腐った天使様がこっちを見ている
投稿ペースを速めるため、短めに投稿してます。
クエストの査定が終わるのを、欠伸を噛み殺して待つ。離れた場所ではリックが地べたに直に正座をさせられ、ユミルにこんこんとお説教をされている。
周りの冒険者どもは面白おかしく見ている。中には同情しているものもいるが、救いの手を差し伸べようとはしていない。
説教している時のユミルって、怖いとはいわないが妙な迫力があるからなと、二度目の欠伸をしながら二人を見やる。
リックが助けて欲しそうに俺を見つめてくるが、無視だ無視。少しでもいいからその性癖矯正してもらえ。
あっ、ユミルに頭を押さえられた。こっちを見ろやといわんばかりに、片手で顔を前に向けさせる。こういう時のユミルの腕力は俺を超えているんじゃないかと思える。本当にエルフで職業プリーステスだよな? さすがにリックが哀れに思えてきた。
「リックさんに熱い視線を送る……やっぱり好きなんですね!」
「誰が好きか! 俺はノンケだ! 可愛い女の子が一番だ!」
いきなり邪推され即座に否定しながら振り返ると、真っ白い羽の生えた女が妙に瞳をきらきらさせて俺を見つめていた。
年の頃は俺より上の二十代後半くらいで、水色の髪に蒼い瞳と何処か神秘的な雰囲気を持つ美女だが、口元のヨダレのせいで神秘もクソもねえな。冒険者ギルドの職員の特徴的な青い制服が、髪と瞳の色と相まって妙に似合っていた。
「残念です……。テンタリスさんも男の人の良さがようやくわかってきたと思ったのですが」
「黙れ腐れ天使。お前の価値観を俺に押し付けんな」
「押し付けるだなんてとんでもない! 私はただ、自然に男の人が男の人を好きになるのを、こっそり見て幸せになるのが好きなだけですよ。ただ、愛に迷い躊躇う方の後押しをしたいだけでして。恋のキューピットみたいに」
「やべえぞこいつ。何処からつっこめばいいかわかんねえ……」
大昔、創造神に仕えていた気高い種族と伝承に残るエンジェルとは思えないほど、俗物に染まった腐れ天使に俺は頭を抱えた。
「ご安心下さい。私がきちんと教えて差し上げます。いいですか、リックさんにはヤオイ穴というちゃんとつっこめる穴が存在しまして――」
「つっこみどころ違うからな! 欲望丸出しで俺の言葉を都合よく解釈すんじゃねえ」
さすがに腹が立ったのでじろりと睨んでやると、エンジェルの美女は神妙な顔つきをした。おっ、ようやく道理がわかってきたかと期待する。
「なるほど。テンタリスさんはやはり受けだったのですね」
「やはりってなんだよ! もうやだこの腐れ天使……人の話を全然聞かねえ……」
裏切られ脱力し地べたに蹲った。腐れ天使は優しく肩を叩いてくるが、どうせろくでもないことをまた言ってくるだろうと無視する。
だが、あまりにしつこく肩を叩いてくるので、嫌々見上げると彼女は親指を立てた。
「クエストの査定終わりましたよ」
「……それを先にいえよ!」
本題を後回しにして、散々その場をひっちゃかめっちゃか掻き回した、俺たちの担当ギルド職員に、心からの叫びをぶつけた。
「リックさんへの想いが滾るのはよぉくわかりますが、落ち着いて下さい。まずはあちらのカウンターに座りましょう。仕事とプライベートは切り分けてお話しましょうね」
「誰でもいい。この女に鏡を与えてくれ」
「ギルド職員たるもの、毎朝ちゃんと鏡を見て身だしなみは整えていますよ」
「こいつやっぱ頭腐ってるわ。皮肉が通じねえ」
「ご安心下さい。ある意味腐ってはいますが、皮肉はきちんと理解していますから」
「チェンジ! チェーンジ! まともなギルド職員と交換して下さい!」
腐れ職員は俺の要求に聞く耳をもたず、営業スマイルを浮かべて「まあまあ」とカウンターまで俺を誘導した。
わざと大きな音を立てて椅子に座り、どうせまた腐ったことでもいってくるんだろうと頬杖をついて適当に話を聞き流す姿勢をとる。
「テンタリスさん達のギルドカードと血晶石を照合した結果、クエストは成功したと判断できました。報酬の三十万マネと、血晶石分の六十万マネをお受け取り下さい。また今回の兼でギルドポイントを五十点つけさせていただきました。ギルドカードをお返ししますので、報酬と合わせて確認をお願いいたします」
「………………」
「どうかされましたか、テンタリスさん?」
「……なあ、始めから真面目にできねえ?」
「何をおっしゃいますか。私は徹頭徹尾、真面目で優秀なギルド職員です」
あっ、ダメだこいつ。何をいっても無駄だ。そう悟った俺は、無言で報酬とギルドカードを確認した。
