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大猿  作者: 名もない村人
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一匹のバカ#4

これは十数年も昔の話である。ディーと呼ばれる男が、まだ子供だった頃の話。


田舎の片隅である寒村で、今年の冬を越すのが難しい程の凶作が起きた。こんな田舎の名も知られていないような村では領主の援助を受けることも出来ず、苦肉の策として口減らしが行なわれた。早い話が、芋ひとつとボロ布数枚、多少の水を渡して村の労働力にならないような人間を家族ごと村から追い出したのである。追い出された者は村の約半数にも達したが、その追い出された中に彼はいた。


ディー。貴族ではないため家名はない。くりくりとした瞳、煤けた茶色の短髪と、他の人よりもいくらか深い”人中”が見方によっては可愛らしくも見える少年だった。栄養不足からかがりがりに痩せ、背丈も同世代の子供達に比べれば低い。ぼうっと空を眺めることも多かった。


彼は家族と共に村から追い出された。父は既に亡く、母との二人旅。それも長くは続かなかった。運命の聖霊が彼らに味方したのだろう。盗賊にも魔物にも襲われることは無く、辺境の町へと辿り着く。


そして母は、その町で自らの息子を売った。


偶々町を訪れていた奴隷商人へ、二束三文の値で。数日分の飯代にもならぬような額だった。彼女は子供を連れて旅をすることに疲れていたのかもしれないし、奴隷の方がまともな食事を取らせてもらえるだろうと考えたのかもしれない。真意は彼女の胸の内にあるのみだ。彼は最後に母の顔を見ることもないまま、ぼうっと空を見上げ続けていた。


そして売られた彼は商人に連れられて幾つかの町を移動することになる。


どの町も貧困で喘ぎ、明日の食事も苦しい場所ばかりだった。唯一違ったのは領主の膝元、眠らぬ街。石炭の鉱脈を掘り当てることで発展した炭鉱街だった。そして彼はこの街で買われることになる。他の多くの奴隷と共に、彼にとっての運命の家であるネヴィル家へと。


ネヴィル家の食事は彼にとってご馳走だった。残飯であったり、家畜用の餌であったりはしたものの、それは彼にとって食べたこともない食事ばかり。至高の食糧として信じて疑わない、黄色い果肉とも此処で出会った。食べた瞬間に走った電撃、脳内を駆け巡る雷光。思わず寄声をあげてしまったほどである。多少の暴力と拷問に等しいギータの責め苦に耐えればご馳走をくれる。時々ウィリアに呼び出されて気持ちいいことも教えてもらった。彼にとってここはひとつの楽園。言うことを聞いて痛みに耐え、媚びているだけで全てを与えてくれる。彼はこの時、初めて感動という感情を知った。



……疑問を抱いたのはギータだった。以前から妙だとは思っていたのだ。いくら責め苦を与えても堪えない。他の奴隷でも普段ならやらないようなこともやっている。本来なら既に気が狂っていたって可笑しくはないはずなのだ。娘や息子達のお気に入りだから、という理由で傷を放置したまま死なせるようなことこそしていない。しかし四肢を斬り落としては繋げて、内臓を抉り出しては再生し、舌を引き抜いて目の前で炙って口に突っ込んだりしている。その全ての傷は聖都にある”聖霊の泉”から汲み出される奇跡の水を飲ませて治療しているとはいえ、治癒の際にはそれだけで人が死ぬこともあるほどの激痛が走る。だというのに、むしろ嬉々として責め苦を受け、泉の水を飲みたがっているように見えるのは気のせいだろうか。


そして問題はその傷の治りである。泉の水を使っているとはいえ、治癒速度が異常なのだ。初めの内こそ治癒に数日かかっていた。だが今は腕を斬り落としても数時間でくっつくのである。先日など、水も使っていないというのに、一日放置していただけで焼いたはずの顔が再生していた。


……何か自分はとてつもない化物を生み出してしまったのではないだろうか、としばし夜も眠れぬくらいに悩んだほどディーの治癒速度は異様だった。


確かに責め苦を与えることを快楽とする私や息子達にとってあの子供はこれ以上ない遊び道具だろう。だが頭の奥で本能が囁くのだ。あれは処分するべきだと。ギータ・ネヴィルとして今まで培ってきた全てが、あの子供を処分して、他の奴隷と同じように鉱山へ埋めてしまうべきだと叫んでいる。


結局、ギータは彼を買った時と同じ奴隷商人に売り飛ばした。数年の時を経て年相応に大きくなり、肉がついた身体とその異様までの治癒力を評価されて奴隷の中でもかなりの額が着く。別段ギータは金に困っていたわけでもなかったが、彼は処分せず売り飛ばすことを選択した。


理由は簡単である。本能は警鐘を掻き鳴らすと同時に、彼に別の可能性も囁きかけていたのだ。


物語に出てくるような化物を、世に放ったのならば世界はどうなるのだろうね?


それも面白そうだと断じてしまったギータはやはり、まともな人間ではなかった。

台詞の欠片もない

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