#3 「戦う理由」
☆
三日後。
「今日返事を出さなきゃいけないのか……」
今日、もう一度彼女――つばめが彼の前に現れる。そうなれば、戦うかどうか、答えを出さなければならなくなるのだ。
正直、未だに高松の答えは決まっていない。実感がわかないのもそう。信用しきれないのもそう。
それから、あんなか弱い女の子に戦いを押しつけることも、高松にはできなかった。
だから、承諾することも、拒否することも決められなかった。
「あっタカ兄ー!」
声の聞こえた方に振り返る。ちょうど、住宅街の中をこころがこちらに向かって駆け寄ってくるところだった。
「おはよー」
「ん。これから部活か?」
高松の問いにこころが、うんそうだよ、と答える。
「タカ兄は何してたの?」
「ちょっとした散歩、かな」
「そっか。なら一緒に学校まで行こうよ」
こころが屈託のない笑顔で言う。それは限りなく彼にとって日常で、尊いものにさえ思えた。
「――れでののちゃんがね」
「……」
「タカ兄? 聞いてる?」
しばらく歩きながら、まるで話を聞いていなかった高松にこころが心配そうに尋ねた。
「ふぇ? あっ、ああ。聞いてるよ。ののちゃんがどうしたって?」
「……」
幼馴染みを見上げるこころの目は、やはり心配そうにしていた。
「ねえ、タカ兄」
「ん。どうした?」
「タカ兄の悩みは、私の悩みでもあるんだよ?」
「――――」
それは、見事に彼の心を揺さぶっていた。
「だから、何かあるならちゃんと話して?」
そんな幼馴染みの言葉が、苦悩に潰されそうな彼には少し眩しく感じられる。この少女は、本当に優しくて、いい子で、高松にとって妹のような、そんなかけがえのない、大切な存在であるのだ。
だから、
(こころには、あんな、世界の崩壊だとか、そんなふざけたことは知らないままでいてほしいんだ)
だから、
「大丈夫だよ。なんにもない。ありがとな」
この子だけは絶対に巻き込まない。
そんな彼の決意を裏切るように、爆音が轟いた。
「なっ!?」
どうやら、近くの路肩に停められていた自動車が爆発したようだった。その一瞬前に、何かが彼らの視界を横切っていくのを高松は見逃さなかった。
きゃっ! というこころの短い悲鳴が響く。高松は咄嗟に彼女を庇うように抱き寄せたが、思いの外爆風は強く、二人は軽々と吹き飛ばされて石壁に激突した。腕をクッションにすることでなんとかこころを庇ったものの、衝突のショックで彼女は気を失ってしまったようだった。
「ぐっ……なん、なんだよ……何が、起きた……?」
「おいおい、てめぇがそれを言っちゃうのか? てめぇはこっちの世界を知ってる人間だろうがよ」
「!」
突然、野太い男の声が響いた。反射的にそちらを見る。
「浮い、てる……?」
そこには、若い男が地上二メートルぐらいのところで浮いていた。スーツを着てはいるが無茶苦茶に着崩され、髪は何日も洗っていないかのようにボサボサ。それが、なんとも言いがたい恐ろしさを醸し出している。
「そうか……お前、あっちの世界の……!」
「一応名乗っといてやるよ。俺は《過激派》百獣の王班のピスセスだ。よく覚えとけ」
コードネームか何かだろうか、と高松はなんとなく思った。このピスセスと名乗る男は、どうも外人には見えないし、日本語があまりにも自然なのだ。
「《過激派》……? っ! 別の組織か!」
「念のため確認しておくが、てめぇが、ゲスト班が作られる程の、今度《探究派》に入るかもしれないっていう『ゲスト』だな?」
「……恐らくは」
すると、ピスセスは満足そうな笑みを浮かべた。邪悪な雰囲気が溢れ出ていた。
そうか、と呟き、男は続ける。
「出るかもしれない杭は先に壊しておこうってのがうちの組織の方針でね。てめぇには、ここで死んでもらう」
瞬間、高松の腕を何かが掠めた。服が裂かれ、鮮血が軽く飛び散る。
「――、痛っ……」
「なんだ、外したか」
痛みに顔をしかめながら、高松は今の光景を思い出した。
「今の、小石……?」
「へえ! 今のが見えたのか! なかなかやるじゃねえか」
腕を抑えながら細々と呟いた高松に、男が答える。
