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【第二回・文章×絵企画】緑のおもいで(散文)

作者: インジュン

This illustration was drawn by 陽一。陽一さんのURLは↓コチラ。http://10819.mitemin.net/指定ジャンルなし、必須要素なし。

挿絵(By みてみん)


 僕はかえる。脳漿に鏤められた記憶のあいまをとおって。かつての 日々へ。愛おしき 陽だまりのなかへ。

 さながら 水面とせっぷんするそよ風のように。遍在する 普遍てきな 遡行をくりかえす 意識となって。走馬灯を 繰る。

 馬のはじめの 嘶きが とどろくころには

白く滑らかな母の薫りが ゲル状の苦さを伴って 離れ。


――はじめの入学式。はじめての花見。はじめての旅行。はじめての正座。はじめての卒業式、涙。はじめての告白。はじめての失恋――はじめてのはじめてのはジめてのハジめてのはじめテの―――――――――ハジメテノ。


 はじめてのことは 貴い。貴いことは 異質だ。

まるで 黒いアスファルトのうえで煌めいた硝子の 破片のようなもの。


 ときおりココロが 挫けそうに なった。過ぎてゆく記憶と それが永遠の訣別である 事実に。

車輪が道の凹凸や脆いナニカを 砕いていく。


 すると馬が一度 強く体を震わせて 足を駆けることをやめた。思い出との訣別がとおざかったことに 安堵といちまつの悲しさがあった。

おかしいな、まだはじめてのことはいっぱいあるのに

 いくらまてど馬は 動かない。休んでいるというより動いてやらないと なにか大きな意志を感じた。やがてはそれが 一つの声になったようだった。女性的な 柔らかな。


 おりなさい おかえりなさい


 思わず 笑ってしまった。 ああ、はじめての――


 声に従うままに降りれば あの不思議な どんな色にでも輝きくすむ夜道では ない景色があった。


 真白な漆喰の一軒家と やたらに広い 手がけられた緑の庭。浮かぶように黒い 一つだけのアンティークなベンチ。


 おとうさん、おとうさん、あそぼうよ


 それは聞こえてくるものではない。心の 深くから 沸きあがってくる ……


 なつかしい?


 それは確かに聞こえるものだ。鼓膜の 奥へと 沁みこむような ……


 呆然と 僕は 立ち尽くした。時計の針が 突如として進む。馬と御者のないまま 再び 記憶へと潜る。


庭に遊具ができた。瞬くまに土でよごれていって 数輪の花がはしっこに咲いた。ヘチマやキュウリの植木鉢がおかれ すぐに枯れて 犬小屋ができ すこしだけ穴が掘られた。ベンチはいつまでたっても 磨かれていた。


 だから あなたは ここに かえるの

 しあわせのあかし しあわせのつめあと しあわせそのもの へと


 そして がんぜんの庭は 庭ではなくなった。

ほうぼうに力の限りに伸びた雑草。白亜の壁は 蔦のしげみにとりこまれ あれだけ光沢を持っていたベンチは もう一つの古木のオブジェのようだ。 犬小屋は見あたらず どこか黄ばんだ欠片が 散らばって居るよう に おもえた。


 はじめてのベンチ。はじめてのぬくもり。はじめてのガーデニング……ここはあなたのものではないわ

 ここはあなただけのものではないわ。あなただけのはじめてではないわ……おぼえてる? はじめてここにすわったひを。こどもがかけるのをみるのはたのしかったわ……


 声がうすらいでいく。どうして、どうして――


 これは のこしていくわ。おもいでをけがさないで。おもいでをうつくしくたもって。たもったままにして……わたしの わたしたちの とむらい に


 違う、違うのだ。僕は



 光が、あった。鼓動のおとがやたらと煩わしかった。さだまる焦点に ふたつの顔が浮かぶ。やがて 纏っている白衣が見えた。


「聞こえますか? 聞こえますか?」


 ああ聞こえているとも。だから はやく たたせてくれ。もうあの庭には僕いがいのだれもがいないから、ぼくは いかないといけ ないのだ。

 脳裡に浮かぶ。ひとつの車輪のきしみと馬の嘶きとともに。貶められていく 僕 僕たちの 写真たてが あった。


 荒廃していく 緑があった。

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― 新着の感想 ―
[一言] イラストの柔い不鮮明さと調和した作品だったと思います。 ふわふわと手探りで形をなぞっていくような感覚が続き、覚めた時の「僕」の目に映った緑への流れ。 懐かしさと哀愁ともどかしさが入り交じった…
[良い点] 情景がありありと浮かぶ描写が素敵だと感じます。 [一言]  デュラハンがなぜかふっと浮かびました。  あと、前書きの「written」は絵の場合「drawn」のほうがふさわしいのではと、ふ…
[一言] こんばんは。ソウイチです。 企画作品の執筆、お疲れ様でした。 緑と言うと、「安らぎ」とか「静けさ」といったものを連想しますが、この作品ではそれだけにとどまらないイメージを想起させてくれます…
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