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【タイトル】Dear My Alice【未定】  作者: 柿崎みー君
夢、或いは悪夢。
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-1-

    

 ぱっと目を開くと、そこはいつもと変わらない、白を基調とした自分の部屋が広がっていた。

 ふー、と息を一つ吐き、(おもむろ)に自分の首に触れてみる。

 穴は開いていない。何も突き刺さってはいない。血も出てはいない。

 良かった。生きている。


 「夢、か」


 はぁーと、安堵する。

 額に汗が浮かんでいた。前髪が張り付いて嫌な感じ。左腕でぐいっと拭った。

 ……嫌な夢だった。十四年間生きて見た中で一番、嫌な、最低最悪な夢。


 「あー目覚め最悪」


 ごろりとベッドに横たわる。

 いつもなら眠気が襲ってくるのに、今日は襲って来ない。

 そりゃそうだ。あんな悪夢を見たのだから。

 ―――暗闇の中を、誰かが悲しげに叫んでいた。

 何を言っているのか聞き取ることは出来なかった。

 けれど、その余りにも悲痛な叫びに、此方が悲しくなってくるほどだった。

 そして暗闇から不意に伸びてきた、鋭利な鉤爪。

 それが自分の無防備な首を、まるで布に針を通すかの如く柔らかく、だけど強靭に貫き、自分の首から赤くどろりとした血液が、迸った。


 「やけにリアルな夢だったな…」


 首を片手で押さえながらベッドから起き上がり、家を出る準備を始める。

 何とも無いのだけれど、何だか気になってしまう。むず痒い。押さえていないと、血が噴き出してくるんじゃないかという錯覚に陥ってしまう気がする。


 「今日はマフラーでも巻いて学校に行くか」


 衣装箪笥から、水色のアーガイルのマフラーを引っ張り出す。

 春先に閉まったばかりのものを、もう出すことになってしまうとは……季節的に早い気もする(現に今はまだ10月に入ったばかり)

