嘘つきな僕と壊れた世界───苗木の少女は夢を見る
───偉大な科学的発見というものは輝かしい技術を生み、新しい道を開拓する。それが悲劇を育もうとも…
「殲滅対象2160006番を発見。直ちに殲滅を開始する!!」
蟻のような人間の群れが僕に対して次から次へと発砲。もちろん、この僕にそんな原始的な攻撃は効かない。いや、ちょっとだけ痛いかな。
「派遣執行官はどこにいった? アイツらを呼んだのはこのためだぞ!?」
銃弾が何発当たっても平気に歩みをやめない僕を見て人間たちの顔は恐怖に染まったようだ。焦る顔が醜いね。いや、そんな僕を化け物みたいに見られてもね。君達が僕をこんな風にしたんだが…
「はいよ。ようやく、私たちの出番ね? 雑魚どもは早く消えなさいよ」
太々しい面構えの褐色の女が前に進み出てきたよ。その言葉を聞いて辺りにいた屈強そうな男たちが下がるのは滑稽に見えるが仕方ないか。
「そうだよ。ここからは人類高等化推進機構派遣執行官の仕事さ。ゴミどもは控えてな。死にたくなければね」
小さな男がメガネを片手で上にあげて何を気取っているのだか…
それにしても、アレクトラル連邦独立司法機関に所属する人類高等化推進機構派遣執行官か。厄介なのが来たよ。こいつらは人間のツラを被った化け物だ。脳みそに電極をぶっ刺して処理能力を格段に増やしてやがる。
科学と狂気の時代と言われるこの世紀で脳の処理能力は凄まじい力だった。遺伝情報工学の発展によって演算は物理現象への干渉力となった。すなわち、情報処理能力がそのまま凶器と変換されたのだ。あいつらが持つ狂気の機器によって!
「貫けよ。氷結の刃!! 凍結して死ねよ!!」
半身が氷漬けになってしまった。足をもぎ取って前に進むとするか。
「…ッチ!! 手加減するなよ! バカ!! あの化け物は凄まじい再生力を持っているんだぞ!?見ろよ、新しく生えてきた足を使って前に進んできたぞ!!」
「喰らえよ。この化け物め!!」
こんな小さな炎で僕を燃やせると思っているのか!? 僕はメガネの小僧が放った火を手でかき消し、ウスノロのバカの腹に思いっきり蹴りを入れてやった。すると奴は大地と接吻したと思ったら、すぐに立ち上がってこっちを睨みつけてきたよ。
「グッ、本当に化け物は怖いぜ」
どっちが化け物なんだか。僕の蹴りを受けて、元気よくそれだけの暴言が吐けるなんてさ。さすがは派遣執行官だ。敵ながら呆れを通り越して感心するね。
「うぇ、やっぱり、第二世代の実験体被験者って気持ち悪い。なんか人間臭すぎ。ああ、イヤだ、イヤだ!」
あいつらを見ていたら、僕の口元はどうやら笑みが自然に出てしまったようだ。僕のそんな反応が気に食わなかったんだろうか。長髪の女はイライラした口調で、
「なに、笑ってるわ。こいつは笑ってる!! 気を付けてそっちにいったわ!?」
と言った後に僕を睨みつけてきた。
「あいよ。正直、第二世代は厄介なんだよな。対処法が滅却しかないし!!」
メガネをかけた男がそう言うや否や衝撃。グチャという嫌な音が聞こえたと思ったら、大地がさっきよりも近くにないか?
うん? あれは僕の胴体。血をドクドクとタレ流して横たわっているな。
「脳みそを叩き割ってやったよ。はっはは!! 見かけだけだなこいつ。オレにかかれば化け物も呆気ないぜ!!」
男は笑いながら僕の頭の上に足をのせて罵ってきた。そして、脳みそを壊すように足で頭を何度も踏みつけてきた。
「相変わらずの馬鹿力ね…」
女は呆れたようにそう言っているがどこか嬉しそうに微笑む。どうやら、あちらさんは僕が死んだと思っているようだ。そりゃ、普通は人間で言うところの脳みそをグチャグチャと踏みつけられて生きている生物がいれば驚きだろうさ。そう、普通ならね。
粉砕される僕の顔。顔面半分が壊れて溢れ落ちる眼球。脳が半分持っていかれたようだな。
「本当に科学技術の進歩はすごいわ。こんな化け物を簡単に駆逐できるなんてね」
頭が砕かれて崩れ落ちるように倒れ伏した俺を見てそんなことを言う。いや、その化け物を生み出した人間がそんなことを言ってもね。お笑い種だわ。さてと頭を拾わないとね。
「ちょ、こいつ。まだ生きているわ」
僕の胴体が頭を探すように大地を這って動き出したのだろう。女から悲鳴が上がる。
「く、しぶといヤツだ!!」
確かにすごいよ。お陰で人類を辞めさせられた僕のような奴がとんでもない程に力を発揮できる世界になたんだから!!