「その通り。今のも、さっき車を爆発させたのも、そこらに落ちてる小石だぜ。俺の能力は【念動力】。手を触れずに物を動かす力だ。いわゆる、サイコキネシスってやつだな」
そう語るピスセスは、どこか得意げに見えた。自分の力に絶対的自信を持っているかのように。高松には、少しだけ傲慢なようにも見えたが。
「この能力は自身の体重よりも重い物は動かせないが、代わりに、軽い物なら音速のレベルで動かせる」
言いながら、男はおもむろに服の中から野球ボールを取り出し、叫んだ。
「こんな風になぁ!!」
直後、高松の腹に鈍い痛みが走った。ぼてっと野球ボールが目の前を転がっていく。
「ちっ。一応頭を狙ったんだがな……高速で動かすと精度が落ちるのが問題なんだ。まあ、てめぇごときを殺すには充分だけどな」
男の声が遠くに聞こえる。あまりの激痛に、膝をついて倒れこんだ。地面が、どんどんと近づいてくる。
(なんで……こんなこと、ばっかり……)
そんな風に死を覚悟して、地面に着く直前。
高松は、うつ伏せに倒れている早見こころを見た。
「!」
とっさに腕をつく。彼は気づいたのだった。
自分がここでやられれば、早見こころは間違いなく死ぬということに。
(さっき、こころは巻き込まねえって、決めた、ばかりだ……ってのに!)
必死に腕に力を込めて立ち上がる。彼は確かに一瞬諦めた。が、決して地面に伏しはしなかった。
だからこそ、もう一度立ち上がれる。
諦めずに、戦える。
☆
人間というのは、極限まで追い込まれると、限界を越えた力を発揮することがある。少年漫画の主人公がいい例だろう。
この時の高松もそうだった。普通に考えれば、何故今感じるのか分からない。あり得ない。
だというのに彼は、この状況を打破するためのヒントとなりうる疑問を、感じることができた。
(なんで、俺が代表に選ばれたんだ……?)
なぜ、高松がこちらの世界の代表に選ばれたのか。
本来なら、真っ先に感じるはずの疑問だ。なのに、あまりにも突然で、衝撃的な話を聞かされ続けていた彼は、それを不思議に思うことさえできなかった。
(どうして、俺なんだ?)
つばめは言っていた。『そちらの世界の代表を選抜した』と。
つまり、なんらかの基準があって、それをクリアしたから、高松が『ゲスト』に選ばれたのだ。
ピスセスは言っていた。『出るかもしれない杭は先に壊しておこう』と。
つまり、自分にはそう思わせるだけの可能性を感じさせる何かがあるのだ。
力の無い世界の、その中でもただの高校生でしかない自分が、何故こんなにも評価されているのか。
それに対する答えを、彼は一つだけ持っていた。
(あの白昼夢……もしも、あれが、夢でなかったとしたら……)
もしもあの夢の中で戦っていたのが自分だとすれば、自分は力の無い世界の住人でありながら、力を使う人間と戦い、なおかつ撃退したことになるのだ。それならば当然、自分に対する好評価も頷ける。
(思い出せ。俺は、どんな状況で気を失った? あの白昼夢を見た?)
考える。思い出す。そして、高松は思い至った。ふふふ、ふはは、と自然に、少し自虐的な笑みがこぼれた。
「なんだ? 死を前にして頭が狂ったか……?」
「いんや。ただ、俺はもう、あの過去とは決別できたと思ってたんだけどな……どうやら、本能的な部分ではそうでもなかったらしい」
彼が白昼夢を見る――否、彼が力を使えるようになるきっかけ。それは――
「はっ! お前の過去とかどうでもいいんだよ! 次はもう外さねえ」
言った彼の回りに、沢山の小石が舞い上がった。それが、空中で静止する。文字通り、嵐の前の静けさとでも言いたげに。
「いい加減、死にさらせ!」
瞬間、全ての小石が一斉に高松へ刃を向けた。雹が傘に当たったときのような激しい音が響く。
しかし、それは彼の体から発せられたものなどではなかった。
青い光が、それらの小石を遮ったのだ。
「なっ、なんだ、それは……? 魔、方陣……?」
「【絶対防御の魔方陣】。それが、この力の名前だよ」
☆
低い声が轟く。それは、あの少年から発せられた声だった。
(なんだこいつ……!? 急に、目つきや雰囲気が変わって……?)
