第01話 下之ユウジの憂鬱
空き部屋だらけの部活棟の一角を占拠する一つの部活があった。
どこからか強奪してきたホワイドボードの前に仁王立ちする者が言い放つ。
「アタシがB3部部長! 巳原ユイだ!」
ビーキュー部。
「ではユウジぃ! この部活の活動内容を答えよ!」
ユウジと呼ばれた男子生徒が面倒くさそうな表情で答える。
「……B級なものを探究する部活、だっけ?」
「正解、正解、大正解! ということでさ! 部員の皆さんはご理解いただけたかねえ!」
部長名乗るグルグル眼鏡をした女子のユイが、目を向けた先には三人の生徒がいる。
「あははは、僕はギャルゲーが出来る空間さえあれば何の文句もないよ」
携帯ゲーム機に目を向けながら、整った顔立ちのイケメンの括りにはいるであろうマサヒロという男子生徒が興味もなさげに答えた。
「分かったから、次のえっちな本をば!」
ピンクピンクした表紙の漫画雑誌を鼻息荒く興奮しながら読んでいた女子のひだまりが顔を上げて要求する。
「あの……文芸部……で……ないんですか?」
自己主張も控えめな女子生徒の井口が肩身の狭そうな小さな声で、質問する。
「文芸部というものは世を忍ぶ仮の姿……そう、実態は――」
「文化祭に一回出す文集作り以外はただの自由空間だけの部活、B3部な。違うか?」
「間違っていないが、部長であるアタシのセリフを取るんじゃあないっ!」
「ということで井口さん、文芸部としての活動は期待薄なんで、抜けるなら早いうちにした方がいいかと思いますよ」
「ユウジ、退部を薦めるなぁ! ようやく活動規定人数になったんだぞ!」
ユイがユウジの井口への配慮に激昂していると、当事者の井口が口を開く。
「っ! ……でも……文集を出すんですよね? なら……大丈夫……です」
井口はユウジの顔をちらり覗き込むと頬を赤くして、そう答えた。
「うむ! アタシは嘘はつかん! 年一だが文集は作るぞ! あとはフリーダムだ!」
「はい、じゃあ講演は終わりだな」
ユウジがそうまくしたてるように言うと、意識を少しでも向けていたユイから全員の関心が逸れる。
一人はラノベの世界、一人はギャルゲーに熱中、一人はエロマンガに興奮、一人は原稿用紙にちまちまち文字を連ねる。
「フリーダムと確かに言ったけども、あまりにも皆やっていることがばらばら過ぎやしないかぬ!?」
ユイがそんな協調性のない面々にツッコミを入れる。そういう本人もイラストを描き始めていた。
そうして大きな変化もない穏やかな日常が流れていく。
これは幼馴染もヤンデレ美女もチート妹も神様もいない世界。
* *
ここは地方の一つの町、藍浜町。
多くの人が暮らすこの町には高校が一つだけある。地元住民はこぞって同じ幼稚園・小学校・中学・高校を過ごす。
閉鎖された世界、かといって不自由のない世界。
そして春が来た。
「……ん、七時か」
下之ユウジ、主人公である。
目覚ましの喧騒さにたたき起こされたユウジは時計を覗き、時刻を寝ぼけ眼で確認した。
時刻は七時ちょうど、いつもの起床時間だ。
「……ふぁ」
欠伸をしながら春先の少し涼しい空気を感じながらベッドを出た。
そしてゆっくりと二階にある自室を出て、階段を降りて少しあるいたところで居間にたどり着く。
朝特有のひっそりとした空間、朝食か弁当かを作った残り香が鼻につく。
「姉貴は生徒会か……お疲れさま」
卓袱台上に置かれたメモを読んで、小声でユウジは呟く。
姉貴、ユウジの姉である。本名は下之ミナで、藍浜高校生徒会副会長を務める。生徒会仕業の為に早くに家を出ていた。
「いただきます」
卓袱台に用意された、未だに湯気立つほかほかのご飯と、ラップで覆われた焼き鯖にきんぴら、豆腐やじゃがいもやわかめなどが入った味噌汁が並ぶ。
それをユウジは食事前の挨拶を済ませて、箸を茶碗へと伸ばした。