「足を早くどけて!! 砕けた頭からなにか出てくるわ!? 蛆虫が蠢くようで気持ち悪い!!」
這いずり回っていた幼虫が蛹の過程をすっ飛ばして、羽を生やす光景を見て奴らは顔を歪めた。
「報告書にあった人食い蜂じゃないの!?」
「ああ!? 足に! 奴の脳髄から蛆虫がたくさん這い出てきた!!」
足で蠢く幼虫たちが成虫になり、美味しそうに人肉を貪り喰う光景は何度見ても慣れないな。うん、でも仕方ないよね。僕も防衛しないとね。
その方法が外道だと言われてもすでに人ではない僕には意味をなさないよ。蜂には悪けど彼らの遺伝子を弄って、脳みそに僕の情報思念が伝搬する仕組みを構成させてもらっているんだ。
「足が!? 手が!! うぁ、目に止まった!? や、やめてくれ!?」
蠢く蜂たちが食事を終えて、新たな餌を求めて次から次へと数を増やしながら僕を取り囲むようにしていた奴らの下に飛び立つ。
辺りは悲鳴が織りなす阿鼻叫喚。僕が人間だったらそう言っていたに違いない。
「た、助けて、イヤ。あんな死に方なんてイヤ!!」
骨だけになった同僚らを見て泣き喚く女。うるさい奴だ。
「ココに近づかナイと誓えるならタスケテやるゾ?」
でも、僕は女性には優しいのだ。そうジェントルメンというやつだ。
「こ、言葉がわかるの!? わかったわ。ここに絶対に近づかない。もう、イヤ。怖い!!」
僕の言葉を聞いて驚いていたが彼女はそう言ってかけるようにこの場から去るように後ろを振り向いたと思ったら、
「……なんてね。嘘よ!! 死ね化け物!!」
顔を拾って腕に持っていた僕を上半身と下半身に切り裂き微笑む。そして、頭を素早く踏み潰して砕く。
「こ、これで私は大金持ちよ!! やったわ!!」
歓声を上げる彼女。うん、もうチャンスはいらないよね。
「……」
「な、なんで動けるの!?」
顔面を砕かれて動けるのがよほど不思議なようだ。今更なにをいっているのだろうか…
「君が言ったじゃないか? 化け物とね」
「お、お願い、たすけ…」
涙と鼻水をタレ流して懇願するように見てきたけど。だめだよね。
「君の願いは一度だけ聞いたよ」
僕は優しい化け物だからね。大抵のことなら一度くらいは許すさ。さてとゴミは一通り、片付いたから彼女のいるところに戻りますか。僕は彼女に会いたい一心で駆け出す。
緑葉樹が生い茂るこの夏の美しい森の中に一際に大きな大樹があった。その大木からは透き通った白い肌の女の子が生えている。いや、正確には下半身から上が大樹から伸びている枝のように飛び出しているのだ。
「何があったの?」
「大丈夫だよ。なにもなかったよ」
僕は盲目で周囲を認識できない少女にそう微笑む。彼女は知らなくて良いんだ。
「そう、私もそとを歩きたいわ。そして、父さんや母さんを探しに行きたいわ」
「そうだよね。二人で探せるといいよね」
僕がそう言って微笑むと、
「ああ、それにしても、目が見えたら久しぶりに身だしなみを整えたいわ。化粧もしていない私はきっと酷い状態でしょうからね。うん? あれ、また眠くなってきたわ。ごめんね。もう一眠りするわね」
とそう言ってスヤスヤと寝息を立てはじめた。
ああ、もう数十年も少女の姿のままで止まっている君は知らないだろう。この世界は地獄に変わっていることを。僕らの国を滅ぼしたアレクトラル連邦共和国は国民という名の奴隷を使ってとんでもない実験をやっていたのだ。そう、全人類を使った壮大な実験。本当に狂ってやがるよ。
それでも君と一緒に入られて幸せだ。君は化粧がどうのこうのと言っていたが、僕にとっては…
「君は誰よりも綺麗だよ」
木と一体化した少女の寝姿を見てそう囁く。