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がやがやとうるさい廊下。埃の臭いが鼻を掠める。
小走りで教室へ向かう生徒と、チャットをしながら教室へ向かう生徒。フォーンを見つめながら歩く生徒。友人と話しながら歩く生徒。
やることなすことバラバラだけど、同じ学園の生徒達が、あと7分と26秒程で鳴る朝礼に間に合うように、自分達の教室へと向かっている。
「「ゼロ君、おはよう!」」
「おはよう」
後ろから来た女生徒に挨拶をされ、零は追い越され際に挨拶を返す。
顔を赤らめた女生徒二名は、「きゃー!」と言い、走って行った。
「人に挨拶しといて悲鳴上げて去るのはどうかと……」
「ゼロも罪作りな奴だよなー」
「本当本当」
「何が罪作りなんですか?」
「「そういう鈍感な所が」」
「?」
双子に「にぶにぶー」等と言われつつ、中等部の棟に辿り着いた。
「じゃ、俺らはこの辺で」
「お昼にまた来るねー!」
高等部である双子は、此処でお別れである。
零に手を振りながら、中等部棟をのんびり悠々と去って行った。
朝礼まで残り3分と47秒。高等部の棟まで果たして双子は辿り着けるのだろうか?
『ま、あの二人なら行けるよな』
「ゼロ君おはよー」
「おはよーゼロ君ー!」
「あ、おはよう」
挨拶を返せば、またきゃーきゃーと悲鳴を上げて去っていく女子生徒。
だから何で挨拶返しただけで、いちいち悲鳴を上げられなきゃなんねぇんだよ。
「あーイライラする……」
「おはよう。ゼロ」
「あーはいはいおはよ……って、リ、リラ!?」
「朝から機嫌が悪いのね」
慌てて振り向くと、くすくすと笑う可憐な少女が、自分を見上げていた。
ライラック・ハシドイ。
通称【リラ】
ふんわりとした藤色の髪と、儚げな翡翠色の瞳が、見る者をうっとりとさせる優雅さを醸し出している。
「ごめん。まさか、リラだとは思わなくて……」
「あら、私じゃなかったらどんな顔をしていたの?」
「多分こーんな顔」
「嫌だゼロッたら!」
鈴を転がすのような声で無邪気に笑うリラ。愛らしい姿に少し見惚れてしまう。
昔からずっと一緒の、大切な幼馴染。
「まあ、どうして機嫌が悪いかは大体察しが付くわ。またきゃーきゃー言われたんでしょう?」
「さすがリラ。解ってらっしゃる」
「仕方ないわよ。だってゼロかっこいいから」
「あまり嬉しくないね」
「その素敵な容姿をちょっと周りに使ってみたら? きっとクラス中大騒ぎになるわよ」
「使ってみたくも無いし、使う気も無い」
「つまらないわねぇ」
リラはそう言って笑うが、零自身はあまり笑い事には思えない。
零は、自分の中性的な容姿がコンプレックスなのだ。
「トウィードル先輩達から聞いたわよ。ゼロ、変な夢見たんですって?」
「伝達が早すぎだろあの双子……で、先輩方が何だって?」
「ゼロが今日一日気落ちしているかもしれないから、よく見といてあげてくれって」
「へぇ……」
先輩達の心遣いに、少し感心。
あんな双子にも、そんな人を気にかけてくれる心があったのか……。
「追記:もしゼロが居眠りして魘されていたら写真を撮る様に」
「台無しだよ」
何が居眠りしていたらだ。授業中に誰が寝るか。
つーか魘されねぇよ。失礼な。
「でも、ゼロが魘されるだなんて珍しいわね」
「そうかな?」
「ねぇ、どんな夢を見たの?」
「え、聞きたいの?」
「うん!」
ふんわりと、綻ぶ笑顔にどきりとしつつ、夢の話をリラに話した。
リラは笑みを崩さず、終始笑顔で話を聞いていてくれた。
