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大猿  作者: 名もない村人
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一匹のバカ#1

「……彼らに祈りと光の加護を。永遠に続く死出の旅時に幸多からんことを。我らが聖霊の御名によって」


とある地方。

比較的大きな街に分類される街の中央、大きな広場の壇上で一人の男が祈りを捧げている。彼はこの辺りの地域一帯で信仰されている聖霊を崇める宗教の敬虔な信者。


その目に映っているのは木彫りの聖霊様の像と、身なりのいい太った男、ドレスをまとった女、綺麗な服を着た一人の少女。


彼の目に映る三人に共通しているのは、一様にX字に組まれた台座に、猿轡を噛まされて縛り付けられていると言うことだった。


三人は親子であり、罪人だった。本来であれば後二人、息子が同じように並んでいるはずなのだったのだが、二人は既に死亡して街の外に磔にされ、晒し物となっているため此処には並んていない。


祈りを捧げていた男が立ち上がり、振り返って背後に立っていた男に目を合わせて頷く。後ろにいた男は兜と鎧に身を包んだ兵士だった。兵士は三人にちらり、と視線を向けると同じように振り返った。


「これより罪人の処刑を執り行う!!」


兵士が大気を裂かんばかりの大声で叫ぶ。彼が振り返った先には無数の街の人間が、処刑を観よう足を運んだ数百の観衆が居た。


罪人はかつての領主と、その家族だった。国に仕え、任された領地を運営する、一般的に貴族と呼ばれる層の人間。彼らが処刑されるのには勿論理由がある。


別段、彼らは戦に負けた訳でもないし、悪税を課した訳でも無い。領民に叛乱を起こされた訳でも無ければ、国王に粗相をしたわけない。一般的には善良とまではいかないまでも、悪どい訳でもない、領民からすれば比較的恵まれている領主だった。


ただ、たったひとつの悪癖を除いて。


彼らの家系は一言で言うならばサディスティックであった。そしてそれは国の法では認められない程の凄惨さであり、また奴隷とはいえ多くの死人をだしていたのだ。


今回処刑にまで至ったのは国王の入れ替わりによって今まで見過ごされていたものが、現国王にとっては目に余った結果、本国より派遣されてきた兵士によって拘束。法に乗っ取った裁判が行われて処刑される至りとなったのである。


不幸な事故として拘束する際、逆上して斬りかかった息子二人が斬り伏せられたが。


それはともかく、処刑を進めよう。


この国の処刑方法は人道的で、地域ごとの宗教の神官が祈りを捧げた後、歳の高い順に槍で心臓を突いていく。


罪の重い者にはまた別の処刑方法もあったが、今回は基本的な方法で執り行なわれることになった。


「ギータ・ネヴィル。言い残すことはあるか」


そういいながら元領主の猿轡を外す兵士の言葉に、磔になっている男は何故こんなことに、と焦点の合わない瞳で虚空へ向かってしきりに呟いている。彼にとっては奴隷を使うことで己の趣味を満たし、それ以外は出来うる限り領地の発展に傾注してきたつもりだった。かつては田舎町だった此処も、国の中でも有数の街へと変貌させた。故に、彼は今までの悪癖を見過ごされ、領主として仕事を続けてこられたのだ。


「……さよならだギータ」


この兵士は領主とは知己の仲であった。何度か領地の査察に来た時に、食事を共にしたこともある。かつては覇気に満ち溢れ、その肥満体に恐怖を覚えた程だった。国の中でキレるデブ、といったら彼のことを指した程だ。その姿が、今では見る影も無い。


見ていられないとばかりに兵士は男から背を向けて槍を構えた仲間達に合図を送った。短い悲鳴、そして叫び声。


耳に響く悲鳴を背後に、兵士は次の処刑対処である夫人の前に立った。その女は目の前に立っただけでも眩みそうになる程の芳香を放っていた。別段、女は美しい訳ではない。ただ、上手いのだ。世の男が目を奪われるような仕草、誘うような瞳、思考を鈍らせられる甘い体臭。何度この女に惑わされた兵士が牢の鍵を開けて事に及びそうになったことか。引っかかった兵士は当然、再教育行きになったものの、この猿轡をされて磔になった女の前でさえ心が揺らぐ。暗い牢の中、手錠のみのこの女と言葉をかわしたのならば、自分でも危ういな、と兵士は内心で呟いた。


