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大猿  作者: 名もない村人
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一匹のバカ#2


薙ぎ倒された柵を踏み越えて現れたのは一匹の巨人だった。一人ではなく、一匹である。なにせ壇上に立っている兵士から見ても、その大きさが異様だったのだ。彼の背丈に、更にその半分を付け足したくらいだろうか。一般的なこの国の男性平均を、胴体ひとつぶんは優に越えている。そして何より、その身を包む筋肉である。一目見るだけで、その巨体が暴力の塊であると理解出来るほどの密度。山脈の奥地に生息するというサイクロプスを連想させられるほどに圧倒的だった。


化物


その姿を目にした兵士と観衆が、一様に心の中でそう評した。


そして勇気ある兵士の一人が、震える声を押し殺して叫んだ。


「貴様、何者だ!今は公開処刑の最中だぞ、邪魔立てする気か!」


見張りとして柵の近くに立っていた兵士数人が槍を構え、巨人へと向ける。だが、その歩みが止まることはなかった。


「と、止まれと言ってるのが聞こえないのか!?」


残念ながら今度は声の震えを押し殺せなかった。ちょっと前までは堂に入った構え方をしていた槍も、今では何処か腰が引けて情けなく見える。


しかし彼の震えた叫び声が耳に届いたのかあるいは別の理由があったのか。巨人はその歩みを止めて兵士達をぐるり、と一望した。まるで今存在に気が付いたと言わんばかりである。


「……俺は昔そいつらに奴隷として雇われていたのだ。故に、その借りを返しに来た」


まるで地獄の釜が蓋を開けたかのように不機嫌な声である。彼を呼び止めた勇気ある兵士は意識を失って崩れ落ちてしまった。他の彼に向かって槍を構えていた兵士も、思わず二歩三歩と後ろへ下がってしまった。


壇上の兵士、この場合は先程から処刑の指揮をとっている男になるのだが、彼の脳内は凄まじい勢いで現状を把握しようと稼働していた。


巨人は言わば乱入者である。本来、処刑を行う際に処刑対象を逃がそうと乱入してくる人間は少なくない。そしてそれらを撃退し、無事に処刑を執り行うのが我々兵士の役目であり、仕事なのだ。


現状はどうであろうか。この広場とその周囲には三百人近い兵士がいるものの、あの巨人が処刑対象を奪還しようとしたとして、妨害できる気がしない。なにせあれ程の巨人である。下手をすれば今自分が立っている壇上すらひっくり返されかねない。それをやられれば兵士の数の有無など問題ではなく、此方は士気の問題で瓦解するだろう。というか現状、あの巨人が一声発しただけで壊滅しかかっている。


いやまて、だがしかし先程彼はなんと言ったのだろうか。奴隷として雇われていて、借りを返しに来た?本来借りを返すとは恩義を返す際に使わられる言葉である。だがこの一家の罪状を考えるとそれはあり得ない。というか生き残りが居たことに驚愕する他ない。あの巨体なら納得ではあるのだが。


つまり総合して考えると、あの男は借りを返しに(復讐)に来たということではないのだろうか。そう考えるのが自然だと判断して、兵士は感情を押し殺して声を出した。


「……いいだろう。壇上へあがれ」


途端、観衆と他の兵士が正気かコイツ、と言わんばかりの目で睨み付けてくるがそれより怖いものは目の前にいる。そう思って巨人に目を向ける、と。


いない。


いない?


目を離しのは一瞬だ。移動するだけの時間などあるばすもない。一体何処へ消えた、幻だったとでもいうのか。


予想外のことに固まっている兵士の背後で、爆音が響いた。兵士が悲鳴を上げながら後ずさって振り返ると、砂煙の中、壇上が大きくヘコんでいる。まるで大きな石か何かが降ってきたかのようだった。


ふと、砂煙の中で何かが動く。でかい。でか過ぎる。壇上はそれなりに高い所にあるため、まだ巨人が小さく見えたのだ。というかこの巨人、まさか此処まで跳んできたのだろうか。一体どれ程の距離があると、いやそもそも何故跳んで、と兵士の頭の中は混乱の極致にあった。因みに周囲の兵士は既に爆音が鳴った段階で逃げてしまっている。


巨人が兵士の前に立つ。見上げても顔が見えない。数秒後には自分が潰されている場面を想像して、誰か助けてくれと兵士は内心で叫んだ。


「来たぞ。どうすればいい」


先程よりかは幾分かマシになった声が聞こえる。とはいっても聖霊様の美声ではなく未だ猛獣の唸り声のようではあるが。


兵士は自分の命を差し出すかのように、自らの腰下げた剣を膝をつき両手で巨人に献上した。それはさながら、自ら火に飛び込む人に食べられる物語の山羊だった。


巨人はその巨体からまるでおもちゃにも見える剣を手に取った。一般的なショートソード。よくある数打ちの一本。巨人はそれを引き抜き、感謝する、と短く呟いて背後を振り返った。


其処には磔にされた一人の気丈な少女。

ネア・ネヴィルが身体を震わせて死んだふりをしている真っ最中だった。

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