報酬はちゃんと一万マネ金貨、九十枚入っている。一般家庭で三カ月以上暮らせる額だと思うと大金だが、仲間で分け合うとそこまで大きな額じゃねえなあ……。フォレストクイーンの血晶石が、クエスト報酬よりも上の四十万マネでなきゃ、労力を考えるとわりが合わない仕事だった。
「はあ……もう少しくらい色つけてほしいな」
「でもテンタリスさん、野菜畑の持ち主さん、とても感謝していましたよ。毎年収穫時期になると、野菜の味を覚えたフォレストウルフの群が畑を荒らして、かなりの被害になっていたそうですから」
「そういわれれば悪い気がしねえな。俺も元々農家の三男坊だから、マモノに畑を荒らされる被害は身を持って知っている」
丹精込めて俺の作ったトマトを、マモノに全部喰われた時は殺意がわいたもんだ。初めて俺一人で育て上げたトマトだったのによ……。
「へえー。テンタリスさん農家出身だったんですね。三男坊だと家を継げないから、成り上がりを夢見て冒険者になったってところですか?」
「……まあ、そんなところだ。実家にいた頃は、うちの畑を荒らすマモノの囮になってひーこらいってたなあ」
それで俺につられてやってきたマモノを、親父や兄貴がタコ殴りにして倒していた。冒険者以外に血晶石の換金は禁じられているが、自宅で使う分には法に触れない。うちにあった照明の魔道具は血晶石を燃料としていたから、いい節約になっていた。
「テンタリスさんの祝福を鑑みると、正しい判断ですね」
「確かにそうだけどよ、さらっと笑顔で流すんじゃねえよ。初めの頃は死ぬかと思った……」
あの頃はこんなクソ祝福を与えてくれた創造神様に恨み言をいっていたが、今では冒険者で食っていくには欠かせない、大事な贈り物になっている。
「……神様が生まれてくる人間を心配して、一つの才能を与える。だから祝福か……」
そう呟くと、腐れ天使がきょとんとした顔で俺を見ていた。んだよ、似合わないこと喋って悪かったな。ごほんとごまかすように咳払いをする。
「神はあらゆる人間に種別の差なく祝福を与えます。ヒューマンにも、エンジェルにも、エルフにも、オークにも――神の愛は無限です」
……たまには良い事いうじゃねえか。神妙に言葉を返してきたことに感心した。
「もちろん、男の人同士の愛にも祝福を与えてくれます」
「おい、オチをつけなきゃお前は死ぬのか。仮にもお前らエンジェル達の元主だろうが」
やっぱり根元から腐ってやがる。そのうち神様×魔王とか言い出しかねない。
まあ、魔王はもちろんのこと、神様が本当に実在するかはわからないけどな。
ただ一つ、産まれてくる人間は種族を問わずに何かしら才能を一つだけ持って産まれてくることは事実だ。
名も忘れられた創造神を祭り挙げる『トレス教』の司祭が、その才能を見分ける力を持っているので、大抵の人間は産まれてすぐに才能を調べられる。
トレス教の司祭が調べて初めて才能がわかるので、これらの才能は神からの祝福と呼ばれている。
祝福の内容も千差万別だ。料理を作る祝福もあれば、家畜を育てる祝福もある。中には快便の祝福や、すぐに寝られる祝福など、なんとも微妙なものもある。
冒険者向けの祝福ももちろん存在する。例えば俺はマモノの敵意や殺意を自分自身に向けさせる『誘魔灯』と呼ばれる祝福持ちだ。
誘魔灯はある程度の距離、最低でも二十メートルはマモノに近づかないと効果がないが、範囲内のマモノの敵意を俺に向けさせることができる。パーティーの盾役にはまさに天恵といえる祝福だ。
距離などの弱点もあるが、これのおかげで冒険者をやれているといっても過言ではない。
アミアの強力な炎魔法を操る祝福『炎帝』みたいな優れた冒険者向きの祝福に憧れはするが、冒険者向けの祝福を持っていないのに一線で活躍している人もいるので、あるだけ十分だ。
ちなみにリックの祝福は妬みを通り越してしまうほど凄いもので、物語の主人公みたいな人間って実在するんだなと、初めて知り合った時は感心したものだ。
……いつの間にか俺のケツを狙うホモになってしまったことは、神様恨むからな。
「それも神のおぼしめしです。神は男の人同士で愛し合うことを許す……いえ、むしろ勧めております」
「さらっと人の考え読むんじゃねえよ。しかも神を勝手に騙ってんじゃねえ、このペ天使が」
「ナーレさんもよくいってますよ。テンタリスさんは顔に出やすいと」
「あー。はいはい。どうせ俺は読まれやすいですよ、っだ」
大人げないと思いつつもガキのように拗ねながら、俺はそっぽを向いた。
……あれ? 名もないモブギルド職員を出したつもりなのに、書きあがってみれば仲間の女性陣よりキャラ濃くね?