#1 「アナザーワールドへようこそ」
「タカ兄は、明日からの夏休み、なにか予定とかあるの?」
静かな住宅街の中、肩を並べて歩く男女のうち、女の方がそう問い掛けた。
男の方の名前は高松鷹。髪はワックスでツンツン気味に整えられており、ネクタイは緩められて、第二ボタンまで開けたワイシャツの奥からは黒いインナーが顔をのぞかせている。俗に言われる不良といった感じの格好をしているのだが、優しい雰囲気の顔つきをしているためか、どちらかと言えば優等生学校にいる少しチャラい男子学生といった感じだった。
「予定って言われてもなぁ……部活やってる訳でもないし、まぁ軽くひとり旅するぐらいかな。そっちは部活が忙しいんだろ?」
「うん。大会が近いからねー」
答えた女の名前は早見こころ。高松鷹の幼馴染みだ。
平均並みの身長でありながら胸の大きさは平均をはるかに越えており、しかし綺麗な黒髪ロングにおっとりとした雰囲気は、清楚なイメージを感じさせる。
「試合には出れそうか?」
「んー……どうだろう?」
えへへ、と少女が苦笑を浮かべた。
「まぁとにかく頑張れよ。時間があれば応援もいくからさ」
「ホントに!? ちょっと頑張っちゃおうっかな」
彼女の顔がパーっと明るくなる。天使の笑顔と言われてもケチをつける人はいないであろうものだった。
「おう。頑張れ頑張れ」
「うん。じゃあ、またね」
そう言って少女が手を振り、高松もそれに手をあげて応える。
二人の男女が、一人ずつの少年少女となって歩いていった。
☆
高松鷹は、時々白昼夢を見ることがあった。道を歩いていると、町の住人が得体の知れない力を使う何者かに襲われているところに遭遇する。助けるために割って入った辺りからの記憶が曖昧なのだが、自分も何か科学では解明できないような力を使っていて敵を追い払う。そしてふっと気がつくと、下校中の通学路の真ん中に立っているのだ。
そんなことを思っていた時だった。
空から女の子が降ってきた。
「えっ? ……ハァ!?」
どん、という大きな衝撃と音とともに砂煙が舞い上がった。下はコンクリートであるはずだが、余程の衝撃だったのだろう。割れたアスファルトの破片がぶつかってきて少し痛かった。
少しして砂煙が晴れると、女の子の姿が見えるようになる。いわゆる、美少女だった。
細くて華奢な身体に長くて綺麗な脚。大きな瞳をしていて、気の強そうな、しかしどことなく優しそうな表情。髪は長めの茶色で、横のところに鳥の形をした髪飾りをしている。
「な、え? 今、空から落ちて――」
「高松鷹」
少女が彼の名を呼んだ。ちょっと高めの、声優とかにいそうな声だった。別段、高松はアニメなどを見ることはないので、あくまでもイメージにすぎないが。
「? なんで、俺の名前……?」
「拳を握りなさい。じゃないと、ちょーぜつ死ぬわよ」
は? と高松が反射的に声をあげようとした瞬間、彼の顔のすぐ横を真っ白い閃光が貫き、後ろの壁を粉々に砕いた。あまりに突然の出来事に、絶句して立ち尽くしてしまう。
「言ったでしょ? 戦わないと死ぬって。次は、当てるわよ」
言って、少女が手を伸ばした。高松の視界が、真っ白な世界に包まれる。
(まずっ……俺、死ん――)
そして、彼の意識が闇に落ちた。
☆
(また、夢……?)
誰かと戦っていた。相手は少女のように見えた。確定できないのは、夢だからか視界がぼやけているからだ。
少女から白い光が放たれて、それを青い光が迎撃する。とてつもない速さでそれが繰り返され、時折少女が接近戦を挑むも、彼はそれを軽くいなす。そんな戦いが、数分以上続いていた。
☆
「――れるなら十分ね。合格よ」
少年が目を覚ました。どちらかというと、我に返ったと言った方が正しかったかもしれない。
すでに、少女には攻撃の意思が無いようだった。殺気の感じ取れる恐ろしいものから、人当たりのいい、感じの良さそうな雰囲気に変わっている。
「合格……?」
「そう。あなたはこちらの世界の代表に選ばれた。だから、それに見合う力があるか試させてもらったの」
少女がなにやら訳のわからないことを言い出した。見た目はかなり可愛いのに電波少女とかもったいない、と高松は思う。
だが彼は、彼女の言葉を頭から否定することができなかった。それだけのものを実際に見せられてしまったからだ。
だから、とりあえず少女の話を聞くことにした。
「こちらの世界って、じゃあ別の世界でもあるのか?」
「ええ。こちらの世界と全く同じ座標に位置していながら、存在する次元が違う、私達の住むもうひとつの世界。言うなればそれが――アナザーワールド」
「アナザー、ワールド……?」
「うん。そこでは力の存在が当たり前なの。まあ、百聞は一見にしかずって言うしね。ちょっと時間もらってもいいかな?」
すでにずいぶんともらっちゃってるけど。と、少女は苦笑を浮かべながら付け足した。いきなり襲ってきた相手に時間もなにもないだろと彼は思ったが、あまりにも友好的な笑みに、つい曖昧に返事をしてしまう。
すると、突然少女が高松の手を包み込むように握ってきた。彼女の顔がすぐ目の前にある。それこそ、鼻と鼻、額と額がぶつかるような距離に。
「えっ……ちょ、えっ?」
高松の顔が瞬間的に赤くなる。実のところ、あまり女の子慣れはしていないのだ。
「座標の特定を開始……現在地の特定に成功。ジャンプを開始します」
少女が何かを呪文のように呟いた。吐息が顔にかかってくすぐったい。そしてそれ以上に恥ずかしかった。
「ちょーぜつ変な感覚で最初は慣れないかもだけど、ちょっとの間だけ我慢してね」
少女がそう言った直後、彼らは白い光に包まれた。反射的に目をつむってしまう。すぐにグルグルと回転しているような、ジェットコースターととんでもなく速く回しているコーヒーカップに同時に乗っているような感じが襲ってきた。
気持ち悪い。吐き気もしてくる。
そんな感覚が数秒程続き、おさまってから恐る恐る目を開くと、そこには少女の笑顔と、その背景に住宅街の景色が広がっていた。
「――!? そんな……」
しかし、そこは彼の見慣れた住宅街とは違っていた。
ついさっきまで目の前にあった大きくて庭もついてる金持ちの家が無くなり、代わりに沢山の子どもが遊べそうな少し広めの公園ができている。よく見てみると、通りすぎていった青年は数ミリほど浮いて空中を滑るように移動していたし、公園でサッカーをしている少年達のボールはこれぞファイヤーシュートだとでも言うようにもえあがっていた。
「どうゆうことだよ、これ……」
困惑する少年に向けて、少女が言い放つ。
「ようこそ。私達の住む世界、あなたから見た、アナザーワールドへ」