-6-
檻桜学園前停留所からバスに乗り、二つほど行った停留所【チョウヨウ】
その停留所を下車し、しばらく進むと、紅、黄、白の菊で飾られた門が聳えている。
その三つの門のうち、白菊で飾られた門を潜り、10分ほど進むと、ショッピング街【シラギク】に出る。
「「シラギク街到着ー! ……しかも歩いて」」
あー疲れたーと、白菊門に寄りかかる双子。
お前等毎日徒歩で学園に通っているじゃないか。
「仕方ないですよ。自分達は徒歩で登校していて、バスを利用する為のパスカードを持っていないんですから」
「特待の称号使えたらなー」
「この称号、本当訳に立たねぇよなー」
桜の花片が埋め込まれた、檻桜学園特注の翡翠のネクタイピンを見て、ダムは口を尖らせた。
零もダムと同じように、花片が埋め込まれた、双子とは少し違う青藍玉のタイピンを見つめた。
零とトウィードル兄弟は、檻桜学園の特待生である。
『一に成績、二に家柄』をモットーとする学園において、零と双子は唯一成績だけで特待制度をキープする、学園きっての異端な存在。
それ故に、あまり教師等から良いように思われていない(特に双子)
しかし、零と双子の頭脳、そして温和で、陽気な人柄、容姿端麗な姿に対し、右に出る者はいないというのが事実である。
「まあ、他の場所では色々と役に立つ称号なんですから。一応大事にしましょうよ」
「確かになー」等と双子は言い、三人はシラギク街に入った。
-------------------
--------------
----------
------
---
「これは……」
「酷いな」
双子の言葉に無言で頷く。
名前の通り、白を基調とした、飾り気の無い、だけど、沢山の白菊で彩られた、美しいシラギク街が、
「酷いってものじゃない。酷過ぎますよ……」
汚れていた。シラギク街は、赤く、真っ赤な色に汚れていた。
花壇に植えられている、白く咲き誇った白菊が、飛び散った赤に、染められていた。
双子がよく通っていたメンズファッションのお店。
そのショーウィンドウや、白い壁に、被害者のものと思われる血液が、完璧に拭い切られておらず、擦れて付着していた。
いつもリラと一緒に入るグッズ店。
子供が落としたのだろうか? うさぎのぬいぐるみがぽつんと一人、寂しげに店の前に落ちていた。
その愛らしいぬいぐるみの傍には、夥しい量の血痕が残っていた。
「こりゃ……組織ぐるみの犯行だろうな」
「どんだけだよ、この血の量……致命傷どころの話じゃねぇよ」
「つーか犯人今逃走中だろ? 一人の犯行じゃねぇなら、複数犯逃げているってことだよな?」
「警護隊も警護隊で、何してんだかな」
ニュースでは、無差別殺傷事件と言っていた―-だが、この夥しい血の量や、配属されている警護隊の尋常じゃない派遣数と、緊迫した空気。あまりにも、常識を逸脱していた。
「俺、ちょっとあそこにいる警護隊の奴に、話聞いて来ーよう、と!」
「あ、おい兄弟!」
ダムの制止を聞かずに、ディーは黄色のテープを飛び越え、警備をしている警護隊に無謀にも走り寄り、行ってしまった。
「もー! 少しは人の話を聞けってんだ! なーゼロー?」
「………………」
「ゼロ?」
「………………」
――どくり。
何だろう、この、胸騒ぎは?
シラギク街に入ってから、動悸が激しい。一向に治まらない。
おかしい……今までこんなこと、一度も無かったのに。
この、沸き立つ感情――胸の奥底から、何かが込み上げて来る感じ……喜び? 快感?
違う。そうじゃない。だけどこんなこと、確か、以前何処かで体験したような……。
いや、そんな筈は無い。
そんなこと、ありえない。ありえない。ありえなさすぎる。
だって、14年間生きてきた中で
ひ と ご ろ し な ん て す る わ け が な い 。
じゃあ、一体何なのだろう、この、心の底から、湧き出でて来るような、狂喜の感情、は――
「ゼロ、大丈夫か?」
不意に話しかけられ、びくりと身体が飛び上がる。
顔を上げると、ダムが首を傾げながら、身体を屈ませて顔を覗いていた。
「顔、真っ青だよ?」
「え」
「すっごい血の気引いてる。汗もすごい。……大丈夫?」
「……多分、大丈夫、です」
詰まりながら声を出す。
足が地に着いていない気がする。
「嘘。大丈夫じゃない」
「………」
「すごいふらふらしてる」
「……確かにそうっすね」
ダムの言うとおり、シラギク街に入ってから、何だか体が重く感じ、立っているのがかなり辛い。
とうとう足に力が入らなくなり、後ろにふらりと行きかけた零を、ダムが片手で背中を支えた。
「はは、すみません」
「もう帰ろう」
「そうですね……警護隊の方々に学園なんかに連絡されたりでもしたら、堪ったもんじゃないですし……」
「違うよ」
「え?」
「ゼロが心配だから、もう帰る」
「……………」
真剣な表情で、零を見つめるダム。
初めて見るダムの真剣な表情に、零は思わず声が詰まった。
「……ダム先輩でも、たまには真面目なこと言うんですね」
「? 俺はいつでも真剣だよ?」
「ははは。嘘言うな」
普段通りに冗談を言い、人をからかう無邪気なダムに戻る。
――やっぱり、ダム先輩は、笑っている顔が一番良い。真面目な表情は、一年に数回程度で良い。
もしそれ以上あったら、この世は破滅するだろうな……うん。ちょっと、言い過ぎた。
「おい兄弟!」
ぼやける視線の先に、警護隊と何やら話をしているディーの姿が見えた。
ダムの呼び声に気付いたディーは、警護隊と二言ほど交じわせてから、黄色のテープを飛び越え、此方へ向かって来た。
「悪い悪い! ちょっと話し込んじゃって……って、ゼロ! どうした!?」
零のもともと色白な肌が、いつも以上に青白くなっていて、それが体調の悪さを醸し出していた。
慌てて走り寄って来るディーの姿が、霞んだ視界に見えた。
「貧血かもしれないんだ……なあ兄弟もう帰ろうぜ?」
「当たり前だろ! 早く帰ろうぜ!!」
「ゼロ、歩ける?」
「はい。もう大丈夫で……」
ダムの支えていてくれた手から離れ、零は数歩進み、そして、かくんと、膝から崩れ落ちる。
ガッ、と地面に強く膝を打ち付ける。痛い。嘘だろ。足に力が入らない……。
「「ゼロ!!?」」
双子が慌てて零を抱え起こすが、零の両足には力が無く、両脇を支えてもらって立つのがやっとだった。
「ゼロ大丈夫か! そんなに体調悪いのか!?」
「いや、体調は悪くは無いんですけど……」
「じゃあ何で今倒れかけたんだよ?」
「こ、腰が抜けたとか……?」
「「……………」」
「……………」
「ゼロ、今までに無いくらい」
「つまらない言い分けだね」
厭きれ返った溜息が二つ、シラギク街に重々しく響いた。
ちくしょう溜息を吐きたいのはこっちだよ。
悔しくて、目に薄らと涙が浮かんだ。