 まあそこらへんは良しとしてしまおう。自己完結自己完結。

 昨晩作り置きしていたおにぎりを口にしながら、鞄に教科書やらを色々詰め込み、そしてふと、思い出す。


 『アリス、か……』


 夢の中の声で、唯一聞き取れた単語。その声は確かに、はっきり『アリス』と言っていた。


 『他は何を言っているか全然解らなかったのに、何でアリスだけ聞き取れたんだ?』


 まあその後ぐっさりと、爪が首に深々と食い込むわけだが。


 「つーかアリスとか、縁起悪すぎだろ」


 この国では昔、とは言ってもかなりの昔なのだが、或る事件によって『アリス』という言葉は禁句なのである。

 外でふざけて口になどすれば、拘束、そして逮捕というほどに。


 「あ、時間」


 時計を見ると、針は七時半過ぎを差していた。

 いつも家を出る時間を、少し過ぎてしまっている。


 「やばいやばい」


 慌ててマフラーを首に巻き、鞄を肩に担ぐと、一色(ひといろ) (ぜろ)は家を走り出た。




 『×××××』




 戸が閉まる音の合間に、夢の中で聞いたあの声が、微かに聞こえたような気がした。






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 ――和都・カイライ【クグツ通り】


 色とりどりの服を並べたファッションショップや、蘭国の菓子を扱う喫茶店など、風に乗って甘い匂い漂う華やかな商店が建ち並んでいる。

 そのクグツ通りから二本ほど裏道に入り、左に曲がると、先ほど通って来た通りとは全く違う、日の光が刺さない淫靡な風俗街へと変わる。

 表では酒場や宿泊施設などを営んでいるように見せ、中に入れば、怪しげな錠剤を売る国籍不明の者達や、下卑た笑みを浮かべた娼婦が群がってくる。



 此処は、【裏クグツ通り】



 独特の雰囲気と過去を持ち合わせる者達が集い作り上げた、和都最低の無法地帯。

 欲望と虚無感が混在し、不愉快な二重奏(デュエット)を奏で、通りを支配している。

 そんな澱んだ空気が立ち込める危険地帯を、零はただ一人、歩いていた。


 「おい坊ちゃん。こんら時間にどぉしれ、此処をうろつぃてんらぁ…?」


 呂律の回らない口調で、壁に身体をもたれた男が野卑な言葉で話しかけて来る。


 『坊ちゃん、か……』


 男の言葉を頭で反芻して、ちらっと横目で男を見る。

 まだ朝だというのに、酒瓶を手に顔を赤らめ、泥酔している。

 零は男を一瞥すると、男の言動を無視して足を進めた。

 「調子に乗るな糞餓鬼ぃ」と、男の怒鳴る声が聞こえたが、怒鳴って来ただけで、追い掛けては来なかった。


 いくつかの通りを抜け、裏商店街へ出ると、多種多様な視線が零に向けられた。

 先ほどの男のように、泥酔して足元が覚束無い髭面の男、肌を大胆に露出したストリートガール、両腕の刺青を見せ付けるようにノースリーブスを着た屈強な青年達、ピアスを身体の随所にあしらった目付きの悪い若者、うつろな瞳をしてこちらを見つめる年端の行かない少女。

 猥雑な視線が飛び交う中、零は平然な態度で、悠々と裏商店街を歩き進んだ。


 「見ろよ相棒」

 「おやおや兄弟」

 「こんな所をたった一人で」

 「危ない危ない」

 「襲われてもいいのかね?」

 「綺麗な顔をしているからね」


 背後から、同じトーンでクスクスと楽しそうに笑う声が聞こえる。

 ふぅーと、零は大きく息を吐く。

 あまりの酷いやり取りに、酷く厭きれてしまう。


 「……おはようございます。トウィードル先輩方」


 零が厭きれながら振り返れば、暗闇で空色の瞳が奇麗に光る。

 日の当らない暗い路地裏から、二人の青年がにやにやと笑いながら出て来た。


 「「おはようゼロ!」」


 そして同じ顔で、にっこりと無邪気に笑った。


 「「今日も危険地帯までお迎えご苦労!」」

 「危険地帯だと思うのなら、此処まで迎えに来させるの止めさせて欲しいんですけど」

 「「だーめ!」」


 不機嫌な顔の零を左右で挟み、双子は愉快にケラケラと笑った。

 兄:トウィードル・ディー。

 弟:トウィードル・ダム。

 二人合わせて【トウィードル兄弟】と称される、空色の瞳と長い手足、そして高い身長が特徴的な、まるで、鏡を見ているかのような錯覚に陥らせてしまうほどの、完璧な一卵性双生児。

 学園の女子達からはカッコイイやら何やらと持て囃されているが、実際は悪戯と他人を玩具のように弄ぶのが大好きな、小悪魔系どころか死神系のトラブルメイカーである。ちなみに零の二学年上の先輩。

 見分けの付かない外見(前髪のみディーは右分けのピン留め、ダムは左分けの伊達眼鏡)をしているが、気まぐれに入れ替わったりするので、周りの人々は区別が付かない。

 だけれども何故か零だけ双子の区別が付く。双子最大の謎。

 

 「さっきなんて酔っ払いに『坊ちゃん』なんて呼び止められたんですよ」

 「またー?」

 「ゼロはよく絡まれるよなー」


 ディーが零の頭をぐりぐりと撫で繰り回し、整っていた零の焦茶色の髪の毛がぼさぼさに乱れた。


 「でもさー、この前みたいに変態に()られかけるよりは良くね?」

 「その前は売女に絡まれてたよなー」

 「その前の前は厳つい兄ちゃん共に囲まれてたよなー」


 ダムが乱れた零の髪の毛を、手櫛で優しく整えた。


 「自分は好きで絡まれているわけじゃ無いんだけどな……」



 零はぽそりと不満げに呟いた。


 この前のことだった。双子と別れてから一人帰路を急いでいたら、暗がりで見知らぬ男がこちらに手招きをしていた。何だと思い付いて行ったら、急に態度が豹変し、気付いたら壁に押し付けられていた。

 その前は体調が悪いと、道端で蹲っていた女性を介抱したら、お礼がしたいとしつこく付き纏われた。

 その前の前は、そっちを見てもいないのに変な言掛りを付けられ、多数の男に囲まれた。

 ……まあ、その後何処からとも無く現れた双子に助けてもらったわけだが。


 「はいはいはーい」

 「ゼロは少し危機感が無さ過ぎだと俺は思いまーす!」

 「僕もそう思いまーす!」

 「危機感0なゼロはいつか痛い目にあっちゃうかも…」

 「名前が零なだけに?」

 「「有り得るー!」」


 きゃはははと大笑いする双子。

 悪気の無い笑いに、イラッと来る。


 「先輩、怒りますよ?」

 「「ごめーんね!」」


 笑いながら謝る双子にゼロは厭きれ返りつつも、ふ、と微笑んだ。

 

