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和都・サイハテの最奥に聳え立つ学園【檻桜学園】
国花である【桜】が学園を檻のように囲み、一年中咲き誇り、校内を薄紅色に彩っている。
幼等部から大学部まで存在しているこの学園は、一般人が入学すること自体が極めて、難しいと言われている和都一の名門進学校。
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桜をあしらった学園の門を潜れば、薄紅色の花片がひらひらと、空を可憐に舞っている。
「あ、ゼロ」
「桜の花びら頭に付いてる」
「「取ったげるー!」」
「……とか言いつつ、花びら付ける気ですね?」
「まっさかー!」
「そんなことするわけ無い無ーい!」
「じゃあその手の中に大量に収まっているそれは何ですか?」
「「チッ」」
「そう同じ手に何度も引っ掛かりませんよ」
零が厭きれながらそう言うと、双子は口を尖らせながら、手の中に収められた大量の花片を投げ捨てた。
「ゼロ少しは引っ掛かれよー」
「何で解っていることに対して、わざわざ引っ掛からなければいけないんですか?」
「ゼロつまんなー」
「少しは反省してくださいよ!」
「「ふーんだ! ゼロのKYめ!」」
口を尖らせたまま、双子はスタスタと足早に進んで行ってしまった。
……やばい。双子の機嫌を損ねた。
「あああもう! 先輩! トウィードル先輩! 自分が大人気無かったです! だからちょっ、スピード落としてください!」
長い足で、しかも大股で進む双子になかなか追い着けない。
双子は歩いているはずなのに、こっちは走って双子を追い掛けてしまう。
あ、何だか脇腹が痛くなってきた。
「せ、先輩……ごぶふぉっ!」
急に立ち止まった双子に零は止まり切れなく、零は思い切りその背に打ち当たった。
「ぜ、先輩?」
「「……喰らえ! 不意打ち桜吹雪ぃぃいいい!!」
「なっ! うわあああ!?」
勢いよく振り向いてきたと思いきや、双子は両手に大量に抱えた桜の花片を、勢いよく零に向けて打ちまけた。
ふわりと撒かれた薄紅の花片が、零の頭上から、どろりと零れ落ちた。
「え……?」
赤黒い、どろりとした粘液が、頬を伝う。
手の平に落ちた赤が収まりきれず、手首を滑らかに伝い落ち、袖をじわりと赤く染めた。
血だ。これは、血液だ。
そう認識した途端、夥しい量の血液が、頭上から雨のように降り注いだ。
鉄臭い臭いが辺りを充満させ、粘り気のある毒々しい血液が制服に染み込み、腕を、頬を、髪の毛を生々しく伝い落ち、制服を、鞄を、先輩達を、世界を、赤く、赤く染め上げた。
「う、わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「「ゼロ!?」」
「ああああああああああああああああああ!! あ?……え………え?」
双子の声で我に返る。
桜の花片が、頭上からひらひらと舞い落ちた。
何事かと前や横を歩いていた生徒が、不審な瞳で此方を見ている。
「どうしたんだよゼロ!」
「急に悲鳴上げて……びっくりしたぁ」
「………………」
身体を確認する。血液は何処にも染み込んでいない。存在すらしていない。
頭を振れば、花片が数枚舞い落ちた。
じゃあ、さっき見たあの赤いものは一体何だったんだ?
「どうして……?」
「ゼロ……大丈夫……?」
ダムの声にはっと我に返る。
顔を上げると、双子が不安そうな面持ちで此方を見ていた。
双子も、赤くなかった。
「――あ、すみません。何か、花片の中に虫が混じっていて……」
「虫なんか混じっていたかな……?」
「虫ぃ!? ゼロ虫苦手だったっけ?」
「虫が苦手じゃなくても、いきなり打ちまけられたら、誰でも悲鳴上げますって」
「つーかゼロ! お前、らしくない悲鳴上げたよなー!」
「本当本当! 僕たち初めて聞いたよ!」
「「ゼロの悲鳴結構癖になるかもー!」」
「……本当最低最悪な双子だよ」
ぎゃははと笑う双子を尻目に、零は足元に散らばる、先ほど頭から振り落とした桜の花片を摘み上げた。
何の変哲も無い。普通の桜の花片。
双子たちが握っていたせいか、熱で少し萎れている。
『フツーの花片だよな……』
瞳をごしごしと擦る。視力が落ちただとか、別段変わったことは無い。
目の前数歩先を歩く双子の後ろ姿だってよく見えているし、やはり先程のは疲労から来る錯覚だったのかもしれない。
「疲れてるのかな……」
「どうしたゼロー?」
「行くよー?」
少し先を進んでいた双子が立ち止まり、零が来るのを待っている。
帰ったら早く寝るか、なんて思いながら
「今行きます」
と双子の方へ駆けた。
ざっと、薄気味悪い風が、桜の花片を吹き飛ばした。