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「――変な夢ねぇ」
「だろう? その夢のせいで朝から遅刻しかけるわ、双子にからかわれるわ、変なものは見るわ……本当散々だよ」
「変なもの?」
「疲れているだけだと思うんだけどね」
「それは大変だわ。早速先輩達にお伝えしなくちゃ」
「いやいやいや、何言ってんの」
リラが恐らく双子達に打っていたと思われるフォーンを、素早く取り上げる。
危なかったな……この子、先輩達にメール送信する寸前だったんだけど。
「あの双子の耳に入ったら徒じゃ済まなくなるだろ?」
「あら、私ゼロが先輩達に弄られて困っている姿、見るの好きよ」
「……………」
冗談よとコロコロ笑うリラ。この子可愛い顔してかなりのドSだわ。
先輩達に余計なメールを送らないように、リラに入念に釘をさし、フォーンを返した。
「リラはどっちの味方なんだか」
「私はいつでもゼロの味方よ」
ふんわりとした笑顔で、リラはうふふと笑った。
「おーい朝礼始めるぞー席座れー」
馬鹿みたいな(まあ実際馬鹿なのだが)大きい声を上げながら担任が教室に入ってくると、初めからがやがやとうるさかった教室が、さらにうるさくなった。
「あら、先生がいらしゃったわね」
「席に着かないとな」
「じゃあ、また後でね」
「うん」
ひらひらと零に手を振ると、リラは自分の席へと戻った。
零も自分の席――窓側の一番後ろの席へ向かった。
桜木が近い今の席は、零のお気に入りの席である(しかも担任の目があまり届かないという利点)
朝の挨拶をし終えると、担任は出席を取りながら、今日の予定を話し出した。
零は担任の話を、右から左へと受け流しながら、外を眺めていた。
『今日も良い天気だな……』
桜の花片がふわりふわりと、風に幾重にも舞い上がっている。
ふと、薄紅の花片の合間に、赤いワンピースに白いレースをあしらったエプロンドレスの姿が、垣間見えた。
「?」
身を乗り上げて窓の外を見ようとしたら、ざっと、一陣の風が吹き、桜の花片を大きく吹き上げた。
その大量の花片の合間から、にたりと笑んだ唇が、見えた気がした。
風が治まり、再びそこを見ると、そこには誰も居らず、ただ桜がちらほらと舞っているだけだった。
「何だ?」
「何だ? は、こっちの台詞だ一色ぉぉおおお!!」
びくりと身体を飛び上がらせ、ばっと右を向けば、いつの間に自分の前に来たのか?
額に青筋を立てた担任が、目の前で、仁王立ちをして立っていた。
「外に可愛い女の子でもいたのか? 一色?」
「いえ……」
「じゃあ何だ? 俺の話よりも夢中になるものが、窓の外にいたっていうのか? あぁ?」
全く……自分はこの担任がかなり気に食わない。
相手も自分と思っていることが同じようで、自分が何かする度にいちいちしつこく絡んでくる。
嫌みで偏見なあほ面教師。
「桜が」
「あ?」
「桜が奇麗だな、って……」
すっ、と此方を見つめる女子に流し目を(故意に)向け、くすりと微笑む。
すると顔を一気に赤らめた女子達が、一斉に悲鳴を上げ、教室内が騒然とした雰囲気に陥った。
担任は慌てて、うるさい教室に怒声を響かせる。しかしなかなか教室内は静まらない。
ふと、斜め前から視線を感じ、そちらの方を向いた。
リラがくすくすと笑いながらこっちを見て、口パクで「使わないんじゃなかったの?」と言ってきた。
『物は使いよう』
口パクで、リラに伝えた。
その後、数回の怒声を響かせ、クラスを静めた後、意気揚揚と嫌みな説教を始めようと、此方に向かって来た担任は、一時間目開始のチャイムにより、憎たらしい顔を此方に向けて、教室を去って行った。
やれやれ。