 「まあ、そんな危ない状況に陥っても、いつも先輩たちが助けに来てくださいますよね」

 「ゼロは見ていて危なっかしいからなー」

 「放っとけないっていうか、目を離せないっていうか…」

 「なんか今更ですけど、ありがとうございます」

 「だって俺達ゼロのこといっつも見てるからー!」

 「ゼロのこと大好きだからー!」

 「前言撤回。気持ち悪っ」

 「「褒め言葉☆」」


 ペロッと舌を出し、顔を引き攣らせた零に双子は揃いのウィンクを向けた。


 「またそうやって人のことをからかって……」

 「ごめんごめん」

 「悪気は無いんだ」


 ぎゃははははーと笑う双子を見ながら、自分で言うなと零は心の中で双子に毒突いた。 


 「「それで、ゼロ?」」

 「?」


 二人がくるりと回って、振り返る。


 「今日は珍しく五分ほど遅かったね」

 「時間にも自分にも厳しいゼロがありえない!」

 「まさか道に迷ったとか?」

 「無い無い絶対ありえない!」

 「まさかこんな朝早くから可愛い女の子と暗がりでにゃんにゃん!?」

 「きゃーゼロッたら朝から淫乱ー!」

 「そんなことするわけが無いでしょう!」


 全く以って、ありえない!


 「「じゃあ何があったのさ?」」


 ぶーと、頬を膨らませ、首をロボットのようにかくんと、左右対称に傾げる双子。

 眉を曇らす表情まで、合わせ鏡のように揃っている。


 「そんな心配するようなことじゃありませんよ。ただ、朝から変な夢を見て……」

 「「夢?」」

 「はい。それも奇妙で後味の悪い夢。その夢のことを思っていたら、気付いたら時間だったんですよ」

 「ねぇ零」

 「その夢ってさ」

 「「どんな夢だったの?」」


 双子に、朝見た夢を簡潔に述べる。

 暗闇の中から悲しげに響く叫び声、『アリス』という名前(アリスと言う時だけ声を潜めた)そして、何処からか伸びてきた爪に突きぬかれたこと。少しばかり話を盛ってしまった様な気もするが、簡潔に話した。


 「まあ所詮夢は夢です。自分はこれこの通り。ぴんぴんしています」


 片腕を曲げ、無い力瘤を双子に見せ付ける。

 そんな双子はというと、一層眉を曇らせていた。


 「先輩?」

 「なんか結構怖かったんだけど……」

 「ゼロのことだから、どうせ落とし穴に落ちて首の骨折るとか、知らない女に鎌で追い掛けられるとかだと期待していた俺が馬鹿だった……」

 「ダム先輩の夢の方が怖い」


 落とし穴に落ちて首の骨を折るならまだしも、知らない女に鎌で追い掛けられるとか……。


 「っていうか、ゼロのことだからって何ですか!? 失礼過ぎますよ!」

 「てへぺろ☆」

 「可愛くない! むしろ目の保養!!」






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 「つーか【アリス】か……」

 「ディー先輩聞いたこと有るんですか?」

 「何か最近何処かで聞いたような、聞かなかったような……」

 「あれじゃね? 裏クグツに新しく出来たBERの名前!」

 「それだー!」


 「イエーイ!」とハイタッチして、爆笑する双子。

 期待した自分が馬鹿だった。つーか不謹慎すぎるだろそのBER。

 後からディー先輩に聞いたところ、そのBERは出来て三日で警護隊にしょっ引かれたらしい。

 ざまぁみろ。


 「まあ、夢で良かったんじゃね?」

 「現実だったらすんげぇ怖いけどな」

 「でも、目が醒めてからも何か、現実みたいな感覚がずっとしていて……今日なんか思わずマフラー巻いて来てしまいました」

 「ちょ、いくら何でもゼロ過敏過ぎ!」

 「だからマフラー巻いていたのか!」

 「……家出てから後悔しましたよ。10月に入っても暑い日は暑い」

 「じゃあ外せよ!」

 「嫌です!」

 「血なんて出ないって!」

 「でも何と無く怖いから……」

 「面白いなぁゼロは」


 頑なにマフラーを掴む零を見ながら、ディーはぎゃははと笑い、ダムは零の頭を撫でながら笑んだ。

 双子の間に挟まれながら、零も不器用に、一緒に笑った。


 今日もいつもと同じ平凡な日々が始まるはずだった。

 あんな夢を見なければ……今更思い返しても、もう遅かった。




 悲劇は、既に始まっていた。


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