「いってきます」
身支度を済ませて、空虚な家の内側に向かって、誰が答えることもないが、ユウジは家に別れを告げる。
居間この家にユウジ以外の人間がいないわけではない、しかし彼女が部屋の外に出ることはないことをユウジは知っている。
「…………」
階段をわずかな間だけ、寂しそうな表情で見つめた後、鍵を閉めて、ユウジは家を出て学校へと向かった。
「二組か」
昇降口に貼られた名簿に自分の名前を見つける、ユウジは一年二組のようだった。
未だ七時半である故に昇降口にいる生徒も少ない。一部の生徒は「同じクラスだねー」「うんー」などという会話が少しある。
機械的に自分の教室を確認したところでユウジは自分の教室へと向かった。
今日は入学式、本当なら期待に胸を躍らせてもいいのかもしれないが。
この高校の特性上、あまりそういう感情には至らない。その理由の一つはやはり、変わり映えのしない面子にあるだろう。
エスカレーター式と言ってもいいほどに藍浜中学の生徒が高校にスライドするために、見知らぬクラスメイトとの遭遇などの新鮮さは味わえない。
「さて」
ユウジは学校に着き、黒板で指定された自分の席に着席するなり、鞄から黒色の書店で貰える紙製カバーに身を包んだ本を開いた。
ユウジの主な読書対象は、ライトノベルと呼ばれる。ところどころアニメチックな挿絵の挟まれた小説だ。
今日は少し前に古本屋で調達してきた「ご愁傷さまな三宮さん」の三巻目を読み耽る、生徒もまばらな教室で黙々とユウジは読み続けた。
「はよっす!」
読書を妨害したのはそんな威勢のいい挨拶だった。本から目を上げると、そこには見知った顔があった。
「おはよ、ユイ」
「おお、栄えある高校生活一日目なのにユウジになんの変化もぬえ!」
ユイ、巳原ユイ。中学三年ころからつるみ始めた悪友である。
女子ではあるものの、どこぞで売ってるのか分からない渦巻き模様の眼鏡をかけて、以上のような奇妙な口調なので色気の欠片もない
ユウジとしては話の合うオタク仲間といったところだ。
「いや、学ランが変わったぞ?」
「そりゃそうだ、中学時代の制服着てたらイカンでしょ」
「あとはガゲガ文庫に手を出した」
「高校生要素の欠片もねえ!」
と、いつもの掛け合いここにあり。
「どうよー、アタシの制服姿」
くるりとユイは回ってみせる。
「うん、興奮した」
「本に目を落としながら言ってもちっとも嬉しくないんですがぁ」
「……うん、ユイだな」
「その残念そうな表情を問いたい、言いたいことがあるならいいたまえよキミぃ!」
ユイは出るところも出て、顔から下はモデル体型手前なのに眼鏡と性格で相殺どころかマイナスという残念な女子だった。
ユウジが眼鏡を取れよと何度か提案したが尽く断られている、ユイ曰くこれがアイデンティティだそうだ。
「なー、ユウジ」
「んー」
「何か部活入るんか?」
「いや」
「そ、そう……ではアタシと同じ部活に入らないか?」
「ああ」
「本当か!」
適当な受け答えをしているようだが、一応ユウジも思考はしている。
特にしたい部活もない、しかし家に帰っても何もすることがない、ユイの部活というのだからそれなりに面白そうだ。
という考えが、淡々とした返事の間には含まれていた。そして一つの疑問としてユウジは顔を上げて、
「で、ユイは何の部活入んの?」
別に運動部でさえなければなんでも、と思っていたユウジは問いた。
「B3部だ!」
その聞き覚えのないその単語に、
「ビーキュウ部?」
ユウジは復唱してみるも、その部活の意味も正体もつかめることなく首を傾げる。
ユイはグルグル眼鏡越しにドヤ顔で胸を反って、言い放っていた。
ということではじまり、はじまり。
クソゲヱリミックス外伝、これはもしものお話。下之ユウジがとあるギャルゲーを起動しなかった世界。