「二重人格、って知ってるか?」
「なに……?」
「主に幼い頃のトラウマが原因でな。なんらかの苦しみから主人格を守るために別人格が生み出されることがある。それが、二重人格だ」
低い声で、少年は続ける。正体の分からない恐怖を、ピスセスは感じた。
「俺はノワール。こいつの黒い陰。そして俺自身――」
少年は告げる。
「俺は高松鷹の、別人格だ」
「なっ、別人格、だぁ……?」
ピスセスが、絞り出すような声を発した。
「そうだよ。こいつの、いや、俺のでもあるのか……幼い頃のトラウマがあってね」
――それは、
「死の恐怖。それを感じたとき、俺が呼び出されるのさ」
「死の、恐怖……」
ピスセスが黙りこむ。この高松という少年は、決して人生経験が豊富とは言えない年齢だ。むしろ彼ぐらいの歳なら、生命の重みを知らない者の方が多いだろう。
それでも彼は、死の恐ろしさを知っている。
彼の過去に一体何があれば、そんなことを知れるのだろうか?
だが、ピスセスはすぐに、
「はん! だからどうしたって言うんだ! 人格が入れ替わったところで、その体をぶっ壊しちまえば、関係ねえだろ!!」
ピスセスが再度野球ボールを放つ。音速で動くそれは、変な音をたてながらノワールへ襲いかかった。が、やはり、それは青い魔方陣によって防がれる。
「死の恐怖から逃れるために生み出された人格だからな。なんでそんな力が使えるのかは分かんないが、死から身を守るための力が使えるんだ。【絶対防御の魔方陣】は、どんな攻撃も絶対に弾く、最強の盾なのさ」
「ぐっ、そんなもの……!」
ピスセスがまた小石を放つ。しかしそれも簡単に、魔方陣が防いだ。
「無駄だって。まあ、さすがに生身の身体と身につけている物は防げないけど。そんなことができたら二つだしてピシャンで終わりだからな」
笑うようにノワールは言う。しかしもちろん、戦いを何度も経験しているピスセスが、そのヒントを見逃すわけがなかった。
「馬鹿かてめぇ。そんなことを聞けば、その弱点を突くに決まってんだろうが!」
ピスセスが銃弾のような速さでノワールの懐へ飛び込む。
「――っ!」
ノワールは正面から飛んできたピスセスの拳を、頭を振ってかわし、右手でカウンターの一撃を鳩尾にくらわせた。うっ、という呻き声とともに男は一旦後退したが、再度、素早い動きで襲いかかる。ノワールはそれを、体をひねるようにしていなし、すれ違いざまに同じ場所へ拳を叩き込んだ。思わず、ピスセスは彼と距離をとってしまう。
「なんなんだ、それは……」
胃の中身を戻しそうになるのを必死に堪えながら男は言う。
「その身のこなしも、拳の威力も、素人の子どもにしては能力が高すぎる……!」
普段から訓練を積んでいるピスセスの攻撃をかわし、さらにこれだけのダメージを与えるなど、こちらの世界の人間には絶対にあり得ないことだった。
「そりゃあ、死っていうのはどんな形で襲ってくるのか分からねえからな。身体能力の強化――正確に言えば、人間が普段セーブしている、そのリミッターを外した状態になっているのさ」
つまりは、一般的な人の枠を越えた能力を発揮しているというわけだ。それなら、あの能力の高さも頷けた。
「というより、お前も馬鹿だよな。相手の言ったことをあっさり信じちまうんだから。まあ、ほんとのことだけど」
「どういうことだ……?」
「俺は、その出現条件の特性上、自ら攻撃にでることはできねーんだよ。自分の身を守ることしかできない。けど、カウンターは、身を守る手段の一つだろ?」
なんだそのふざけた言葉遊びは。とピスセスは思ったが、同時に驚きもした。彼の能力は、あまりにも彼と相性が良すぎるのだ。
飛び道具を魔方陣で完全にシャットアウトし、近づいてきた相手を並外れた身体能力を活かしたカウンターで迎撃する。もちろん、相手側は攻撃しないなんてわけにはいかない。彼の弱点も完全に覆い隠す、最高の能力だった。
「……くっそぉぉぉぉぉ!!!!!」
自棄になった叫び声をあげながら、ピスセスはノワールへ突進する。その途中で無数の小石を巻き上げ、弾幕を張った。
「無駄だ」
ノワールが魔方陣をもってまず小石を防ぎ、そしてピスセスに向かって飛びかかった。少年の膝が、綺麗に彼の顔面に入り、そのままの勢いでノワールはピスセスを蹴り飛ばす。彼の体は、まるでサッカーボールのように吹っ飛んでいった。
異変が起きたのは、そのときだった。
☆
「!? なっ、なんで!?」
少年の目つきが、雰囲気が、ノワールのものから、高松鷹のものへと変わっていた。否、戻っていた。
別人格の存在を完全に認識した高松は、今の戦いを鮮明に思い出せる。そうして、何が起こったのかを考えた。
「……! そうか、あまりにも実力差がありすぎて、死の恐怖を感じられなくなったんだ……」
ノワールは、死の恐怖から、主人格である高松鷹を守るために呼び出される。つまり、その元凶である死の恐怖が無くなれば、当然のごとく人格は元に戻ってしまうのだ。
(おいおいおいおい! いくらなんでも、力無しで戦いになんかなるわけないだろ!)