猿轡を外そうとして近寄る。僅かに触れる指先から伝わる肌の熱に呑まれそうになるのを抑え、外した猿轡から伸びている唾液の糸から目を背ける。んっ、と耳を擽る艶っぽく荒い呼吸音を無視し、距離を取る。


「……ウィリア・ネヴィル。言い残すことはあるか」


彼女に関しては処刑に反対する貴族が非常に多かった。国の約半数が、彼女の処刑に反対したのである。現国王が強硬に話を進めなければ、彼女は今ここに磔にされていないだろう。馬鹿らしい話だが、噂では前国王ですら彼女のせいで役に立たなくなったという話もある。


「ありませんわ。出来れば最期に何方か殿方と夜を共にしたかったのですけれど」


そういって舌で唇を舐める。魔性の笑みだった。これが普通の兵士だったら処刑することすらやめてしまいたくなるような、そんな笑みだった。だが本国から送られてきた兵士は女に背を向け、生唾を飲み込んでやれ、と指示を送った。槍をもった兵士達も顔を背けながら槍を突き刺した。


その断末魔は、広場にいた全ての男が腰を引く程艶やかで。よくみればその中に、お忍びで来ている貴族の姿を見かけることが出来たかもしれない。


夫人の断末魔の余韻も冷めきらぬうちに、兵士は最期の一人の前へと立った。目の前で親を二人とも殺されたというのに、その顔は気丈である。


ネア・ネヴィル。この国では、まだ年端もいかぬと評されるであろう少女。腰までのびた父親譲りの金髪と、母親の面影を引継ぎながらも凛々しい顔立ちはキッとこちらを睨みつけていて、生まれてくる性別を間違えたのではないだろうか、と考えさせられる程だ。本来なら兄達と同じく騎士団に混じって訓練に参加する予定であったというのも頷ける。


両親と同じように猿轡外そうとすると、外した瞬間指に噛みつかれそうになった。肝の冷えた兵士は慌てて少女から距離をとる。


「こっちに、来なさい。一人残らず噛み殺してやる」


最早その眼光だけで射殺さんばかりに兵士を睨み付ける。此処が広場ではなく、暗い牢の中なら兵士の股は恐怖に濡れていたかもしれない。


「……っ、ネア・ネヴィル。君に罪はないが、これも法だ」


彼女は異常なサディスティックな家系の中で、比較的マシな人間といえるだろう。確認をとった限りでは殴る蹴る盾で叩く引き摺り回す投げつける踏みつけるとまあ、やりたい放題であったが、死亡に至るまでの加虐はしたことがなかったようだ。兄二人の方は剣の木剣で動かなくなるまで打ちのめしたりだとか、試し斬りの相手にしたそうだが、この少女はそんなことはしなかったらしい。とは言え父親と兄が死人を多く出しすぎた。未だ調査中ではあるものの、現状で死者は千を越えている。奴隷ばかりとはいえ、街の人間が混じっている可能性も否定はできなかった。


「言い残すことは……なさそうだな。では刑の執行を、?」


殺す、ぶち殺すと叫ぶネアを無視して刑を執り行う声をあげようとする兵士に、観衆がどよめく声が聞こえた。


しきりにディー、という名前が広場に響いている。


その名前には兵士も聞き覚えがあった。


国でも有数の闘技場、その闘士の中にそんな名前で呼ばれる戦士がいた。


曰く無敗


曰く暴力


曰く大猿


だが、それがなんだというのか。

今は処刑の最中で、それは此処から遠く離れた街の話である。


疑問に思っている兵士の目の前で、観衆を押しとどめておくための柵が薙ぎ倒された。

多分そのうち名称とか加筆修正したりします。

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