。だいたいちょっと調べた程度のことをその人の全部だって思ってこういう人なんだって決めつけるのはちょーっと早いんでない?たぶん亜央が調べた範囲なんて浅い所のさらに表層の部分だよ。ほとんどの人はその表層の中でさらに使い分けてる。……私はあまりやってないけど。深い部分なんて誰にも見せずに墓場まで持っていくのが普通なの。15歳ならまだそのへんの感覚は経験が少なくてわかりづらいかもしれないけどさ、たくさんの人との関わる中でゆっくりでいいからそれを感じて選べばいいと思う。この人は自分と合うかどうかをね」


 よしよしと亜央の髪を撫でてやると、くすぐったかったのか首を竦めた。


「凛ってやっぱり大人だったんだね」

「そーだよ、知らなかった?」

「知ってた」


 笑い声と鼻をすする音が混ざり合って聞こえる。


「……答え、聞かせてくれる?」

「私は亜央のこと友達だと思ってるよ。今までも、この先もね」

「ありがとう、凛……」

「お礼を言うのはこっちのほう、ありがとね」


 凛が亜央の頬についた涙の跡をハンカチで拭いてやる。

 ええ話や~、と二人を暖かく見守っていたカッピーだったが、何かを忘れているような気がしてならなかった。

 ここへ来た目的。もちろん漫才なんかをするためじゃない。


「あっ!」


 思い出した。亜央に協力を依頼するためだったではないか。


「安心したらなんかお腹空かない?ご飯でも食べにいこっか」

「そうね、せっかく海の近くなんだから海鮮系食べなきゃ嘘よね」

「そんなことしてる場合じゃないカピ!」


 携帯端末を取り出して近くのお店を検索していた二人にカッピーがつっこみをいれた。


「何よ?」

「忘れてるカピか?記憶を取り戻すんじゃなかったカピ?」

「……。ふあ―――――っ!!」


 すっかり忘れていた凛だった。

オーディオコメンタリー風なあとがき


亜「2人とも、そこに座りなさい」

凛「何?突然」

カ「どうしたカピ?」

亜「あの漫才はどういうこと?全っ然なってないわ。ボケは平凡だし、つっこみもボケを生かせてない。いい?漫才ってのはね、ボケとつっこみのハーモニーなのよ。リズミカルに繰り返すもよし、あえてテンポを崩すもよし。そうしてお互いの呼吸が一つになって最上の芸術になるの」

凛「亜央、お笑い好きだったんだね……。でもあの、ここはあとがきなんでそういうのはまた別のとこで」

亜「あとがき?そんなもんどうでもいいわよ。二人には今から漫才のなんたるかを学んでもらうから。まずは漫才の歴史から……」

凛「逃げるよカッピー!」

カ「了解カピ!」

亜「あ、ちょっと待ちなさい!」

凛「ふう、逃げ切れたか。こっちは軽い気持ちでやっただけなのにマジすぎるんだもん」

カ「しかも漫才があの出来だからなーカピ」

凛「素人に質を求められてもねぇ」

カ「ここまでのやりとりとかサブタイトルみると15話が漫才だけみたいだけどそうじゃないカピ」

凛「うん。亜央のことが少しわかったりね。っていうか話全然進んでないし!」

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