そう思っても、それでも高松は拳を握る。彼の視界の端には、早見こころが映っていた。
「とにかく、もう一度人格を入れ替えるしか――」
そこではたと考えてしまう。
本当に人格を入れ替えるだけでいいのか、と。
ノワールは自ら攻撃することができない。それでは、たとえ入れ替われたところで、また同じことを繰り返すだけではないだろうか?
それでは、こころを守ることなど、できない。
「くそっ! どうすんだよ! どうすりゃいいんだよ!?」
思わず叫んでしまう。その瞬間、チャンスとでも言わんばかりに、ピスセスの能力が襲いかかってきた。
「なんだか知らねえが、油断は死の元だぜ?」
だが、そんな男の台詞など、彼の耳には届いていなかった。
(…………)
考えて、考えて……でも、このたった数秒で、答えなんてでるわけがなかった。
「……とにかく、」
最早開き直る。
「俺はもう逃げない。死と向き合ってやる! 戦ってやる!」
飛んでくる小石を見つめる。音速で飛んでいるくせに、今の彼には止まって見えた。
「俺は、こころを守るために戦ってやるよ!」
そして、奇跡は起こった。
青い魔方陣が、小石を防いだのだ。しかし、それだけでは奇跡とは呼べない。何故、これが奇跡なのか。
それは、
「これが、俺の、力……」
高松の人格が、入れ替わってなどいないからだ。
『……はじめまして、だな。本当の俺――鷹』
頭の中に直接声が響く。よく知る、彼自身の声だった。
「ってことは、お前がもうひとりの俺ってことか?」
『ったく、気づくの遅すぎんぜ』
「なら気づかれるように出てこいよな」
『うるせーよ。で、どうする?』
脳内相談が続く。その結論は、
「まっ、とにかく……」
「『とりあえずそいつをぶっ潰すか!」』
今度は高松が、銃弾のようにピスセスのもとへ駆け出した。さっきまでとは、段違いの速さだった。ピスセスの眼前に青い魔方陣が出現する。高松はそれを貫くように拳をふるった。とっさにピスセスはガードしたが、その上から重い衝撃がのしかかり、男の体が後ずさる。
「――、なんだ今の……? さっきまでと威力が桁違いすぎる……!?」
「なんで分かるのかって聞かれたら、分かるから、としか答えようがないんだけどな……今、俺の中で、二つの人格が共存してるのさ」
死の恐怖を感じたとき、ノワールは呼び出される。だが、高松は今、死に立ち向かおうとした。対抗しようとした。
しかし、幼い頃からのトラウマを、そんな一時の感情だけで抑えられるわけがない。死と戦おうとする意思と、死に対する恐怖が矛盾するように彼の中で絡まりあい、その結果、中途半端にノワールが呼び出されてしまったのだ。
「けど、よくあることだろ? 二重人格者が共存あるいは融合したとき、もとよりも強くなるってさ」
だから、彼は力を得られた。死から身を守るだけでなく、死と戦う力を。
「リミッターの二段階目の解除――要するに身体能力の更なる向上と、そこを通った攻撃の威力を倍にする【累乗の魔方陣】。それが、俺が今手にした力だよ!」
☆
「そんなの、そんなの聞いてないぞ!?」
当然、《過激派》の上層部の連中は、二重人格であるというところまでとはいかないだろうが、高松がある限定的な状況において能力を使えるようになることは知っていた。が、下っ端に過ぎないピスセスはそのことを聞かされていなかったのだ。だから、彼にとっては、高松が魔方陣を使っただけでもイレギュラーなことだった。
ましてや、上層部でさえ予測できなかった高松の成長、新たな力の獲得など、絶対に予想できるわけがない。
『さあ終わりにしようか』
「『これで、クライマックスだ!」』
瞬間、高松が駆け出した。一歩、二歩、三歩、と距離が縮まっていく。ピスセスがボールを高速で放つも、あっさりと魔方陣によって弾かれた。
「くそっ!」
ギリギリで横に飛び、突進をかわす。しかし、高松は即座にそれに反応した。二人の距離があっという間に詰まる。横っ飛びでかわした、ということは、ピスセスは今宙に浮いているのである。念動力で自らを動かすこともできるが、そこまで重いものとなると素早く動かすことはできない。つまり、彼にはもうかわすことができなかった。
「魔方陣・強化の二乗!」
ピスセスの前に青い魔方陣が二つ現れた。高松との距離はもう、五メートルもない。
(や、ば……!)
