#2 「少年少女のくだらない日常のようなもの」
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しばらくの間、二人で街を見て回り、買い物なんかもしたあと、高松らはつばめの家へとやってきていた。今日から、高松にとっても家と呼ぶことになる場所だ。
「今からご飯用意するから。適当に待ってて」
「それって、つばめさんが作んのか?」
「そうだよ?」
何かおかしなことが? というように首を傾げながらつばめが頷く。つばめにとってはその程度のことなのかもしれないが、高松にとっては違った。
(それって、つまり、つばめさんの、て、手料理じゃねえか……!?)
美少女の手料理。しかも、家族同然とも言える幼馴染みではない人が、自分のために作ってくれる。
男にとって、これほど心踊る、あるいはドキドキするシチュエーションはなかなか無いだろう。
なお、前回泊まったときは外食だったので、当然つばめの手料理は初めてになる。
というか、これからしばらくの間一緒に暮らすわけだし、なんだか夫婦みたいではないだろうか……?
「簡単なものでもいいよね?」
「こっちは食べさせてもらう側だし。なんだってありがたくいただくよ」
「そ。よかった」
気持ちのいい笑顔を浮かべて、つばめがキッチンに向かう。
「つばめさんの手料理か……イメージ的にはすごい美味そうだけどな……」
この家もずいぶんと綺麗に片付けられており、普段の振る舞いからも、なんとなくつばめは家事ができるというイメージが高松にはあった。
「ただなぁ……人は見かけによらないって言うぐらいだしなー……」
もしかしたらものすごく不味い料理が出てくるかもしれない。考えてみれば、美少女が料理下手というのは、漫画やドラマなんかではよくある話であって、その可能性を否定しきるのは難しそうであった。
そんなこんな、色々な可能性を想像したりテレビを見たり(こちらの世界でも、CGや特撮を使っていると思えば元いた世界と番組の内容はあまり変わりはなかった)して適当に時間を潰すことおよそ三十分ほど。
そろそろ待ちわびて眠くなってきた高松の前に、両手で鍋を抱えたつばめがやってきた。
「おまたせー。遅くなってごめんね」
「いや、全然。そんなことより、それは?」
鍋を指差してつばめに問う。
「これ? シチューだよ。クリームシチュー」
「シチュー!?」
そのメニューに高松は少しだけ驚いた。
彼女は、簡単なものと言っていた。
しかし、だ。昔、一度だけ作ったことがあるから高松は知っているが、シチューというのはただ具材を切ってルーと一緒に鍋に放り込めばいいというものではない。まあ、極論を言ってしまえばそれでも完成はするのだが、たいした美味さにはならないだろう。
シチューというのは、具材の選択や切り方、サイズ。ルーや水の量に、煮込む時間や調味料による味付け。その他、一度こころの手伝いで作っただけの高松では知り得ないような、手間をかけなければならないのかもしれない。
とにかく、わりと作るのが大変な料理なのだ。
それを言うと、つばめは、
「これは昨日のうちに作っといたんだよ。ルーもレトルトだし、実はたいして手間かかってないんだ」
と返してきた。
「あっ、そう……」
にしたって嬉しいことだ。昨日の段階で用意してくれていたというのも。
高松は、ついつい自分の頬が緩んでしまうのを感じた。
「さあ召し上がれ」
皿にシチューをよそい、パンとスプーンも並べて置いてくれながらつばめが言った。少なくとも、見た目におかしなところはない。
(さて、味の方は……?)
恐る恐るスプーンですくってシチューを口に含んだ。少し甘めの、温かな味がふわりと広がる。
「……………………」
高松の表情が固まった。これは……、
(ま、不味い……!)
なぜだろう。甘い感じのはずのクリームシチューなのに、後から苦味が襲ってくるのは。
「――っ!?」
後から後から苦味や酸味が沸き上がってくる。
(こ、これ、劇薬レベルだぞ……!?)
げほっごほっ、と、ついに我慢できなくなってむせてしまった。自然と涙目にもなってしまう。少なくとも、こんな料理を食べたのは高松の人生史上初めてだった。
そんな彼を見て、つばめが心配そうに声をかける。
「ちょ、ちょっと。大丈夫?」
「あ、あぁ……」
「もしかして、まず、かった……?」
つばめが身体を腰から折って、高松の顔を覗き込んでいた。その目は少し潤んでいるように見え、表情は見るからに落ち込んでいる。
美少女にそんな顔をされては、高松には馬鹿正直に不味いと言うことなどできなかった。
ではあるが、このままではいずれまた、彼女は誰かにご飯を作ってあげるだろう。そうなれば、その誰かがこの劇薬の毒牙にかか――ではなく。その誰かがストレートに不味いと言ってしまえば、彼女は酷く傷ついてしまうだろう。
それは嫌だった。
たいして知りもしない人間が勝手に傷つく分には高松の知ったことではない。
だが、つばめはすでに友人だ。一度家に泊めてもらい、これからも一緒に暮らす相手なのだ。
そのつばめが傷つくかもしれないとなっては、見て見ぬ振りなどできない。
ゆえに、高松は、遠回しに伝えることにした。
「つばめさんは、自分で自分の作った料理を食べたことある……?」
「えっ? ない、けど……? 普段は《探求派》の拠点で食べてくるし」
じゃあなぜ今日もそうしなかった? 高松はそう思ったのを飲み込む。それも、つばめが高松を思ってしてくれたことなのだ。
「……あの、その……一口、食べてみる……?」
「うん」
返事をしたつばめが、恐る恐るといった様子でシチューを口に運ぶ。
………………………………………………、
「まずっ!?」
初めて見るしかめっ面をして彼女は口に含んだものを思わず吹き出した。
「な、なにこれ……!? ちょーぜつまずっ! こんなん食べれるわけないじゃん! ごめんね高松君……」
「い、いや……別に……」
今にも泣き出しそうなつばめに、高松はつい返答に困ってしまう。
どうしようか。そもそも女子となんかほとんど話したことないのに、ましてやそれが泣いてるとか、なんて言葉をかけりゃいいんだ……?
そんな風に一生懸命、高松が悩んでいると、突然つばめが顔を上げた。その手には拳が握られている。
「よし! 明日から料理の練習する! 食べれるものが作れるようになったら、また食べさせてあげるから。それまで待ってて? いい?」
「あ、ああ……って立ち直り早いな!」
「いつまでもくよくよしてたって無駄じゃないの」
「まあ、そうだけど……」
分かっていてもそれができないのが人間なのではないだろうか? それができるつばめが、ずいぶんと凄い人であるように高松には感じられた。
「さっ。気を取り直して遊びましょ」
「えっ」
「えって何よえって。ほら。先に風呂入ってきちゃって!」
「う、うぅ……」
あまりの強引さに何も言い返せない。というより、とんでもなく楽しそうな彼女を見ていると、水を差すような真似はとてもじゃないができなかったのだ。
「もう寝たいのに……」
「なんて?」
「なんでもないです……」
高松の夜は、まだまだ明けそうになかった。