高松の右腕が繰り出すアッパーが、魔方陣ごと男の鳩尾を貫く。
大きく飛ばされ、体内の空気をほとんど吐き出して、ピスセスは気を失った。
☆
「やっ、た、のか……?」
倒れこんだピスセスをのぞきこむ。やはり、男は気を失っているようだった。
それに安心したからか、ノワールはもう彼の中から消えていた。
「高松君!」
突然、高い少女の声が響いた。声優にいそうな声。その主は、小鳥遊つばめだった。
「間に合わなくて、ごめんなさい……でもすごいじゃない! あんな力を使えるようになるなんて!」
「つばめさん」
とても嬉しそうに声を弾ませているつばめに対し、高松は低く静かな、聞くと我に返るような声で言った。「ふぇ?」と、つばめが空気の違いに驚いたらしい声を出した。
「間に合わなかった、ってことは、今の様子が見えてたんですよね?」
「うん……ほんとごめんね。助けに入れなくて……」
しょんぼりした彼女を見て、慌てて高松は否定した。
「いえ、そうじゃなくて……そっちの世界に居れば、こっちの世界に居る以上にこっちの世界のことを把握できるってことですよね」
「うーん……まあ、いわゆる千里眼みたいな力を使える人もいるから、観察するって意味でなら、私達の世界に居た方がいいかもね」
なら、と彼は言った。その目は、何かを決意した目だった。
「俺、戦います」
それが、高松の出した答えだった。
「いいの……?」
「はい。ただし、常にこころのことを見守って、何よりもあいつを守ることを優先してもいい。そういう条件で、よければですけど」
なによりそれが、彼の答えだった。大切な幼馴染みを守ること。彼女を、戦いに巻き込まないことこそが。
それは、ただの自己満足だった。彼にとって、何においても優秀な早見こころは、自慢の幼なじみであると同時に、自分の無能さを思い知らされる、いわばコンプレックスの塊でもあった。彼女をそんな悪い目で見たことはない。彼女を見て、時々そう思ってしまう自分が嫌なのだ。
劣等感。
大切な幼馴染みに、大好きな早見こころに対して、そんなものを抱いてしまうことが。たったそれだけでも、たったそれだけで、こころにとても失礼で、悪いことをしている気になった。
だからこそ、そんなこころを守ることで、心を満たせるような気がしたのだ。
それが、自分の気持ちへの言い訳であることに、少年は気づいていなかった。
「分かった。《探求派》として守ってあげることはできないけど、常に監視して、危険があればあなたに伝える。そしてこちらの世界まで連れてくる。そこまでは約束するわ」
「ありがとうございます」
高松は心底安心した。それなら、こころがこんな目に遭うことはないだろう。
「それじゃあ改めまして。《探求派》ゲスト班所属、コードネーム『色欲のラスト』。本名は小鳥遊つばめよ。よろしく」
つばめが右手を差し出す。高松は少しの間、考えるように彼女の手を見つめ、
「班とかは分かんないけど……今度から《探求派》に入る高松鷹です。よろしくお願いします」
そして、包み込むように、その手を握った。